7. 美少女をかけた決闘

 夕方になり、ベンは紹介された店で小ぎれいに身を整え、床屋で髪を切ってもらうと颯爽さっそうと公爵家の屋敷へと向かった。商売を始めるならベネデッタと懇意になってビジネスの相談に乗ってもらわないとならない。何しろ自分には日本での知識がある。パーティでマーケティングして日本の知識が生きるビジネスを探し出してやるのだ。


 会場の大広間に案内されると、すでに来賓が立派なドレスやスーツを身にまとい、グラス片手にあちこちで歓談している。天井には豪華な神話の絵が描かれ、そこからは絢爛けんらんなシャンデリアが下がり、魔法できらびやかに輝いている。そして、テーブルには色とりどりのオードブルが並んでいた。


 立派な会場に圧倒され、キョロキョロしていると、


「何を飲まれますか?」


 と、メイドさんがうやうやしく聞いてくる。


「ジュ、ジュースをください」


 緊張で声が裏返った。


 知り合いが誰もいない会場、完全なアウェーでベンは壁の花となってただ静かに来賓の歓談のさまを眺めていた。


 パパパーン!


 いきなりラッパの音が鳴り響き、壇上にスポットライトが当たる。


 出てきたセバスチャンが司会となって挨拶をすると、パーティーの案内を読み上げていった。


 そして、登場する公爵とベネデッタ。ひげを蓄えた公爵は勲章がびっしりとついたスーツを着込み、背筋をビシッと伸ばして威厳のあるいで立ちだ。ベネデッタは薄ピンクの華麗なドレスに身を包み、美しいブロンドの髪の毛には赤い花があしらわれている。


 トゥチューラの至宝と語られるベネデッタの美貌は来場者のため息を誘い、会場を一気に華やかに彩っていく。


 ベンもその美しさに魅了され、口をポカンと開けながらただベネデッタのまぶしい微笑みを見つめていた。


 彼女に『運命の方』と、呼ばれてしまった訳だが、こう見るとベネデッタは華やかな別の世界の住人である。スラム上がりの自分がどうやって公爵令嬢の『運命の方』になんてなれるだろうか?


 ベンは首を振り、大きく息をついた。


 すると、ベネデッタがベンを見つけ、壇上から手を振ってくる。ベンはいきなりのことに驚き、真っ赤な顔で手を小さく振り返したのだった。周りの人たちの嫉妬の視線が一斉に突き刺さり、ベンは小さくなる。


 パーティの開会が宣言され、歓談が始まった。


 ガヤガヤとあちこちで話し声や笑い声が上がり、会場は盛り上がっていく。しかし、ベンは話す相手もなく、どうしたものかと渋い顔で腕を組んだ。


「ベンくーん!」


 ベネデッタの可愛い声が響く。なんと、ベネデッタは公爵を連れて真っ先にベンのところへやってきたのだ。


 ベンはいきなりのことで驚いたが、胸に手を置き、公爵にぎこちなく挨拶をする。


「お初にお目にかかり恐悦至極きょうえつしごくに存じます……」


「君か、娘を助けてくれたんだって? ありがとう」


 公爵は気さくな感じで右手を出し、ベンは急いで汗でぐっしょりの手のまま握手をした。


「あ、たまたまです。上手くオークを倒せてよかったです」


「ベン君凄かったのですわ! たくさんのオークがあっという間にミンチになって吹き飛んでいったんですの!」


 興奮気味に解説するベネデッタ。


「ほぉ! オークをミンチに……、君はどれだけ強いのかね?」


 公爵は好奇心旺盛な目でベンの顔をのぞきこむ。


「あ、どのくらいなんでしょうね? 調子がいいとすごく強くなるみたいなんです。はははは……」


 便意さえあれば宇宙最強だなんてことは口が裂けても言えない。


 すると、いきなり横から勇者が現れて、


「公爵、こいつはうちの荷物持ちだった小僧。あまり期待しない方がいいですよ」


 と、吐き捨てるように言った。


「荷物持ちでもなんでも、オークを倒せるなら十分ですわ。私はベン君に救われたのです。変なことおっしゃらないで!」


 ベネデッタは憤然と抗議する。


「あー、ベネデッタさん、侮辱するつもりはなかったんですが、ただ、変に期待されてもベンも困っちゃうだろうと思ってね」


 勇者はいやらしい笑みを浮かべてベンを見た。


「変に期待って、あなたならオークの群れに一人で突っ込んで瞬殺できるんですの?」


「もちろんできます! コイツにできて勇者にできないことなんてないんです」


 にらみ合う両者。


 すると公爵はニヤッと笑って言った。


「じゃあ、こうしよう。パーティーの余興に武闘会を開こう。二人で戦ってそれぞれ強さをアピールしなさい」


 えっ!?


 いきなり勇者との戦闘を提案され、ベンは焦った。


「あぁ、いいですね! そうだ! ベネデッタさん、私がコイツに勝ったらデートしていただけますか?」


 勇者はここぞとばかりにベネデッタに詰め寄る。


 ベネデッタはキュッと唇をかむと、


「ベン君、勝てますわよね?」


 と、ベンに振る。ベンは慌てて両てのひらをブンブンと振りながら、


「いや、今日はパーティーですよ? どっちが強いかだなんていいじゃないですか」


 と、穏便に済まそうとする。


「でも、戦ったら勝ちますわよね?」


「いや、まぁ、本気を出せばもちろん……」


 と、渋い顔をしてうつむくベン。クソ真面目なベンには嘘はつけないのだ。


 ベネデッタは嬉しそうに笑うと、勇者を指さして、


「デートでいいですわ、その代わりベン君が勝ったらこの街から出てってくださいまし」


 と、言い切った。


「はっはっは。いいでしょう。デートは夜まで……、約束ですよ」


 勇者はいやらしい笑みを浮かべながらそう言った。そして、くるっと振り返り、パーティメンバーに向って、


「よーし、お前ら準備するぞ! 今宵を勇者のパーティーとするのだ!」


 そう言いながら控室の方へ下がっていった。


「えっ、本当に……戦うんですか?」


 ベンはいきなり勇者とぶつけられてしまったことに困惑を隠しきれず、泣きそうな声で言った。


「勇者はちょっと横暴が過ぎるんですの。ベン君の力で、上には上がいることを見せてあげてくださる?」


 ベネデッタはベンの手を取り、澄み通る碧眼でベンを見つめる。


 ベンは絶望した。ベネデッタは、勝つためにベンがどんなに苦しい想いをしなければならないか知らないからそんなことを言うのだ。


 とはいえ、そんな恥ずかしい事、到底説明などできない。


 それに、自分を信じてくれるこの美しい美少女がひどい目に遭うのは避けねばならなかった。


 くぅ……。


 ベンはギュッと目をつぶって言う。


「わ、分かりました。勝ちます。勝てばいいんですね……」


 ベンはつくづくクソ真面目な自分の性格が嫌になる。こんなの放って逃げてしまえばいいのに、期待されると無理しても受け入れてしまう。前世ではそれで過労死したというのに何も学んでいない。でも、自分はこういう不器用な生き方しかできないのだ。


 ベンは大きく息をつくと、渋い顔で宙を仰いだ。

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