39. 美しき非情

 ぐほぉ!


 十万倍の力でのどを絞めつけられ、動けなくなるマーラ。


 ステータス十万倍の飛行魔法を持つベンにとって、目にもとまらぬ速さで移動する事くらい朝飯前だったのだ。もはやベンにとっての敵は自分の便意くらいだった。


「ま、まさかあなたが黒幕とは……。なぜこんなことをやったんですか?」


 プロレス技のチョークスリーパーのように、がっちりと決めながらベンは聞いた。


「くっ! 管理者アドミニストレーター権限をなめるんじゃないわよ!」


 そう言ってマーラは自分の身体を黄金色に光らせ、何か技を使おうとした。


 しかし、ベンは構わずに首をギュッと締め上げる。


 ぐぉぉぉぉ!


 マーラは真っ青な顔になり、たまらず、ベンの腕をタンタンタンとタップした。


 勝利の瞬間である。ベンは安堵安堵し、息をつくと、少し緩めてあげた。


「ぐぐぐ……。あんた本当に一般人? なぜ、私に勝てるのよ?」


 マーラは美しい顔を歪めながら吐き捨てるように聞く。


「女神がね。あなたに勝てるスキルをくれたんです」


「くっ、女神か……、チクショウ……」


 マーラはガクッと力を抜き、観念したようだった。ふんわりと懐かしいマーラの匂いが立ち上ってきて、ベンは首を振り、静かにため息をついた。


「なんでこんなことをしたんですか? そんなに男が憎かったんですか?」


 ベンは腹痛に顔をゆがめながら聞いた。


「いや、別に? そりゃ変な男が次々と言いよって来るのはウザかったけど、憎む程じゃないわ。それなりに楽しくやってたしね」


 マーラは自嘲じちょう気味に言う。


「じゃあ、なぜ?」


「男を憎んでる女って多いのよ。『男のいない世界を作ろう!』って冗談半分で言ったら何だかみんなが集まってきたの。お布施もガンガン集まるしね。それで、こりゃいいやって規模を大きくしていったのよ」


 すると、そばで聞いていたベネデッタは、


「あなたは女性の敵ですわ!」


 と、目を三角にして怒った。


「あら、公爵令嬢。この小僧にれちゃったの?」


 薄ら笑いを浮かべながら冷ややかな視線を投げかけるマーラ。


 しかし、ベネデッタは動ぜず、


「えぇ、そうよ。世界を守るために献身的に努力するお方に惚れない女などいませんわ!」


 と、さも当たり前かのように言い切る。


 えっ!? え……?


 いきなりの告白にベンは頭の中がチリチリと焼けるように熱くなり、オーバーヒートした。


「ははっ! そりゃ良かったわ。……。私ももう少しいい出会いがあれば……」


 マーラはため息をつき、視線を落とす。


 ベンは何とか平静を取り戻そうと大きく深呼吸をする。何しろ十万倍の便意が肛門を圧迫し、一万人の乙女の排泄物が流れ、この世界を滅ぼそうとするにっくき教祖が憧れのマーラであり、気品高き令嬢が告白しているのだ。人生のコア・イベントがこの場に派手に集結している。運命の女神が用意したステージは何とも壮絶な様相を呈していた。


「黒幕が居るんですのよね?」


 ベネデッタは鋭い目で問い詰める。


「ふふん。そうね、調子に乗って信者集めてたら隣の星の管理者アドミニストレーターが声をかけてきたの。『自由にできる世界が欲しくないか?』ってね」


 なるほど、そういう事であれば黒幕を何とかしないと解決しない。


 ベンは咳ばらいをすると、聞いた。


「ボトヴィッドって奴か?」


「ふーん、女神はみんなお見通しね」


 マーラは肩をすくめ、キュッと唇をかんだ。


「証拠を出せるか?」


「証拠なら幾らでもあげるわ。私自身、やりすぎだとは……、思ってたのよ」


 マーラはうつむき、調子に乗って暴走したことを悔いている様子だった。勇者パーティでの振るまいを見るに根は悪い人ではないはずである。それが一歩足を踏み外したらみるみる巨大テロリスト集団のヘッドになってしまった。もしかしたらあのやり手の副教祖の手腕が大きかったのかもしれない。


 とはいえ、世界を滅ぼそうとしたことは重罪である。償ってもらう以外ないのだ。


「じゃあ、今すぐ出せ」


 ベンが催促さいそくすると、マーラはふぅと大きく息をつき、


「こんな拘束された状態じゃ出せないわ。まずは離して」


 と、寂しそうに笑う。


 ベンは迷い、ベネデッタと目を合わせる。腕を放せば逃げようと思えば逃げられてしまう。反省の色を見せている姿を信用できるかどうかだが……。


 するとベネデッタはうなずき、マーラの装着している金属ベルトをつかんで言った。


「変なことしたら押させていただきますわ」


「あらあら怖い事」


 マーラはおどけて肩をすくめる。


 ベンは首を押さえていた腕を緩め、


「緩めたぞ、早く証拠を出せ!」


 と、迫った。


「はいはい、そんな焦らないで」


 マーラは首をぐるりぐるりと回し、大きく息をつくと、指先で空間を切り裂き、中に手を突っ込んだ。


 そして、何かのチップを取り出すと、ベネデッタに渡す。


 ベネデッタはニコッと笑い、


「ありがたく頂戴しますわ」


 そう言いながら、ガチッガチッと金属ベルトのボタンを連打した。


 へっ!? あっ!?


 驚く二人。


 マーラは、ふぐぅ……、という声にならない声を上げ、倒れ込む。


「うちの街を壊そうとした罪は重いんですのよ」


 そう言ってベネデッタは嬉しそうに笑った。


 その情け容赦ない行動力にベンはゾッとする。この可憐な少女の美しい笑みの裏にある芯の強さ、それはこの街を預かる貴族の一員としての矜持きょうじだろうか? ベンはこの人を怒らせてはならないと心に誓った。


 マーラは壮絶な排泄音をまき散らしながら、ビクンビクンと痙攣けいれんし、目をいて口からは泡を吹いている。もはや廃人同然だった。


 その時だった。


「あっ! 危ない!」


 ベネデッタがベンをかばうように覆いかぶさるように押し倒した。


 直後、激しい閃光が走り、何かがベネデッタの臀部でんぶを直撃した。


 ふぐぅ!


 防御力千倍のため、深刻なケガには至らなかったものの、千倍の便意にギリギリ耐えてきたベネデッタの関門が限界を超えてしまう。


 いやぁぁぁぁ! うぁぁぁ……。


 凄惨せいさんな排泄音が響き渡り、ベネデッタは意識を失ってしまった。


「ベ、ベネデッタぁぁ!」


 ベンはいきなり訪れた悲劇に呆然とする。


「グワッハッハッハ! 小僧! 好き勝手やってくれたなぁ!」


 ステージに小太りの中年男が着地する。栗色のジャケットにベストを着込み、レザーキャップをかぶってステッキをくるりと回した。


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