2-5 悪魔祓い


 何かが自分の内側に接続してくる。知らない記憶が混入してくる。何をすればいいのか、不思議と全てわかった。

 優子が神との契約で得た魔法は憑依魔法。霊を自分に憑依させることで、その霊の能力が使えるようになる魔法だ。


「アアアアアアぁぁぁぁあッッ!!」


 無防備となった少女たち目掛けて悪魔憑きが拳を振り上げる。教室の壁も、結界も、防御魔法も破壊した暴力の権化、それを一刀が受け止め防いだ。


 抜き身となった太刀が、理性を失い狂乱する悪魔憑きの連撃を全て捌き切る。祇園大明神を憑依した優子は、神の身体能力を得ていた。憑依と言っても、能力を借りるだけで、優子自身の意識で戦わなくてはならないが、憑依したことで、神の持つ戦闘技術や戦いにおける心のあり方も身に付けている。さっきまで眼鏡で矯正していた視力も人間の領域を超え、高速の戦闘に対応できるものになっていた。


 攻撃を弾き返し、隙をついて悪魔憑きの胴体に蹴りを入れる。今度は悪魔憑きが吹っ飛び、廊下の壁に激突した。悪魔憑きはあまりの威力に中々立ち上がれない。


「祇園様、悪魔祓いのやり方を教えてください」


 悪魔憑きから悪魔を祓う魔法が存在し、魔法騎士などが用いている。悪魔を倒して、取り憑かれた人を助けられる魔法だ。降神真理愛は有名な悪魔祓いで、今まで多くの悪魔を倒したという。


「そんなの知らんぞ」


 祇園様はマジで知らないようで、その証拠に、憑依しているのに悪魔祓いのやり方が頭に思い浮かばなかった。


「斬ればいいだろ。それで倒せる。昔から悪鬼はそうやって倒してきた」


「でもそれだと取り憑かれている人が死んじゃいます」


「殺せ。でなければ、おまえが、おまえの友が殺されるぞ」


 優子の寿命を五十年要求するだけあって、残酷な思想の神様。悪魔との違いなどほとんど無い。優子は魔法騎士団の悪魔祓いが来るまで悪魔憑きを引きつけることにした。


 しかし、悪魔憑きの様子が再びおかしくなった。先程まで負っていたダメージが無かったかのように勢いよく立ち上がり、顔に被った黒い魔力の隙間から口を露わにした。


「我が名はアンドラス。ソロモン72柱が一柱、序列63番目の大侯爵である」


 口調が悪魔憑きの少年のものではなかった。怒りに任せて暴れていた悪魔憑きとは違い、落ち着いており、狂気は感じられないが、邪悪と膨大な闇を感じた。


「優子、奴は悪魔だ」


 祇園様が教えてくれる。


「悪魔の意識が表面に出てきたようだな。このまま悪魔に侵食され続ければ、やがて完全に精神と肉体を乗っ取られ、憑かれた人間は死に、悪魔が受肉する」


 そうなる前に悪魔を祓わなければならない。しかし優子にその術はなかった。


「貴様、『生命の樹の実』の守護者か?」


 悪魔アンドラスが意味不明な質問をしてくる。悪魔がチラッと優子の後ろのアリスを見た気がした。


「その様子では違うな。偶然居合わせた神霊契約者か。だが、邪魔をするなら変わらず我の敵だ。ん? どうした、戦わないのか?」


 悪魔が戦いに迷う優子に声を掛けてくる。人間と同じ言葉を使い、人型の体を動かしていても、相手が人間ではないことが、滲み出す魔力からわかった。


「このままだと悪魔憑きはどのみち死ぬ。悪魔が受肉する前に殺してやれ。受肉されるとさらに強くなるぞ」


 祇園様はそう言うが、優子は自分が傷つき死ぬ覚悟ができていても、他人を傷つけて殺す覚悟はできていなかった。

 悪魔が気味悪く微笑んだ。


「少女よ、この少年を殺すのか?」


 悪魔の顔から黒い魔力が剥がれて少年の顔が露わになる。少年には意識があり、涙を流しながら怯えていた。


「殺さないでッ! 死にたくないっ! 助けてっ!」


 優子は攻撃を躊躇う。悪魔の剛腕が優子に直撃した。


「───ッ!?」


 教室の中に飛ばされるが、祇園大明神の加護により、常に優子の体は透明な魔力の鎧に守られているため、ダメージは少ない。アリスとイヴを巻き込まないように、教室の外へ出ようとすると悪魔が向こうからこちらに突っ込んできた。


「魔法を使え!」


 祇園様の指示を受け、優子は初めて憑依状態での魔法を行使する。両手をぱちんと合わせ、祈るように魔法名を唱えた。


天岩戸アメノイワト!」


 優子は自身の内側から膨大なエネルギーが発せられるのを感じた。呼び声に応えるように、日輪を象った魔法陣が目の前に浮かび上がり、魔力の防壁が悪魔の攻撃を阻んだ。真理愛のお守りのものと似た防御魔法だ。

 しかし、お守りと違い、維持には優子の技量が必要だ。不慣れな魔法の操作を懸命に行い、悪魔の猛攻を凌ぐ。


「守っているだけでは勝てないぞ、斬れ」


 祇園様の言っていることは正しいが、目の前で泣き叫ぶ少年を殺すことなど、中学生の少女にできるはずもなかった。祈るように手を組み合わせて防御に専念する。優しさからではなく、他人を殺すという恐怖に負けて優子は戦えなくなった。神の力を得ても、心はただの少女のままだ。


 優子は後ろにいるアリスとイヴを伺う。悪魔が受肉してさらに強くなった時、優子が二人を守れるかどうかはわからなかった。

 優子が敵を倒せないというのに、イヴが少し安堵したような表情を見せた。それは優子が戦えなくなったからだろうか。彼女は優子が戦うことを望んでいない。


 でもそれではダメだ。

 優子はわかっていた。

 二人を悲しませたとしても、自分の生命を削っても、誰かを殺してでも、このかけがえのない日常と友達は守らなくてはならない。


「……殺します」


 殺すことにした。人を殺したくないのは自分が大事だからに過ぎない。今は悪魔に取り憑かれた人の尊厳を守るためにも、アリスとイヴや学校の人を守るためにも、悪魔憑きごと悪魔を殺すべきだと判断した。


 天岩戸を解除し、刀で悪魔の攻撃を弾く。先程まで加減していた力を解放して、目にもとまらぬ速さで悪魔の両腕を付け根から切断する。


「ナニっ!?」


「ああぁッ、痛いっ」


 悪魔が驚愕し、悪魔憑きの少年は苦悶する。それに怯まず、覚悟を決めた優子は攻撃を続ける。次は両脚を付け根から切り落とした。

 遅れて出血し、大量の血と黒い魔力が床に散らばった。

 自分は今人を傷つけ、殺そうとしていることを自覚する。それでもこの覚悟は折れない。


「悪魔の弱点は心臓だ」


 祇園大明神の助言を受け、太刀を上段に構える。それを振り下ろそうとした時。


 学校を覆っていた悪魔の結界が破壊されるのを感知した。

 いつのまにか、目の前に降神真理愛がいて、優子を抱きしめ、刀が振り下ろされるのを止めていた。


「遅くなってごめんなさい。よく頑張ったわね、優子」


 優しく抱擁されて、優子は戦意を失い、膝から崩れ落ちて座り込んだ。


「もう大丈夫よ。あとは真理愛に任せて」


 優子は、真理愛が来てくれた安心感と、人を殺さずに済んだことへの安堵で、自分を救ってくれた彼女への憧憬が強く増していくのを感じた。


「貴様が生命の樹の実の守護者、降神真理愛か。早いな。デカラビアはどうした?」


 切り落とされた手足を黒い魔力で繋ぎ合わせながら悪魔が真理愛に質問する。


「もう倒したわ。あれは私を引きつける囮で、あなたが生命の樹の実を奪いに来たのでしょ?」


 真理愛はさっきまで他の悪魔と戦っていたようだが、怪我もなければ息が上がっていたりもしない。


「そうだ。生命の樹の実は貰い受けるぞ」


 悪魔アンドラスはアリスを指差して言った。


「私がいる限り、決してあなたたちにアリスは渡さない」


 アリスと、優子とイヴを守るように悪魔と対峙する真理愛。悪魔の斬られた手足は既に治っており、その顔貌も不気味な梟のものに変化していた。手には漆黒の剣が握られており、魔力の強さも増している。悪魔が受肉へと近づいていることが優子にもわかった。


「大侯爵アンドラス、いざ参る!」


 名乗りを上げて真理愛へと切り掛かる。対して、真理愛はロザリオ静かに口づけをした。


聖女よアヴェ目覚めろマリア


 白い光の魔力が真理愛から放出される。真理愛の右手には白銀の剣が、頭上には百合の花弁を象った光輪が出現した。

 それは、契約する熾天使ガブリエルの力を自身に宿す憑依魔法だった。


 熾天使の力を得た聖女は、迫り来る悪魔の黒剣を、白銀の剣をもって一撃で破壊する。得物を失った悪魔の胴体に掌を当てると、聖句を詠んだ。


「あなたを救うのは闇ではない。あなたは光によって裁かれる」


 真理愛の手の甲に十字の紋章が浮かび上がり、光り輝く熱を帯びた魔力が悪魔へと打ち込まれる。


「あああぁぁああッッ!! おのれ、降神真理愛ッ!!」


 悪魔は身体中から光を発してもがき苦しむ。身体を覆っていた滑った黒い魔力が蒸発するように浄化されていき、やがて少年だけが残った。


 意識を失い倒れる少年を真理愛が支える。周囲に立ち込めていた邪悪な魔力が綺麗さっぱりとなくなり、悪魔が消えたことが優子にもわかった。


「……これが、悪魔祓い」


 優子は真理愛の戦う姿を見て、自分も誰かを守れるように強くなりたいと強く思った。

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