1-22 青春


 14時55分頃のこと。優子はリーダーの玲華、参謀のアリス、護衛のアキラと共に校庭に向かった。校庭には既に綾小路が仁王立ちして待ち構えていた。砂川理事長側は綾小路が決闘を行うようだ。


「両者揃ったようだな。始めるとしよう。私が審判をする」


 審判を引き受けた鳩舟自治区長が優子と綾小路の間に入る。


「綾小路君、わかっているね。敗北は絶対にあってはならない。相手は高校生で、0組なのだから」


「承知しています。無論、勝利しますとも」


 理事長の言葉に自身ありげに答えるエリート騎士。彼も0組がただの劣等生ではないといことを目の当たりにしたはずだが、自分の勝利を確実視しているようだ。


「優子さん! ぶっ飛ばして、いてこましあせばせておしまいなさい!」


「はい、がんばります」


 正直玲華の言っていたことの意味がよくわからなかった。

 

「決闘の勝敗による取り決めを再確認するぞ。綾小路君が勝てば、退学同盟は校舎から立ち退き、退学となる。優子君が勝てば、砂川君は退学同盟の退学を取り消す。そして今後不当な理由での退学は行えず、今回の件で退学同盟を罪に問うことはできないものとする。双方いいな?」


 決闘に勝った場合の条件を確認する。聞いた砂川は不服そうだが、うなずく。


「間違いありませんわ」


 玲華も認める。


「よし、決闘を行う両者は名乗り合いたまえ」


「魔法騎士団第1機動隊隊長綾小路スケキヨ。いざ参ります!」


 腰に差した剣を抜き、顔の前で構えて名乗りを上げる綾小路。魔法の名家『魔法貴族』出身者だけあって、決闘前の口上も様になっている。


 優子は目の前でキッチリとした儀式を見せられて気圧された。作法とかはよくわからないが、挨拶すれば礼儀としては問題ないだろうか。


「退学同盟、1年0組の大野木優子です。よろしくお願いします!」


 小さくお辞儀をする。しかし相手からは目を逸らさない。


「うむ。お互いに全力で悔いのないように戦いたまえ。それでは───決闘開始!」


 自治区長の宣言で戦いの火蓋が切られた。瞬時に両者は決闘装甲で体を包む。相手の体を守る決闘装甲を先に破った方が勝ちだ。


 先に仕掛けたのは綾小路だった。優子は相手の出方を伺い、見極めてから戦う傾向にあった。

 綾小路は右手に構えていた剣を使うのではなく、左手に隠し持っていた銃を優子に向けてきた。


 身構えた優子に放たれたのは弾丸ではなく、微かな空気の振動だった。銃から5メートルほど先にいる優子に向けて魔力の波動が放出されている。


「卑怯者! 決闘に魔法を阻害する道具を持ち込むとは何事ですか!」


 玲華が綾小路と理事長を詰る。綾小路の用いた道具は魔法を使えなくする『魔法妨害装置』だ。装置の放つ波動を浴びると魔力のコントロールが乱されて魔法の発動を阻害されてしまう。


 機動隊はこれを銃型にしたものを使用して敵を無力化している。アリスは機動隊にこれを使わせないように、射程外から魔力弾で攻撃したり、同士討ちの危険がある狭い廊下で戦闘を行うなどの作戦をとった。結果、機動隊がこれを使う機会はなかったのだが、正々堂々と行われるべき決闘に自分の能力ではない魔法道具を持ち込むという形で使われることになってしまった。


「くくく、この決闘は競技ではありませんからね。魔法道具を使ってはならないという規定はありませんよ」


 競技の決闘には細かいルールが定められているが、古くから行われてきた魔法使いの決闘のルールは曖昧で、地域や流派で異なっていた。今回の決闘で明確に決まっているのは『相手の纏う決闘装甲を先に破壊した方が勝ち』という勝利条件だけのため、綾小路の使う魔法妨害装置をルール違反とすることはできない。


「綾小路君、騎士として恥ずかしくないのかね?」


「勝てば官軍ですよ、自治区長」


 自治区長は砂川理事長と綾小路に哀れみの眼差しを向ける。自治区長がアーク魔法自治区とサイタマ市の合併を決めたのは、魔法使いたちの社会進出の手助けと、魔法使いと非魔法使いの平等のためだ。彼からすれば魔法至上主義に固執し、己の欲望を叶え、維持することに全てを捧げる二人が虚しく見えた。


「これで魔法は使えまい。喧嘩が強い不良とはいえ、魔法ありきの強さだ。魔法が使えなければただの小娘。勝負あったな」


 魔法を使わずに立ち尽くした優子を見て、綾小路は勝ちを確信した。


「─── 聖女よアヴェ目覚めろマリア


 優子はロザリオに口づけをする。使えないはずの魔法が起動する。少女の身体を天使の魔力が抱擁し、その右手には白銀の十字剣が降臨した。


「馬鹿な! 魔法は使えないはずだ!」


 聴衆と綾小路が驚く中、アリスが悪戯っぽく笑った。それはまるでお気に入りの玩具を自慢する子供みたいな嘲笑だった。


 優子が魔法を使えた理由。それは、優子が魔法を使っているわけではないからだ。

 優子の憑依魔法は厳密には魔法ではない。この憑依は優子側が神霊を降ろしているのではなく、神霊側が優子に降りているのだ。つまり優子は憑依魔法を使っていない。別次元にいる神霊の行使した魔法を優子が中継地点となって現世に出現させているのである。だから魔法妨害装置の効力を受けない。優子がやっているのは神霊に憑依のお願いをするだけ。

 そもそも優子は魔法が使えない非魔法使いだ。神様や天使に気に入られる優しい心だけが、彼女の秀でた能力だった。


 このことは重大な秘密のためアリスやカサノヴァといった僅かな人しか知らない。優子の見立てでは椿姫とアキラあたりにはバレているだろうが、二人は味方なので気にしていない。


「さあ、決闘をはじめましょう」


 宣言して、刹那で優子は綾小路の纏う防御魔法を剣で斬りつけた。一瞬の一撃で彼の決闘装甲は砕け散る。綾小路は自分が攻撃されたことに敗北してから気がついた。


「……な、に?」


 屈辱と動揺で膝から崩れ落ちる。彼は退学同盟が手強いとは思っていたものの、ここまで次元の違う強さだとは想像もしていなかった。


「勝負あり! 勝者退学同盟!」


 鳩舟自治区長が決闘終了と退学同盟の勝利を宣言する。その声から少し遅れて、玲華とアキラ、校舎から見ていたメンバーたちが大きな歓声を上げた。


「やりましたわ〜!」


「よっしゃあぁぁぁ!!」


 喜ぶ退学同盟とは反対に「ありえない」と口をあんぐり開けて驚愕する理事長。今しがた目の前で起きた、エリート騎士の綾小路が0組の女子に瞬殺されて決闘に敗北したという光景を信じたくなかった。


「それでは約束通りに、魔法契約書にサインをお願いします」


 狼狽える理事長に向かってアリスは魔法契約書を突きつける。鳩舟がいる手前、自慢の権力で反故にもできず、悔しそうにサインする。


「はい、確かに頂きました」


 理事長の苦虫を噛み潰したような表情と書面のサインを見てアリスはほくそ笑んだ。アリスは契約書を玲華に渡す。それを玲華は旧校舎の同胞たちへと掲げた。


「わたくしたちの勝利ですわ!!」


 退学同盟は魔法契約書を見て大騒ぎする。これで0組が学ぶ環境は守られた。学校生活を続けられるだろう。


「ええい、煩わしい! 工事の邪魔だ! とっとと旧校舎から立ち去れ」


 理事長は切り替えて、新校舎の建設作業の指示をする。


「そっか、この校舎はもう取り壊されちゃうんだね」


 アキラが残念そうに言った。退学は取り消せたが引き換えに旧校舎はどうにもならなかった。優子たち新入生はまだ数日間しかここで勉強をしていないが、それでも温かみのある結界に包まれた木造校舎が気に入っていた。ここで一年以上過ごしてきた先輩たちは悲しいだろう。旧校舎には思い出が詰まっているはずだ。


「仕方ありませんわ。0組の退学が取り消されただけでもすごいことなんですから。さあ、皆さん、ズラかりますわよ!」


 玲華の号令で旧校舎にスタンばっていた退学同盟メンバーたちが撤収し始めた頃、先程から姿の見えなかった海道が姿を現して理事長に声をかけた。


「すみません理事長」


「なんだね海道先生。どこに行っていたんだね。まったく。君の生徒のせいでこっちは大きな損害を被ったんだよ」


「あの、非常に申し上げにくいのですが言います。この儀式建築の作法では設計通りの校舎は造れません」


「なに? どういうことだね?」


「旧校舎には学校の敷地全体を守る結界の主柱もあります。旧校舎を壊すと結界の主柱も壊れてしまうんです」


 魔法学園の結界がなくなるというのは、普通の学校でいえば、敷地を囲うフェンスや塀を無くすのと同じだ。とても危険なことだ。


「では、その主柱を旧校舎から隣の第一校舎にでも移動させればいいだろう?」


「……それが、結界は旧校舎と旧校舎のある土地と密接に繋がっているものなので移動ができないんですよ。そもそも旧校舎が敷地の真ん中にあるのは霊脈の力を強く取り入れるためですし、この位置で効力を発揮する術式が組まれているため移動すると結界は壊れます。つまり、旧校舎は取り壊せません」


「は? 何を言っているんだね。もう工事の業者が来ているのだよ?」


「砂川君、学校の結界担当である彼に新校舎設立の話をしていなかったのかね? 建築物は結界と深い関わりがあることくらい知っているだろう」


 自治区長が呆れる。


「海道先生は0組の担任のため、話せば反対されると思いまして」


「……はぁ、仕方あるまい。工事は中止だ。一から他の場所に新校舎の建築を行うしかあるまい。無論、キャンセルとなった工事費用は砂川君が負担したまえ」


「……そんな、こんなはずじゃ」


 理事長は結局0組を退学させて予算を削減することも出来ず、無駄に工事費用を支払うことになった。全ては自業自得だ。哀れすぎてかける言葉もない。アリスも既に理事長に興味を持っていない。ツマミにもならないようだ。


 理事長への追い打ちは止まらない。海道と同じく先程から姿が見えなかったカサノヴァが軍服を着た魔法騎士を数名引き連れて校庭に現れた。


「おっと理事長、まだ落ち込むのは早いよ。ほら、逮捕状だ」


 書類を見せるとカサノヴァは理事長の手に手錠をかけた。


「貴様、何のマネだ!?」


「あれ、自分が何やったかわからない? あなたは生徒を無理やり退学させようとした。それに機動隊を私的に使い、生徒を攻撃した。逮捕されても変じゃないだろう?」


「馬鹿な! 騎士団にも私の力は及んでいる! 私の逮捕の許可など降りるはずない」


「ああ、さっきまでは騎士団の魔法至上主義派の連中が理事長を擁護してなかなか許可をよこさなかったが、綾小路君が決闘に負けたと伝えた途端すぐに手のひらを返したよ。君は切り捨てられたのさ。金積んでも釈放は期待できないぜ」


 理事長はついに何も言えなくなり、絶望に打ちひしがれ、空の一点を見つめてボーッとしはじめた。


「ほうら、歩け。大丈夫、檻の中も案外悪くないぜ。脱獄王カサノヴァ様のお墨付きさ。需要ってのはどこにでもあるものでさ、君みたいな中年の小太りのおっさんが好きって人もいるんだよ。だから刺激的な刑務所ライフが送れるぜ。やったな」


 騎士団に理事長は連行された。カサノヴァは次に綾小路の肩に馴れ馴れしく手を回した。


「綾小路君。わかっているね。君も逮捕だ。砂川理事長は私的に君に機動隊を動かすように命じた。わかった上で君は機動隊を使った」


「……はい」


 大人しく綾小路は連行された。


「さて、これで一件落着かな」


 カサノヴァは一仕事終えてやり切ったように腕で額を拭った。


「これでいいんだろう、アリス」


「はい、ありがとうございます」


 偽物の笑顔でカサノヴァに対応する。これもアリスの仕掛けた作戦の一つらしく、円卓の騎士のカサノヴァを使って理事長を逮捕させたようだ。優子はカサノヴァが学校で先生なんてやっていたこともアリスによった仕組まれていたのだろうと予想した。


 悪い理事長が逮捕されたことで、0組の安寧も確かなものになった。しかし、根付いた魔法至上主義が理事長の退場で剥がれることはないし、何より、学校は理事長を失った。今度は学校存続の危機だ。


「理事長が逮捕されてしまって、この学校は大丈夫なんですの? だって理事長がお金出していたのでしょう?」


「ああ、それなら問題ないよ。私が理事長をやるから。元々学校の合併で権利の半分を私が持つことになっていたしね」


 鳩舟自治区長がアリスにウィンクしながら申し出た。全てのこの女狐の掌の上で仕組まれていたことだったのか。優子は恐怖する。

 理事長が0組を退学させることを今朝までアリスは知らなかったわけだから、この倍返しどころか十倍返しのカウンターは以前から練られていたものではない。あらかじめ撒いておいた布石をこの危機的な状況に瀕して咄嗟に使ったにすぎないのだ。

 

「鳩舟自治区閣下、よろしかったのですか? 新校舎を別の場所に一から建設する事になってしまいましたが」


 玲華が質問する。本命の新校舎の建設がリセットしてしまい、自治区長は損をしてしまった。本来ならこの優れた霊脈の上に校舎を建てられただろうに。


「いや、いいんだ。霊脈の上に校舎を作りたかったのは砂川君だからね。私に媚びを売りたかったのだろう。それと実は旧校舎が取り壊せずに、他の場所に新校舎を作らないといけないことはあらかじめアリス君から聞いていたんだよ。私の本当の本命は他にあってね」


 アリスは海道先生を退学同盟の陣営に取り込むことで理事長に旧校舎が結界と繋がっていて取り壊せないという情報をさっきまで秘密にしたのだ。もし理事長がこの場所に新校舎を建てられないと知れば、旧校舎は人質としての価値を失い、立てこもりの意味が無くなるからだ。


 最初に海道が直談判に行った際に理事長に旧校舎が取り壊せないことを話す恐れがあったが、海道は生徒思いで、退学についての話さなかったようだし、例え旧校舎が取り壊せない話をしたとしても理事長は信じなかっただろう。


 更にアリスは旧校舎が取り壊せないという真実を守るために保険を仕掛けていた。それが自治区長だ。もしも海道が直談判の時に旧校舎が取り壊せないことを話し、あまつさえそれを理事長が信じたとしても、自治区長から理事長に旧校舎の取り壊しの強行を命令すれば、旧校舎は立てこもり時の人質としての価値を失わない。

 このように自治区長はアリスに利用されまくっているのだが、嫌な顔をしていない。むしろ嬉しそうだ。


「私の本当の目的はサイタマ魔法学園の理事長になることなんだよ。それが今成就した」


 優子は鳩舟が自分と同じでアリスに利用されるのが趣味の人なのかと思ったが、どうやら違うらしい。政治家やお金持ちの謀略というのは恐ろしい。理事長は0組を学校から排除するはずが逆に排除され、0組にとって都合のいい人物を新たな理事長にすげ替えられた。


「まるでクーデターですわ。どうなのです、黒幕のアリスさん?」


「なんのことですか? 今回の出来事は全ての退学同盟のリーダーである玲華先輩の仕業ですよ〜」


「この方本当に悪い人ですわ〜」


「ははは、クーデターか。確かにそうかもしれないな。この学校には魔法至上主義が蔓延している。それを変えたくてね。アリス君に利用される形になったが、乗っかって自分の目的を果たしたというわけさ。今後は不当に退学させられることはないから皆安心して勉学に励みたまえ」


 こうして0組の学校生活の安寧は保証された。それでも今すぐに学校や社会の魔法至上主義がなくなるわけではない。それでもこれが変革の口火になってくれると優子は信じていた。


 鳩舟自治区長は工事業者を引き連れて旧校舎から退去した。旧校舎の地下に拘束されていた機動隊たちも解放されて帰っていく。大勢が旧校舎からゾロゾロと離れていく光景はまるで大きなイベントが終わった後のようだ。



 旧校舎の後片付けを終えた退学同盟は赤羊荘に戻って勝利の祝賀会を開いた。祝賀会といっても食堂にみんなで集まってちょっと豪華な夜ご飯を食べるだけである。


「退学同盟の勝利を祝って乾杯ですわ!」


 玲華の音頭に、アキラやカサノヴァなどの元気なメンバーたちが乗っかって賑やかに盛り上がり始めた。優子や椿姫、シオンのようなおとなしいタイプは食堂の隅で小さくしていた。そのおとなしいタイプの領域には海道の姿もあり、粛々と飲み物を飲んでいた。顔は笑顔だが、少し疲れていそうだ。


「海道先生! 何かお言葉をお願いしますわー!」


 呼ばれた海道は恥ずかしそうに頭の後ろを手で抑えてお立ち台に上がった。


「皆さんお疲れ様でした。言いたいことは山ほどありますが、今は退学せずに済んだことを喜びましょう。ですが、騒ぐのもほどほどにしてくださいよ。ハメを外しすぎると退学もありえますから」


「もう退学はこりごりですわ〜」

 

 食堂は元気な笑いに包まれた。賑やかなのはあんまり得意ではない優子も、一緒に戦った『戦友』である退学同盟の笑い声は受け入れられた。

 アキラが言うように、もしかしたら優子は今青春の只中にいるのかもしれない。高校生活は波乱の幕開けだったが、この不安やドキドキが青春なのだとしたら、案外悪くない。

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