魔王と聖女は互いに惚れた弱みを作りたい 6
上手くいっていたはずだった。うぅん。実際に上手くいってた。アルトさんは、彼自身が選んだ服を着る、私の姿に釘付けになっていたから。
この調子なら、アルトさんの選んだ服を着ているだけでドキドキさせられる。私がアルトさんにドキドキしなくても、アルトさんは私にドキドキする。
そんな望むべき状態が手に入る――はずだった。
「アルト様はあまりお洋服を持っていないご様子。お洋服を選んでいただいたお礼に、リディア様がお洋服を選んで差し上げたらいかがですか?」
エリスにこんな提案をされるまでは。
そのあまりの衝撃に、思わず変な声を零してしまった。
でも、私の思惑を知っている人なら分かってくれると思う。私は、アルトさんをドキドキさせ、自分はドキドキしなくて済むように、あれこれと手を回したのだ。
なのに、なのに、アルトさんに自分好みの服を着せるなんて。
――すっごく楽しそうなんだけど!
――私の作戦が台無しだよ!
相反する二つの思いが爆発する。
だってアルトさんは、私の好みを体現した男の子だ。オッドアイの瞳の色はもちろん、頬のラインや、二重まぶたの形に至るまで、私好みに設定してある。
そんなアルトさんを自分好みにコーディネートする。ゲームでだって、課金して楽しむようなシチュエーション。それを現実世界で楽しむことが出来る。
女の子にとって、これほど嬉しいイベントは他にないと思う。
だけど――アルトさんは魔王の名を継ぎし者。
聖女である私の天敵だ。
彼に惚れたらきっと悲しい結末になる。
だから、私がアルトさんに惚れる訳にはいかない。目的はあくまで、私に惚れた弱みをアルトさんに作って、私を殺せないようにすることだ。
だからこそ、アルトさんにだけドキドキさせる方法を考えた。なのに、アルトさんに私好みの服を着せたら、側にいるだけで私までドキドキしてしまう。
本末転倒もいいところである。
だから、断るべき。いや、お世話になったのは事実だから、服をプレゼントするのはいい。でも、私が自分好みの服を選ぶのは絶対ダメ!
エリスに頼むか、アルトさんに自分で選んでもらおう。
「そうだね。アルトさんも好きな服を選んで。今日のお礼にプレゼントするよ」
これで最悪の事態は免れた。
「その……リディア。よかったら、選んでくれないか?」
「――ゑ?」
はずだったが、アルトさんの一言で私の目論見は崩れ去った。
「自分の服を選ぶのってあんまり得意じゃないんだ。だから、リディアが俺に似合いそうな服を選んでくれたら……嬉しいかな、なんて」
~~~っ。
超絶私好みのアルトさんが、少し照れた感じで『リディアが俺に似合いそうな服を選んでくれたら……嬉しいかな、なんて』って……なに!? なんなの!?
アルトさん、私のことを惚れさせようとでも思ってるの!?
いや、そんなはずないのは知ってるけどさ!
いいよ、そこまで言うなら選んであげる。アルトさんに似合いそうな服を、私が完璧にコーディネートしてあげようじゃない! 正直、選びたかったし!
――という訳で、私は紳士服を見せてもらい、アルトさんに似合いそうな服を選ぶ。
ファンタジー世界だけど、服のデザインはずいぶんと近代的なんだよね。と、そう感じるのは、前世――と呼んでいいのか分からないけれど、転生まえの知識があるからだと思う。
リディアとして過ごした記憶はある。だけど、私はあくまで、リディアに転生したという感覚だ。なのに、『私』の記憶は、キャラメイキングをするところから始まっている。
それまでなにをしていたのか、自分がどこの誰だったのかは思い出せない。そういったエピソード記憶がすっぽりと喪失してしまっているんだよね。
でも、意味記憶は失っていない。ゲームの知識なんかは持っているし、目の前に並んでいる服が近代的だと言うことも分かる。
どうしてこんなことになったのかは……考えても無駄かなぁ?
もしかしたら、キャラメイキングのときにあった説明の何処かに書いてあったのかな。ちゃんと読まなかったことが悔やまれる。もしも過去の自分に会うことがあれば、説明書はちゃんと読んでプレイしなさい! って叫ぶところだ。
でも、悔やんでもどうしようもないことも事実だ。
いまは、自分に出来ることを……って、アルトさんの服を選ぶのは、いま出来ることと言うよりも、自分の首を絞めることな気がするけど……
とにかく、私はコーディネートに意識を集中する。
選ぶのは、胸元が少しだけ開いたデザインのブラウス。カジュアルなジャケット。スタイリッシュなデザインのスラックス。。
具体的に言うと、ブラウスの胸元は第二ボタンくらいまで開いているデザインを選んだ。わずかに色気を出しつつも、清潔感が損なわれないように注意する。
続けて、ジャケットはカジュアルなイメージを前面に押し出し、襟には金のボタンを付けてアクセントを付けた。それから、スラックスは足のシルエットが出るデザインで、持ち前の足の長さを強調する。最後は歩きやすそうなスニーカーを合わせて完成だ。
「アルトさん、こんな感じでどうかな?」
「お、よさそうだ。それじゃさっそく、試着させてもらうな」
アルトさんは私の手渡した一式を持って試着室へと消えていく。
私の好みを体現したアルトさんが、私の好みに合わせた服を着る。一体どうなっちゃうんだろうと、期待半分、不安半分に待っていると、ほどなくして彼は戻ってきた。
その姿に私は言葉を失った。
アルトさんはサラサラな黒髪で、その黒髪に縁取られる顔は整っている。身体の線も細く、女装をしたらさぞ綺麗なお姉さんになるだろうという印象を受ける。
と言うか、私がそんな風に設定した。
そんな彼の瞳はオッドアイだ。
右目が水色で、左目は金色という中二っぽい外見をしている。
私の理想を体現したアルトさんが身に付けるのは私が選んだ服。
ブラウスは清涼感を持ちながらも、少しだけ開いた胸元からはわずかに覗く鎖骨。カジュアルで親しみを感じさせるジャケットには、金のボタンでアクセントを付けた。
そして一番の決め手はスタイリッシュなスラックスだ。スタイリッシュなデザインのスラックス&スニーカーは、アルトさんの長い足をこれでもかと強調している。
とにかく格好いい。
そんな風に見惚れていると、アルトさんが先に口を開いた。
「……どう、かな?」
「~~~っ」
格好いいお兄さんが、少し照れくさそうに笑う仕草が尊い。あまりの破壊力に、私の意識は持っていかれそうになった。物理的に殺されるまえに、精神的に殺されるかも。
こんな人を相手に、自分は惚れず、相手にだけ惚れさせるなんて……出来るかなぁ?
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