第52話 聖槍召喚


「フフ、作戦の時間は終わりかな?」


 改めて対峙したドライドが、リドたちの頭上から声を投げてくる。

 その声には余裕があり、ドライドはこれから実験を行うねずみを見下ろすかのように悠々と構えていた。


 対するリドはアロンの杖を握り直し、まだ残っている石柱の裏に回ろうとする。ドライドからは死角になる位置だ。


「愚かな。それで私を撹乱かくらんできるとでも?」


 ドライドはリドの姿を遮った石柱に向けて拳を突き出した。

 石柱もろとも吹き飛ばせば問題ないという、酷く単純な思考から導き出された攻撃手段だ。


「むっ……」


 しかしドライドの攻撃は空を切る。

 というよりも、石柱のその奥にリドはいなかった。


「今だ、相棒!」


 ドライドの放った凄まじい威力の攻撃により散乱する石の瓦礫。そのつぶてをシルキーの張った防御結界でしのぎながら、リドはソロモンの絨毯に乗って宙へと逃れていた。


「いけっ――!」


 ただ逃れただけではない。

 リドは宙に浮く絨毯の上でアロンの杖を振りかざし、先程よりも近距離から光弾を射出する。


「その攻撃は通用しないと――むっ」


 リドが光弾を放ったのはドライドに向けてではなかった。

 アロンの杖から放たれた光の弾は、ドライドの頭上。すなわち地下神殿の石造りの天井に命中する。


「……っ。小癪な」


 今度はドライドが崩れてきた石の瓦礫に襲われる番だった。

 ドライドは鬱陶しいはえを潰すかのごとく、巨大な腕で瓦礫を振り払おうとする。


「その程度で私を倒せると思ったら大間違いだよ」

「はい。これで倒そうなんて思ってません」

「なっ――」


 破壊された瓦礫に紛れて、リドがドライドの至近距離まで接近していた。

 それだけではない。


 リドの手にはアロンの杖に替えて、巨大な槌が握られている。


雷槌らいつい・ミョルニル――。神器解放……!」


 リドは唱え、手にしていた大槌を全力で振り下ろす。


 途端、辺りを揺るがす程の雷鳴が轟き、ドライドが防御すべく構えた両腕りょうわんを大槌の底が捉える。


「ドライド様っ!」

「他を気にしている余裕なんてありませんわよっ!」

「くっ……!」


 地上ではエレナとユーリアの攻防が繰り広げられていた。

 攻撃のあまりの凄まじさにユーリアが反応し、その隙を狙ってエレナが剣を振るう。


 体勢の崩れたところを捕捉しようとミリィが《茨の束縛ソーンバインド》で狙うが、一瞬早くユーリアは攻撃の範囲外へと逃れた。


 その間にドライドの周囲を覆っていた土煙が晴れ、その姿があらわになる。

 が――。


「フフ……。危ないところだった。あと少し反応が遅れていたらかすり傷くらいは負っていたかもしれないね」


 ドライドは平然とした態度でそこにいた。


 リドが持つ神器の中で特に高い物理的破壊力を持つミョルニルでも、致命傷はおろか、目立ったダメージを与えられていないようだ。


「あの野郎。どんだけ硬いんだよ。防御結界でも張ってやがるのか?」

「……シルキーの言う通りかもしれない」

「え?」

「攻撃する瞬間、ドライド枢機卿が何か結界のようなものに覆われているのを見たんだ。まるで、攻撃そのものを無かったことにされているようだった」


 ドライドがリドの言葉に反応し、不敵に笑う。

 刹那の出来事の最中で気付いたリドを称賛するかのような振る舞いだったが、それだけドライドが自身の優位を確信している証左でもあった。


「しかし相棒、防御結界だったらミョルニルで打ち破れるはずだろ? あのクソ辺境伯の時みたいに」

「うん。でも、ドライド枢機卿が張っていたのは普通の防御結界じゃなかった」

「普通の防御結界じゃない?」

「色が違ったんだ。普通の結界は緑色だけど、さっきのは黒かった。たぶん、ドライド枢機卿のスキル能力なんだと思う」

「マジかよ……」


 リドが地上に降りて召喚を解除すると、手にしていたミョルニルは消失する。

 その様子を見てドライドは浮かべていた笑みをより一層深くした。


「フフ、ご名答。【魔の堅牢カオスプリズン】――。それが私のスキルさ。この結界は通常の防御結界の比じゃないからね。突破するのは無理だと思った方がいいよ」


 ドライドが大仰に手を広げて言い放ち、シルキーが鼻を鳴らす。


「なるほどな。奴が妙に余裕ぶった態度を続けられるのもあのスキルが理由ってわけか」

「でも、生半可な攻撃じゃ崩せないのは確かだろうね。ミョルニルの一撃でも無理だったとなると……」

「もう打つ手無しかな? それなら、そろそろ幕引きといこうか」


 言って、ドライドが地響きを立てながらリドに近づいてきた。


 確かにこのまま戦闘を続ければ、いずれはドライドの猛攻がリドを捉えるだろう。

 そう、思われた――。


「シルキー、お願いがあるんだけど」

「ん?」

「僕が別の神器を喚び出す間、全力で防御結界を張っていてほしいんだ」


 シルキーがぴんと耳を立てる。

 リドの言葉は落ち着いていて、この窮地に直面した者のそれとは思えなかった。


「もしかして……アレを使うのか、相棒? しかし、アレは召喚するにも時間がかかるだろう? その間ドライドの奴が大人しく待っててくれるとは思えないぞ」

「うん。だからシルキーが防御結界を張っててくれれば平気かなって」

「はぁ……。お前のそういう大胆無敵なところ、嫌いじゃないけどな」

「ふふ、ありがとうシルキー。信頼してるよ。あと、大胆無敵じゃなくて大胆不敵ね」


 シルキーはこの作戦が失敗するとは微塵も思っていなさそうな主人に溜息をつき、しかしその後でニヤリと笑ってみせる。


「覚悟は決まったかい? 君らを葬ったら、あちらで戦っている少女たちも仲良く捻り潰してくれるよ」


 ドライドは無防備に立つリドに向けて、巨腕を振り下ろした。

 生身で喰らえば、即座に肉塊と化すであろう。そう思わせる程の威力。


 しかしその攻撃はリドに届かず、緑色の結界によって阻まれた。


「むっ……」

「へへっ。悪いがお前みたいな奴にやらせねえよ。コイツは吾輩の相棒だからな」

「おのれ、悪あがきを……」


 シルキーが張った何層もの防御結界に苛立ち、ドライドは続けざまに拳を振り下ろす。

 その最中、リドは目を閉じてひたすらに何かを念じていた。


「何を企んでいるか知らないが、その防御結界も長くは持たないだろう? そうらっ!」

「くっ……。相棒、早くしてくれると助かるぞ……」


 シルキーの防御結界は見事なまでにドライドの攻撃を阻んでいたが、徐々に押されつつあった。

 何層も重ねられていた結界も、ドライドが拳を振るう毎に数を減らしていく。


「リドさんっ!」

「馬鹿めが、行かせるものかっ!」


 ミリィがリドの方へと駆け寄ろうとするが、ユーリアによって阻まれる。

 ユーリアはエレナと交戦しつつも、遠距離から短剣を投擲することでミリィの動きを制限していた。


「ククク、結局は黒水晶を取り込んだドライド様の敵ではなかったようだな! 貴様らもあの世へ送ってくれる!」


 勝ち誇った声を上げるユーリア。

 その視線の先では、シルキーの張った最後の防御結界をドライドが破壊するところだった。


「さて、これで終わりだ。私も聖職者だからね。せめて楽に逝かせてあげるとしよう」


 ドライドが言って、高く拳を振り上げる。

 その時だった。


「ふっふ、そいつはどうかな? 根比べは吾輩の勝ちのようだぜ」

「何……?」


 シルキーが笑みを浮かべ、リドが閉じていた目を開く。


 まず現れたのは、リドの周囲を取り巻く光の奔流ほんりゅうだった。

 それは炎のように揺らめき立ち、リドが突き出した右手に集約されていく。


 光の粒子は一本の長い棒形に姿を変えると、誰の目にもその形状が明らかになる。


「こ、これは……」


 それは、神々しく輝く光の槍だった。


 リドは握った槍の感触を確かめるように回転させ、両の手で握り直す。


 その直後――。


「は? ば、馬鹿な! 私の腕が――!?」


 悲鳴を上げたドライドの片腕、その手首から先が吹き飛んでいた。

 ドライドは驚愕の表情を浮かべ、斬り落とされた腕と光の槍を持つリドとを交互に見やる。


 一方でリドはドライドを静かに見据え、そして呟いた。


「《聖槍せいそう・ロンギヌス》、召喚――」


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