26. 懐かしの飲み物

 美しいガラスの彫刻が多数施されたファサード前に静かに着陸した二人は、顔を見合わせ、ゆっくりとうなずきあい、玄関へと歩いていく。


 ガラスづくりなので中は丸見えである。どうやら広いロビーになっているようで、誰もおらず、危険性はなさそうだった。


 玄関の前まで行くと、巨大なガラス戸がシューッと自動的に開く。そして、広大なロビーの全貌ぜんぼうが露わになる。それはまるで外資系金融会社のオフィスのエントランスのようなおしゃれな風情で、二人は思わず足を止めた。


 大理石でできた床、中央にそびえるガラスづくりの現代アート、皮張りの高級ソファー。その全てがこの星のクオリティをはるかに超えている。


「こ、これは……、す、すごいですわ……」


 その見たこともない洗練されたインテリアに、ベネデッタは圧倒される。


 もちろん、トゥチューラの宮殿だって豪奢で上質な作りだったが、魔王城は華美な装飾を廃した先にある凄みのあるアートになっており、この国の文化とは一線を画していた。


 魔王って何者なんだろう?


 ベンはガラスの現代アートが静かに光を放つのを眺めながら、眉をひそめる。


 コツコツコツ……。


 ロビー内に靴音が響き、ベネデッタはベンの腕にそっとしがみついた。


 靴音の方を見ると、タキシードを着込んだヤギの魔人が歩いてやってくる。首には蝶ネクタイまでしている。


 近くまで来ると、うやうやしく頭を下げながら言った。


「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」


 二人は怪訝そうな顔で見つめあったが、ヤギの所作には洗練されたものがあり、敵意はなさそうだった。うなずきあい、ついていく。


 ヤギの案内した先はシースルーの巨大なシャトルエレベーターだった。こんな立派なエレベーター、日本でも見たことが無い。二人は恐る恐る乗りこんでいく。


 扉が閉まってスゥっと上品に上昇を始める。うららかな日差しが差し込み、外には幻想的な岩山が並んでいるのが見えた。この風景を含め、魔王城はアートとして一つの作品に仕立てられたのだろう。


 エレベーターなんて初めて乗ったベネデッタが、不安そうな顔をしてベンの手を握ってくる。ベンはニコッと笑顔を見せて彼女の手を握り返し、優しくうなずいた。



 チーン!


 最上階につくと、


「こちらにどうぞ」


 と、ヤギに赤じゅうたんの上を案内され、しばらく城内を歩く。


 廊下の随所には難解な現代アートが配され、二人は神妙な面持ちでそれらを見ながら歩いた。


 ヤギは重厚な木製の扉の前に止まると、コンコンとノックをして、


「こちらでございます」


 と、扉を開く。


 そこは日差しの差し込む明るいオフィスのようなフロアだった。


「えっ!? ここですの?」


 ベネデッタは驚いて目を丸くする。


 ウッドパネルの床に観葉植物、上質な会議テーブルにキャビネット、そして天井からぶら下がる雲のような優しい光の照明、全てがおしゃれで洗練された空間だった。


 見回すと、奥の方にまるで証券トレーダーのように大画面をたくさん並べて画面をにらんでいる太った男がいた。


「え? あれが魔王?」


 ベンはベネデッタと顔を見合わせ首をかしげた。


 魔物の頂点に立つ魔王が、なぜ証券トレーダーみたいなことをやっているのか全く理解できない。


 恐る恐る近づいていくと、男は椅子をくるっと回して振り返った。そしてにこやかに、


「やぁいらっしゃい。悪いね、こんなところまで来てもらって」


 と、にこやかに笑う。丸い眼鏡をした人懐っこそうな魔王は、手にはコーラのデカいペットボトルを握っている。


「コ、コーラ!?」


 ベンは仰天した。それは前世では毎日のように飲んでいた懐かしの炭酸飲料。それがなぜこの世界にあるのだろうか?


「あ、コーラ飲みたい? そこの冷蔵庫にあるから飲んでいいよ」


 そう言って魔王は指さしながらコーラをラッパ飲みした。


 ベンは速足で巨大な銀色の業務用冷蔵庫まで行ってドアを開けた。中にはコーラがずらりと並び、冷蔵庫には厨房用機器メーカー『HOSHIZAKI』のロゴが入っている。


 ベンは唖然とした。異世界に転生してすっかり異世界になじんだというのに、目の前に広がるのは日本そのものだった。


 トゥチューラでの暮らしは、良くも悪くも刺激のない田舎暮らしである。秒単位でスマホから流れ出す刺激情報の洪水を浴び続ける日本での暮らしと比べたら、いたってのどかなものだ。しかし、今この目の前にあるHOSHIZAKIの冷蔵庫は、日本での刺激あふれる暮らしの記憶を呼び起こし、ベンは思わずブルっと震えた。


「これは何ですの?」


 ベネデッタが追いかけてきて聞く。


 しかし、ベンは回答にきゅうした。ちゃんと説明しようとすると、自分が転生者であることも言わないとならない。それは言ってしまっていいものだろうか?


 ベンは大きく息をつくと、


「とあるところで飲まれている炭酸飲料だよ。飲んでみる?」


 そうごまかしながら一本彼女に渡す。


「炭酸……? うわっ! 冷たい」


 ベネデッタはその冷たさに驚き、そして、初めて見たペットボトルに開け方も分からず、困惑しきっていた。

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