魔王と聖女は生き残りたい 6

 俺を殺しうる天敵、聖女が暮らす屋敷に剣客として滞在することになった。自業自得ではあるけれど、いつ正体がばれて殺されるか気が気じゃない。

 でも、いくら自業自得だからといって死にたくはない。

 せっかく転生したんだから、絶対に死亡フラグを回避してこの世界を満喫してやる。


 そのためには、いくつか確認しなくてはいけないことがある。

 まず大前提として知っておく必要があるのは、魔王と聖女の関係について――だ。

 だが、これはこの身体が持つ記憶にあった。

 ――と言っても、知っているのは昔話なんだけどな。


 およそ数百年前、人間と魔族のあいだで戦争があった。苛烈な魔王軍の侵攻を食い止め、ついには反撃して魔王を討ち取った。その軍隊の旗印が初代の聖女である。

 とまぁ、そんな感じの昔話だ。


 それから後、魔王と聖女は現れていない。魔族や、魔王を崇拝する教団なんかは存在するし、魔物の被害もなくなってはいないけれど、昔と比べると平和な日々が続いている。

 それがこの世界における現代。


 つまり、俺とリディアは数百年ぶりに復活した魔王と聖女。これがゲームなら、魔王と聖女を旗印にした戦争が再び起こるのだろう。


 とはいえ、魔王の後継者である俺に、魔族を率いて人間を滅ぼしたい、なんて願望はない。

 少なくとも、戦争なんかには発展しないはずだ。

 事件が起こるとしたら、聖女であるリディアが俺の正体に気付き、戦争が始まる前に――と、魔王の後継者である俺を滅ぼそうとするくらいだろう。

 ……いや、俺的には絶対に避けたい展開なんだけどさ。


 と言うことで、絶対に正体は隠さなくてはいけない。でも、それだけでバッドエンドを回避できるとは思えない。ゲームのように、予期せぬイベントが発生する可能性が高いからだ。

 そもそも、そんなイベントがなかったとしても、正体を隠し通せるかどうかも妖しい。なぜなら、この世界には鑑定というスキルが存在するからだ。


 ただ、リディアには既に名前を知られていた。

 ということは、鑑定を使われたはずだ。にもかかわらず、客人として滞在を許されたということは、彼女の鑑定でも、俺の正体までは分からなかった。ということだろう。

 正体を知って、気付かないフリをしている、ということはないはずだ。

 ……ないといいなぁ。


 ともかく、鑑定スキルが10のリディアで無理なら、俺の正体を見にくことは不可能だろう。俺が自主的に、鑑定を受け入れようとしない限り。

 という訳で、当面は大丈夫。

 そのあいだに、なにか対策を考える。それも無理なら逃げるしかないだろう。そんな結論に達した俺はひとまず、リディアの屋敷に滞在することにした。



 屋敷に滞在して二日目。

 朝起きると、エリスが俺の部屋を訪ねてきた。


「という訳で、アルト様にはこの服を着ていただきます」

「……なにがという訳だ」


 唐突に差し出されたのは白いブラウスと、ブラウンのスラックス。シンプルなデザインではあるが、その生地や精巧な刺繍が高級品であることを示していた。

 少なくとも、いまの俺には不相応な服である。


「実は、アルト様を剣客として雇ったのには理由があります」

「……理由? 誰かを鍛えて欲しい、とかか?」

「いいえ、リディアお嬢様を護っていただきたいのです」

「……は?」


 予想外すぎて間の抜けた声を上げてしまう。


「な、なんで、俺がリディアさんの護衛をしなきゃならないんだ」

「なぜって……剣客だからです」

「いや、それは分かるけど」


 そんなことをしたら、いつ正体がばれるか分かったものじゃない。それに、リディアが俺より強いという事実はおいておくとしても、天敵の護衛をするとか意味が分からない。


「アルト様。私は働き口を探しているというアルト様に、最大の働き口を用意したつもりです。それなのにお嬢様の護衛を嫌がるのは、なにか理由があるのですか?」


 自分の迂闊さに息を呑んだ。側にいたら正体がばれるかもしれないから――なんて、そんな墓穴を掘るような発現は絶対にできない。ここで出来るのは前向きな反応だけだ。


「い、いや。お嬢様の側に俺みたいな礼儀知らずがいてもいいか、心配になっただけだ」

「そういうことならご安心を」


 エリスが胸のまえでポンと手を合わせる。


「無作法でも気にしないってことか?」

「いえ、礼儀作法の教師を用意すると言うことです」

「……厳しいな」

「お仕事なんてそんなものでしょう?」

「たしかに、な」


 仕方ない。これ以上疑われないためにも、しばらくは従うとしよう。という訳で、俺はエリスに渡された服に着替え、リディアが待っているという中庭へと足を運んだ。

 そして――


「な、なんでアルト様を連れてきたのよ!?」


 中庭の一角に設置されたテーブル席。優雅に紅茶を嗜んでいたリディアだったが、俺の姿を見るなりエリスに食ってかかった。


「エリザベス様のご命令で、アルト様には、リディアお嬢様の護衛をしていただくことになりました。本日はその顔合わせです」

「はぁ!? ア、アルト様が私の護衛!? 意味分かんないんだけど!?」


 リディアが素っ頓狂な声を上げた。でもその気持ちはよぉく分かる。俺もさっき、なんで自分の天敵の護衛なんてしなくちゃいけないんだ! って、慌てたばかりだからな。

 ……って、あれ? リディアの正体を知っている俺はともかく、どうしてリディアも慌ててるんだ? と俺が疑問に思ったそのとき、エリスが不思議そうに口を開いた。


「リディアお嬢様、なにをそんなに慌てていらっしゃるのですか?」

「なぜって……その――っ。きゅ、急だったからびっくりしただけよ!」

「なるほど。では、驚いただけで、問題はない、ということですね?」

「え、ええ、もちろんよ」


 リディアは笑顔で頷いた……けど、口元が引き攣ってるように見えるのは気のせい、か? なんてことを考えていたら、彼女が独り言を紡ぐ。



 声はほとんど拾えなかった。でも口の動きから『確認が必要』と言ったようだ。自然と零れたことから、おそらく彼女の本音の部分だろう。

 でも、確認ってまさか、俺が魔王の後継者かどうかを確認する、ってことか? そんな風に緊張する俺に対し、リディアは「よかったら一緒にお茶をしましょう」とぎこちなく笑った。


「アルト様の分も用意を」

「かしこまりました」


 側にいたメイドが手際よくお茶の用意を始める。


「さぁアルト様。その席へどうぞ」

「……では、お言葉に甘えて」


 ここで逃げたら、やましいことがあると白状するも同然だ。

 覚悟を決めた俺は向かいの席に座った。ほどなく、俺の前にソーサーが置かれ、その上に紅茶の入ったカップが置かれる。

 これ……毒とか入ってないよな? ちょっと不安になるけど、ここで飲まないと疑われる。俺には耐性があるし――と、覚悟を決めた俺は紅茶を口にした。


「……美味しい」

「この地で採れるファーストフラッシュの茶葉で、私のお気に入りなんです。アルト様にも気に入っていただけたようでなによりです」


 リディアがふわりと微笑んだ。

 彼女がこんな風に自然な笑みを浮かべるのを見るのは初めてかもしれない。自分の好みの顔を作ったから当然なんだけど、正直……可愛いと思う。

 なんてことを考えていると、リディアは不意に頭を下げた。


「あらためて、昨日は助けてくださってありがとうございます」

「いや、その……どういたしまして」


 リディアは俺の正体を知らないとはいえ、天敵にお礼を言われるのは複雑な心境だ。


「ところで、アルト様にお尋ねしたいことが――と、すみません」


 なにか言おうとしたリディアが言葉を呑み込んだ。そうして視線を向けるのは俺の斜め後方。振り返ると、見覚えのある騎士が歩いてくるところだった。

 エリザベスさんが連れていた騎士だ。


「ゼルカ、わたくしになにかご用ですか?」

「いえ、実はアルト殿に話があるのです。少々お時間をいただいてもよろしいでしょうか」

「アルト様に? ここで済む話ならどうぞ」

「恐れ入ります」


 彼はそう言って俺に視線を向ける。


「名乗るのが遅くなったな。俺はホーリーローズ伯爵家に仕える騎士、その隊長を務めるゼルカだ。あのときは助かったぞ、アルト殿」


 口調をがらりと変えて話しかけてくる。


「それで、ゼルカさんが俺になんの用だ?」

「実は、アルト殿のステータスを鑑定させて欲しいんだ」

「……なんだと?」


 鑑定を受けることを了承する。それはつまり、鑑定に抵抗しないと言うことであり、魔王の後継者であるというプロフィールを明かすことだ。

 そんなの、ダメに決まってるじゃないか。

 でも、断ればやましいことがあると白状するも同然だ。

 どうする、どうすればいい?

 予想外の伏兵から放たれた必殺の一撃を前に、俺はゴクリと喉を鳴らした。


 

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