小岩の痛み②

「そ、そ、それで……、き、聞きたいこと、というのは……」


 あの一件があった翌日。

 僕はホタカ先生の指示通り、小岩を相談室に連れてきた。

 応接用ソファーで、背中を丸めながらホタカ先生に質問するその姿は、心なしか普段よりも一回りも二回りも小さく見える。

 小岩が警戒感丸出しなのも、無理はない。

 これまで会ったことすらない大人からの、急なご指名とあらば嫌でも邪推する。


 それでもこうして来てくれるあたり、流石は小岩といったところか。

 まぁ小岩としても、僕にカウンセリングを勧めた手前、無下に断るのも気が引けると思ったのだろう。

 僕の顔を立ててくれただけでも、彼には感謝すべきだ。


 そんな小岩とは対照的に、ホタカ先生はその目を細め、これでもかというほどのジト目を向けている。

 まさにのっけから、疑いにかかっているカタチだ。


「キミ。トーキくんに何か言うことあるんじゃなぁい?」


 これは……、カマをかけている、のか?

 極めてオーソドックスなやり方だが、大人という権威を振りかざしている分、小岩としても心穏やかではないはずだ。

 やはり彼女のやり方は、どうにも好きになれそうにない。


「い、いえ……、特に、は……」

「ほ・ん・と・う・に?」

「ひっ!?」


 目は口ほどにモノを言う、か。

 小岩は、ホタカ先生の圧に屈するようにその視線を泳がせる。

 語るに落ちたといったところか。

 そんな小岩を見て、ホタカ先生は露骨に満足そうな笑みを浮かべる。

 やはり、誘導尋問のようで好きになれない。


「何か、知ってるんだね?」


 ここぞとばかりにホタカ先生は、ダメ押しの一言で小岩を責め立てる。

 早くも勝負あり、か。

 彼女の問いかけに、小岩は静かに首を縦に振る。

 すると、恐る恐るといった様子で、横に座る僕に顔を向けてくる。

 ホタカ先生の尋問のせいか、ただでさえ色白な彼の素肌は、より蒼白に染まっていた。


「天ヶ瀬君、ごめん。僕、最低だ……」

「いや、いきなりそう言われても。話が見えないんだけど……」

「そ、そうだよね! ちゃんと言うね」


 小岩はそう言うと、覚悟を決めるようにフゥと深く息を吐く。


「あのね、天ヶ瀬くん。僕はキミの妹さんを、売ったんだ……」


 話は今から2週間前に遡る。

 小岩は放課後に麻浦先輩に呼び出され、ある脅しを受けた。

 というのも、小岩はある事情から麻浦先輩にを握られてしまったらしい。

 それを表沙汰にしない代わりとして麻浦先輩が提示してきたのは、小岩の一つ下の妹に、彼らの悪巧みに協力させることだった。

 まぁ詰まる話、例の件のになれ、ということだろう。


 小岩は相当に悩んだ。

 麻浦先輩に握られた事実が出回ってしまえば、今後の学校生活にも多大な影響が出る。

 かと言って、仮にも実の妹が破廉恥な姿がネット上に晒すわけにもいかない。

 窮地に立たされた小岩は、あることを画策する。

 それは、妹と交流のあったの伝手を利用して、他の女子生徒をスケープゴートにすることだった。

 何でもその他校の女子とやらは、小岩の妹と学習塾が一緒で、小岩自身ともある程度面識があったらしい。

 そこで小岩は、に儲け話として持ちかけて、その斡旋手数料を山分けする、という話で彼女と合意し、協力を取り付ける。

 麻浦先輩としても、とにかく被写体の頭数を増やすことが最優先事項だったようで、小岩の提案を了承した。

 これが大まかな事のあらましのようだ。


「なるほど、な。だいぶ拗れてるな。色々と……」

「だよね……。こんなに色んな人を巻き込んじゃって、さ。ホント、何やってんだろ、僕……」


 小岩は俯き涙ぐみながら、そう話す。


 正直な話、怒りよりも先に意外、と思ってしまった。

 もちろん、今回の件については小岩もある種の被害者だ。

 でも、だからといって自分の身の回りの不都合を、他人に押し付けるような人間ではないと思っていた。

 ここまで小岩の話を聞いて、より確信した。

 やはり僕は彼のことを、まだ良く知らない。

 ……まぁ、それを言っても始まらない。

 知らないのであれば、一つずつ明らかにしていくしかない。


「……それで、その他校の女子ってのは?」

「へっ!? い、いや。それは……」

 

 僕の問いかけに、能登は口籠り、視線を逸らす。

 なんだ?

 何か答えづらい事情でもあるのか。

 まさか、早速はぐらかされるとは思ってもみなかった。


「こーらっ! トーキくん。今はを話してるんでしょ!? 話を逸らさないの!」


 僕が不審に思っていると、何故かホタカ先生に咎められてしまう。


「いや、別に逸らしてるわけじゃ……。実際、それなりに大事な情報じゃ」


「あ、天ヶ瀬くんっ!! ホントにごめん……。でもこれだけは信じて! 僕もまさか知り合いっていうのが、天ヶ瀬くんの妹さんだとは思わなかったんだよ!」


 僕とホタカ先生のやり取りを遮るように、小岩は食い気味に謝ってくる。


 風霞じゃなければいいのか。

 そこに考えが及ばないようでは、きっとまた間違えてしまうだろう。

 しかし、コレをそのまま伝えてしまうのは、無粋なのかもしれない。

 小岩自身も、これまでにない修羅場の中で、切羽詰まっていたのだろうから。

 僕はそれとなく、話題を逸らすことにした。


「ていうか、あからさまな脅しだろ、ソレ。警察に相談するべきだったんじゃ……」

「チッチッチッ! 甘いな〜、トーキくんは!」


 僕の小岩への指摘に、ホタカ先生は大袈裟に指を振りながら僕をあしらう。


「小岩くんは『弱みを握られた』って言ったよね? もしそれが犯罪絡みだったら……、どうかな?」

「はぁ!? それって……」

「協力しなかったら警察に告発するとでも言われたんじゃないかな? どう? コイワくん」


 ホタカ先生の呼びかけに、小岩は冷や汗交じりに首を縦に振る。


「ごめん、天ヶ瀬くん……。ちゃんと話すよ」


 そう言うと、小岩はまた深く息を吐いた。


「あのね、天ヶ瀬くん。僕さ。轢いちゃったんだ。人を……」


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