魔王と聖女は互いに惚れた弱みを作りたい 1

 キャラメイクからの転生。

 自分が作ったキャラに転生するのかと思いきや、転生したのは別の身体だった。転生で性転換せずに済んだのは助かったけれど、問題は転生した身体が持つ称号だ。


 魔王の後継者。

 魔王の魂を持つ人間で、天敵である聖女に命を狙われるという因果を抱えている。

 しかも、その聖女こそが、俺が一切の自重なく作った最強のキャラクター。戦えば絶対に負けることが確定している。生き残る道は逃げるだけ――と思っていた。

 だけど、互いの親が親の仇であるにもかかわらず、結婚したというゼルカ夫妻の話を聞いて、あらたに生き残る方法を思い付いた。


 それは、リディアを俺に惚れさせ、惚れた弱みに付け込む――という作戦。惚れさせてしまえば、俺が魔王の後継者であるとばれても殺されない、という算段だ。


 そのためには、リディアを避けていては話にならない。

 積極的にかかわって、リディアを口説き落とす。


 そのために……と、向かいの席に視線を向ける。そこには、何やら考えに耽っているリディアの姿があった。さきほど、ゼルカの話を聞いてからまだ十秒と経っていない。

 だが、俺が視線を向けてほどなく、彼女は不意に顔を上げた。


「アルト様にお願いがあります」

「……なんでしょう?」

「さっきも言ったように、私は護身術を習っています。そのお稽古をアルト様に教えていただけないかな、と。……いかがでしょう?」

「護身術を、俺が、ですか?」

「はい。もちろん、無理にとはもうしませんが……」


 普通に考えて、自分の天敵の弱点を補う訓練をするなんて自殺行為だ。でも、これは俺が教えなければ、ゼルカ辺りから学ぶことだろう。

 なにより、リディアに積極的にかかわると決めたばかりだ。勇気を出してチャレンジしなければ、欲しい結果も手に入らない。だから、これは受けるべき提案だ。

 ただし、先に通さなくてはいけない筋がある。。


「お話しは分かりましたが……よろしいのですか?」


 ゼルカさんに習う予定だったのでは? という意味を込めて視線をチラリ。それに気付いたリディアが「ゼルカ、申し訳ありませんが、訓練はキャンセルさせてください」と口にした。

「お気になさらず。お嬢様も、歳の近い彼に教えてもらう方がいいでしょう。しかし――」


 ゼルカは中庭の景色に視線を飛ばし、「ようやく、春が訪れたのでしょうかね?」と笑い、もう一度リディアへと視線を向けた。

 それはつまり、リディアが俺を意識しているのでは? というからかい文句だ。当然、リディアは否定すると思っていた。だけど――


「そんな――っ。……いえ、どうでしょう?」


 反射的に否定しようとして、だけど俺を見ると意味ありげに微笑んだ。

 ……って、え、なに、その可愛い仕草は。

 まさか、既に俺を意識してるのか? それだったら、惚れた弱みを作るチャンスだ。この期を逃す訳にはいかない――と、俺は一歩を踏み出す。


「光栄ですね」


 俺の言葉に、リディアがわずかに目を見張った。好意を寄せているという趣旨の発言に対しての答えだと思ったのだろう。

 だから、俺はなに喰わぬ顔で次の一言を付け加えた。


「護身術の先生、引き受けさせていただきます」

「……え? あ、あぁ、そういう話でしたね」

「なんの話だと思ったんですか?」


 すっとぼけてみせる。


「いえ、その……引き受けていただけると思っていなくて。でも……その、アルト様が引き受けてくださって、凄く……嬉しいです、よ?」


 顔を逸らしながらも、横目でちらりと俺を見る仕草が可愛らしい。まるで狙っているような仕草だけど、彼女にそんなことをする理由はないから無意識だろう。

 思わず見惚れて……いやいや、俺が見惚れてどうする。目的は惚れさせることであって、青春を謳歌することではない。

 しっかりしろ! と自分を叱咤していると、ゼルカが笑い声を上げて立ち上がった。


「話も纏まったようですし、お邪魔虫の私はそろそろお暇させていただきましょう」


 彼は笑って、だけど作法はしっかりと、退出の礼をして去っていく。そうして彼を見送ると、リディアが申し訳なさそうな顔をした。


「あの……アルト様、申し訳ありません。ご迷惑ですよね?」


 なにが――とは言わずに、リディアは上目遣いで問い掛けてきた。

 俺の頭の中がお花畑だったのなら、ゼルカに誤解された件――と思い込んでいただろう。あるいは、リディアが誤解じゃないと否定するところまで期待したかもしれない。

 だけど、俺は誤解しない。

 リディアの言葉は、俺に護身術の先生を頼んだことへの質問だ。

 だから――


「迷惑だなんてそんな、嬉しいですよ」


 素知らぬ顔で微笑めば、リディアの頬が朱に染まった。その反応を見た瞬間は、あれ? もしかして、本当に誤解された方の件だった? なんて思った。

 だけど――


「こちらこそ嬉しいです。それでは、いまから護身術の稽古をしていただけませんか?」


 リディアはふわりと微笑んだ。

 やはり稽古の方であっていたらしい。というか、気のせいかな? なんか、男心を弄ぼうとするような、小悪魔的な雰囲気を感じるんだけど……

 

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