魔王を崇拝する教団 11

 屋敷から抜け出した私は、事前に聞いていた教団のアジトを目指した。黒を基調とした、訓練に使っていた戦闘用の服を身に纏い、月明かりに照らされた森の中を駆け抜ける。

 闇夜の森を駆けられるのは各種スキルのおかげだ。パッシブ系のスキルで身体能力が大幅に上がっている私が夜目が利くし、ライトの魔術を使えば足元だけを照らすことも可能だ。


 私はそうして森の中を駆け抜け、教団の隠されたアジトを探す。身体能力を活かして森を走り回った私は、ほどなくして森の中にひっそりとたたずむ洋館を発見した。

 見張りは……うん、いるね。

 屋敷を警護している教団の者が数名。

 そしてもう一グループ。こちらは、屋敷を取り囲むように配されている。おそらく、お母様が派遣した騎士団の先遣隊が見張っているのだろう。


「両方の目を盗んで、屋敷に侵入……出来るかな?」


 いや、出来るか出来ないかじゃなくてやるしかない。なにか方法は……あ、そうだ。私が攫われたアジトには抜け道があったよね。もしかして、この屋敷にもあるんじゃないかな?

 普通なら見つけ出すのは難しいけど――と、私はサーチの魔術を使用した。


 キャラメイキングでアルトさんに習得させた魔術の下位互換。あまり便利なものじゃないのだけど、それでもレベルが6は伊達じゃない。

 私は地面の下に走る空洞を見つけた。

 片方は屋敷に繋がっており、もう片方は少し離れた場所にある枯れ井戸だ。つまり、そこから屋敷に入ることが出来る。それを確認した私は、慎重に井戸のそこへと降り立った。


 魔術で生み出した、最小限のライトで辺りを照らし、井戸の底から続く横穴を進む。ほどなくして階段を上れば、屋敷の中とおぼしき小部屋にたどり着いた。


「どこかに隠し扉があるはずだよ……って、え?」


 周囲を見回した私は思わず息を呑んだ。壁にもたれ掛かるように寝ている男がいたからだ。

 まさか、見張りが眠りこけてる? そう思って警戒するけれど、すぐにそれは杞憂だと分かった。男は寝ているのではなく、手足を拘束された上で気を失っていたからだ。


「……つまり、私の他に侵入者が?」


 嫌な予感がする。

 急いで、司祭と魔族を見つけないと。言い様のない焦燥感に駆られた私は周囲を調べ、外へと続く隠された扉を発見した。私はその扉を開け放ち、部屋の外へと飛び出した。

 周囲に人は――いない。


 ……と言うか、驚くほどに静かだ。

 もしかして、先にここを通った侵入者が敵を排除した? そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。と言うか、これが罠という可能性を忘れてはならない。


 しばらく廊下を進んだ私は、行き止まりにある部屋の前にたどり着いた。その扉は少しだけ隙間が空いていて、中から話し声が聞こえてくる。

 私はその扉の前に立ち、こっそりと中の様子をうかがった。


     ◆◆◆


 リディアの部屋に結界を張って安全を確保。ヴィオラを同席させて、万が一にもリディアが出歩かないようにする。そうして万全を期した俺は、万が一にも顔を見られないようにローブに付いたフードを目深に被って屋敷を抜け出した。

 目的地は、森の中にあるという教団のアジト。そこにいる魔族を捕まえ、俺の正体を知る者達の口を封じる必要がある。


 アジトがある場所はサーチの魔術で確認する。パッシブ系のスキルで強化された身体能力に物を言わせ、暗闇に包まれた森を駆け抜けた俺は、ほどなくして洋館の前にたどり着いた。


 洋館に配された見張りは数名。それに、おそらくは騎士団の斥候が、洋館を取り囲むように配されている。その監視網をすり抜けて屋敷の中に入るのは難しい。

 だけど――前回のアジトには隠し通路があった。

 おそらく、あの司祭が保身に長けているのだろう。であれば、この洋館にも脱出用の隠し通路がある可能性は大きい――とサーチを使えばすぐに発見できた。


 俺はその入り口である枯れた井戸に飛び込んだ。そうして地面に着地した瞬間、とっさに身を翻す。目前を数本の矢がすり抜けた。


「……罠か。まあ、それくらい設置してあるだろうな」


 脱出用の通路だ。つまり、外部の人間が中に潜入するのを拒む造りになっている。おそらく、罠を解除する仕掛けは、屋敷の出入り口側にあるんだろう。

 もっとも、戦闘系スキルが軒並みレベル6の俺にはあまり関係がない。罠を感知して回避、ときには破壊して、なんなく隠し通路を進む。

 ほどなく、俺は屋敷へと続く階段へとたどり着いた。


「……おっ、解除の仕掛けはこれか」


 帰りもここを通ることを考えて罠を解除する。これで、帰りは問題なく屋敷から抜け出すことが出来る。そうして退路を確保した俺は階段をあがった。

 階段の上は小部屋になっていた。

 なにもない部屋に見えるけど……もちろんそんなはずはない。周囲を調べれば、隠し扉を発見することが出来た。その扉を開けた俺は――思わず目を見張った。

 廊下を歩く男と出くわしたからだ。男の首には教団のシンボルを象ったネックレスが掛けられている。間違いなく、魔王を崇拝する教団の手の者だ。


「何者だ――っ」


 男がみなまでいうより早く、その鳩尾に拳を叩き込んだ。そうして意識を失った男の猿ぐつわを噛まし、手足を縛って隠し部屋へと運び込んだ。

 そうして時間稼ぎをしてサーチの魔術を使う。

 だけど、一階の部屋には誰もいない。まさか、逃げ出した後か? そう思って二階を調べれば、そちらには一人だけ気配があった。

 俺は周囲を警戒しつつ、その部屋に向かう。

 部屋の前にたどり着くが、中の気配は動かない。覚悟を決めて部屋の中に踏み込むと、そこにはうやうやしく頭を下げる魔族の姿があった。


「お待ちしておりました、魔王様」

「……待っていた、だと?」

「はい。ここでお待ちすれば、魔王様がお越しになるだろうと予想しておりましたゆえ」

「なるほど、そういうことか」


 捕まった信者が、このアジトのことを白状する。それを見越して、あえて滞在する。なにかの罠だと思ってはいたけど……なるほど、俺が来ると予想してのことだったか。


「一つ聞かせてくれ。どうして俺が魔王の後継者だと分かった?」

「私には、魔王様の気配が感じられるのです」

「それは、お前なら、ということか? それとも、魔族なら、か?」

「魔族なら、すぐに貴方様の気配に気付くでしょう」

「……そう、か」


 あまり好ましくない返答だが、予想していた答えでもある。誰も俺の存在に気付かないなら、俺が隠れ住めば済む話だからな。


「ところで、俺の正体を誰に話した?」

「誰にも」

「……誰にも? あの司祭はどうだ?」

「あぁ、ご心配なく。あの司祭なら処分しましたから」

「処分?」

「永遠に口を封じた、という意味です」

「いや、それは分かってるけど……」


 というか、この魔族はさっきから、どうして俺の質問に丁寧に答えているんだ?


「俺に攻撃されたのを忘れたのか?」

「あのときは……申し訳ありませんでした」

「……は?」


 魔族が俺に平伏している。


「魔王様が正体を隠し、人間と行動をともにしているとは思いもよらず。正体を口にしようとした私が愚かだったのです。どうかお許しください」

「……あれは」

「分かっています。魔王様の力はまだ完全ではないご様子。だからこそ、人間に紛れて力を付ける算段なのでしょう?」


 なんだか色々と誤解されているらしい。でも……待てよ。力を取り戻すまで人間に紛れて生活している――と言い張れば、魔族を大人しくさせることが出来るのでは?


「……違いましたか?」

「いや、その通りだ。ゆえに、俺はしばらくは人間と共に暮らす。おまえ達が人間に手出しすることも許さない。だから――リディアには手を出すな」


 俺の言葉で魔族の行動を縛れるのなら、長い猶予を得ることが出来る。そんな打算で魔族に向かって言い放った。それとほぼ同時、俺が入ってきた扉からリディアが姿を見せた。

 

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