19. 美少女のプレゼント

「いやダメ! これ、女神さまだから!」


 と、ベンは立ち上がって叫んだが、


「こんな女神などいない!」


 と、取り付くしまも無く、さらにシアンをきつく締めあげていった。


 しばらくもがいていたシアンだったが、


「僕と力比べするつもり?」


 と、悪い顔になってニヤッと笑う。そして全身から激烈な閃光を放ち、室内を光で埋め尽くした。


「きゃははは!」


 拘束魔法のロープは吹き飛び、自由になったシアンだったが、それでも止まらずにさらに輝きを増しながらエネルギーを解放していく。バリバリバリ! っと激しく放電しながら激光を放ち、もはや目も開けていられない。


 ベンはあわてて、


「ここは危険です! 逃げましょう!」


 そう言ってベネデッタの手を取って逃げ出した。


 公爵たちも急いで後を追う。


 一行が中庭にまで逃げ出してきた直後、宮殿全体に閃光が走り、屋根が轟音を立てて吹き飛んだ。


「きゃははは!」


 シアンの楽しそうな声が辺り一帯に響き渡る。それは女神というよりは魔神のようなおぞましい響きをはらんでいた。


「あわわわわ……」


 公爵はひざから崩れ落ち、言葉を失う。


 美しく飾られた自慢の白亜の宮殿、それが今、吹き飛んで炎を上げている。高々と夜空に吹き上がる炎はまるで幻獣のように躍動しながら全てを焼き尽くしていく。舞い上がった火の粉は夜空をバックにチラチラと降り注ぎ、まるで花火のように辺りを美しく彩った。


「あーあ、だから止めろって言ったのに……」


 ベンは額に手を当て、宙を仰ぐ。


 宮殿魔術師たちはボロボロになりながらも、水魔法を使って必死に消火活動をするが、火の手はなかなか衰えない。結局、壮大な宮殿は三分の一ほどを焼失し、公爵たちは後始末に追われることになった。



         ◇



 翌日、公爵と宰相、各方面のブレーンたちは緊急招集され、ベンについて話し合う。


 ドラゴン瞬殺レベルの人間離れした力を女神から授けられた少年ベンの登場。そして、女神がベンに魔王への助力を依頼したこと。これらはトゥチューラの存亡、ひいては人類の在り方にかかわる大問題であった。


 そして、降臨した女神の分身を宮殿魔術師が刺激して、宮殿を吹き飛ばされてしまったこと。これもまた頭痛い問題だった。


「ベンなど毒を盛って殺してしまえ!」


 宰相は威勢よく叫んだ。出席者はその通りだと内心思いつつも、さすがに女神が注目しているベンに危害を加えることは危険である。女神が本気になったらトゥチューラなんて一瞬で火の海にされてしまうのだ。


「いや、気持ちは分かるよ。ベン君のいない時代に戻りたい。それはみんなの思うところだ。だが、彼はもう出てきてしまった。消すのは危険だ」


 公爵の意見に宰相含め、みんな渋い顔でうなずかざるを得なかった。


 一番紛糾したのは魔王への助力の件である。『魔王が頼みたいこと』とは何か? なぜ女神は魔王の肩を持つのか? ベンに一体何をやらそうとしているのか?


 この部分の解釈は無数あり、しかし、どれも決定打に欠いていた。ただ、唯一言えるのはベンを魔王軍側に奪われてはならない、というものだった。どこまでも人間側についていてもらわない限り人類の敗北は必至だ。何しろ人類最強の勇者もベンの前には瞬殺だったのだ。ベンが魔王側についたとたん、人類は魔王軍に蹂躙されてしまう。


 結局、彼らは夜まで激論を交わし、太陽政策で行くことにした。『北風と太陽』の太陽、つまり、ベンに取り入ってトゥチューラのために動きたくなるようにしよう、というものだった。


 その頃ベンは、街の重鎮たちが自分のことで紛糾していることなんて思いもよらず、渋い顔をしながら自室で水筒の加工をしていた。お尻に注入しやすい形状に工夫が必要なのである。そんなことやりたくなかったが、一万倍を出した水筒の便意増強効果はてきめんであり、何かの時のために用意しておきたかったのだ。



        ◇



「ベン男爵! こちらが新しいお屋敷ですよ!」


 セバスチャンに連れられて、ベンは宮殿にほど近い離宮に来ていた。庭園にはバラが咲き乱れ、大理石で作られた三階建ての美しい建物がそびえ、まるでおとぎ話に出てくるような宮殿だった。


「え? ここが僕の新しい家ですか?」


 ベンは戸惑った。先日ワンルームに移ってきて、それでも十分だと思っていたのにいきなりこの宮殿をくれるというのだ。そもそもこんなでかい宮殿に人なんて暮らせるものなのだろうか?


「ベッドルームが十室、図書室もございます。さあお入りになって」


 セバスチャンはそう言って、重厚な玄関のドアを洗練された手つきで開けていく。


 中は大理石をふんだんに使った壮麗なエントランスとなっており、赤じゅうたんが二階へ向かう優美な階段へと続いている。そして、その脇には十数人のメイドがずらっと並んで立っており、


「おかえりなさいませ、ご主人様!」


 と、一斉に唱和しながらうやうやしくお辞儀をした。


 は?


 ベンはあまりのことに凍りつく。


 家をくれるというからついて来たら、たくさんの美少女が用意されていた。いったいこれはどういう事だろうか?

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