第6話    朱音と葵

 目の前で、妹が苦しんでいる。

 朱音は、目の前で苦しむ妹を前に動くことが出来ないでいた。

 それは朱音が、まだ中学生だったからかもしれないし、どう対処していいのか分からなかったのもあるだろう。

 それ以上に、妹が苦しんでいる原因が自分にあったからかもしれない。

 確かに、妹は苦しみ始める前に「やめて、お姉ちゃん!」と何度も言っていた。

 朱音は、ただ妹と遊んでいただけだった。

 そう遊んでいただけ。

 気付いた時には、救急車が来て、妹は病院に運ばれて行った。


 

 この日、朱音は、久しぶりに休日らしい休日を過ごしていた。最近は、オーナーと店長に連れられて勉強会や講習会で休日が潰れていた。

 まぁ、自分のためになるのだから、いいのだけど。

 公開前から観たいと思っていた映画を観て、カフェでゆっくりランチを食べてショッピングをする。気づけば、陽は沈みかけていた。


 そろそろ帰ろうかと思っていると、遠くに見えるカフェに入ろうとする真人が見えた。

 真人は、私の元彼だ。

 最後に会ったのは、葵と真人の兄である誠二さんが一緒に住むことになったときだろうか。

 そういえば、誠二さんの勤める会社が、この近くだったことを思い出した。誠二さんに会いに来たんだろうか。


 真人の兄、誠二さん。

 妹の葵が好きになった人。

 そして、葵を助けてくれた人。


 誠二さんには感謝している。

 今、葵が生きているのは誠二さんのおかげだ。

 それなのに、なぜか誠二さんに対して、私は素直に感謝出来ないでいる。

 理由は分かっていた。出来れば、自分が葵を助けたかった。そして、現在進行形で葵と暮らし、葵を独占し、葵を支えていることが、私を誠二さんに対して素直にさせないでいた。

 

 少しだけ、真人の入って行ったカフェを覗いてみることにした。

 そこには、付き合っていた頃と変わらない、優しい雰囲気を纏った真人がいた。

 葵曰く、真人は相変わらず、葵に対して妹のように接してくれているという。

 葵は、真人にとても懐いていた。真人が本当のお兄ちゃんならいいのにと何度も言っていた。

 だから、私が真人からのプロポーズを断ったとき、葵に多少なりと怒られるだろうなと予想していた。

 まぁ現実は、怒られるどころではなかったけれど。


 少しだけ昔のことを思い出していると、自分がいる道とは反対側に誠二さんの姿が見えた。このまま出くわすのが、なぜか気まずく思え、逃げるように、その場を後にした。


 家路につくために電車に乗り込んだ。電車に揺られながら、昔のことが脳裏をよぎる。


 私は、ずっと妹が欲しかった。母に妹が欲しいと何度も言った。

 母も、もう一人娘が欲しいと言っていた。

 私が五歳と七歳の時に、母は妊娠したが、流産し産まれてくることはなかった。

 後から、母から聞いて分かったが、私が三歳くらいの時にも流産したらしい。

 そんな中、私が十歳の時に葵が産まれた。

 待ちに待った妹。


 母は、安定期に入ってから、私に妹か弟ができることを話してくれた。

 私は嬉しくて嬉しくて、母から話を聞いてから毎日、母のお腹にいる未来の妹に話しかけた。

 母も私も、お腹にいる子は女の子だと、なぜか信じて疑わなかった。


 葵が産まれた日を、今でも覚えている。

 葵は、予定より早く産まれてきた。早朝に母は陣痛が起こり、分娩室に入る頃には産まれていた。

 分娩室に入り、これからだ!!と、力もうとした母に、助産師さんが掛けた言葉は

「元気な女の子ですよ」だった。

 当人である母ですら、葵が産まれたことに気づかないほどの安産だった。

 おかげで、誰も葵の出産に間に合わなかった。


 私は夏休み中で、朝のラジオ体操から帰ってくると、ちょうど病院からの電話に出ていた父から、妹が産まれたことを聞かされた。

 出産に立ち会い、一秒でも早く妹に会いたかった私は、妹が無事産まれた喜びと出産に立ち会えなかったというショックで大号泣した。

 父の運転する車で病院に向かうなか、ずっと泣き続けていた。病院につき妹を見るまで、私は泣き続けた。

 病院に着き、ガラス越しに妹を見させてもらった。


 私、お姉ちゃんになったんだ、、、


 その日から、私は妹に、葵に会うために片道一時間かけて、暑い日差しの中、自転車を漕いで病院に通った。

 一秒でも早く葵に会いたくて、ラジオ体操から帰ってきた足で、そのまま病院に向かっていた。その行動は、さすがに父と母に呆れられた。

 母には、父と来れる日に来ればいいと言われた。

 そうは言われても、父の仕事のことを考えたら、そんなのは無理だ。

 葵に会うためなら、どんなに暑くても、往復二時間かかっても、苦にならなかった。


 思い出すだけでも、本当に姉バカだと思う。

 それは、今も変わらないけれど、、、。いや、変わるのか。

 今の私には、罪悪感と自責の念が混ざっている。

 思わず自嘲的な顔になる。その顔が、向かい側に誰も座っていないために、電車の窓に映っていた。


 ひどい顔だな


 ちょうど最寄駅に着き、電車を降りる。なぜか今日買った荷物が、電車に乗る前より重くなっているように感じた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 妹が産まれる瞬間に立ち会えず、大号泣し、父親が止めるのも聞かずに自転車で片道一時間の病院に直行。その日から、往復二時間かけて妹に会うため病院に通った姉とは、私の姉のことです( ✌︎'ω')✌︎


 

 


 



 

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る