17. 力の使い方(2)


あつっ!」


 左手の手首から肘下が燃えるように熱い。

 その代わりにニゲルに刺さっていた矢も剣も消え失せた。傷もみるみるうちに塞がって、最初から怪我なんかなかったみたいにきれいになる。


 ゆっくり目を開けたニゲルが、わずかに呆然としてから人型に姿を変えて起き上がった。


「これは……ステラ、君が禁書に何か願ったのか!?」


 怖い顔をした彼の手がわたしの肩を強くつかむ。

 痛いのに嬉しくて、震えた喉がヒュッと鳴った。


 視界がにじんでよく見えない。

 説明しようと思うのに、わたしの口からは「うー」といううなり声みたいな音しか出せなかった。


 夢じゃない?

 夢じゃないよね?

 ニゲルが無事で、目の前にいるのは現実だよね?


 涙が止まらずしゃくりあげたわたしを、ニゲルは強く抱きしめてくれた。

 彼のにおいがする。あたたかい。強い力がわたしの肩を包んでいる。


「すまない、ステラ……っ」


 ニゲルの言葉に否定で返そうとしたけれど、やっぱりうなり声しか出てこなかったから、目を強く閉じて首を何度も横に振った。


「あんた、その手どうしたの」


 プルウィアがわたしの左手に触れる。ニゲルも体を離してわたしの手を見下ろした。

 右の袖で涙を拭いてから、わたしも左手に目を向ける。

 手の甲の黄色いウロコは袖の下まで伸びていた。

 プルウィアがわたしの袖をまくると、黄色のウロコは肘の下まで広がっている。


「何だこれは」

あたしたちのウロコみたいね……?」


 聞かれたってわたしにもわからない。

 でも禁書を放り投げたときに熱を感じたのは左手の甲。その直後は鱗は手の甲にしかなかったと思う。

 ニゲルの傷を消したときには手首から肘下までが熱くて、今こうなっているのだから、つまりがわたしの呪いなんだろう。

 眉を寄せてわたしの左手を見下ろしていたニゲルが、首を小さく横に振ってからプルウィアに顔を向けた。


「屋敷に戻ってからゆっくり話そう。プルウィア、屋敷の皆は無事か?」

「ええ、無事よ」


 プルウィアが胸の前で手を強く握る。


「屋敷に侵入しようとしていた奴らは追い出したし、結界は張り直したわ。誰も怪我してない」

「そうか。君が皆を守ってくれたんだな。ありがとう」


 ほっとしたようにニゲルが表情をゆるめたけれど、プルウィアはうつむいて首を横に振った。


「さっさと三人を空に逃がして、屋敷なんか人間の好きにさせればよかった。そうしたら、もっと早く駆けつけられたのに」

「気にするな」

「でも」

「屋敷の皆を守ってくれと頼んだのは俺だよ」


 優しい声でそう言って、ニゲルがプルウィアの肩に手を乗せる。でもプルウィアは顔を上げずに黙ったまま。

 かける言葉に迷ってニゲルを見上げたら、彼は苦笑を返してきた。


「さて、あとはここにいる者たちをどうするかだな」


 ニゲルの言葉につられて周囲を見回すと、まだ倒れている黒服の人たちが目に入った。

 そのうち一人がわずかに動いたように見え、ついビクッと肩を跳ね上げる。一歩ニゲルに近づくと、彼はわたしの肩を優しく引き寄せた。

 プルウィアが両手を腰に当て、剣呑な視線を周囲に向ける。


「こんなの、まとめて森に捨てましょうよ」

「さすがにそれは乱暴じゃないか」

「どこが? 兄様あにさまを殺そうとした奴らにかける慈悲なんてないわ」


 困り顔になったニゲルがわたしを見る。


「ステラはどうしたい?」

「えっ、わたし……!?」


 目をしばたいてから、そろりと周囲に目を向けた。

 剣や弓矢に囲まれて怖かったし、ニゲルを傷つけた人たちだという怒りはある。

 でもだからって、森に捨てるのはどうなんだろう。

 さっきの女の人は自分たちのことを道具だと言った。それはつまり、この人たち自身に殺意があったわけではないということで。


「わたしは、できたら、家に帰してあげたいな」


 そう口にすると、プルウィアは眉をピクリと動かし、ニゲルは微笑してうなずいた。


「では、二対一の多数決ということで、できるだけ助けることにしよう。手当をして森に放つよ」


 ニゲルが手の平を上に向けると、そこに生まれた光の粒が神殿内の人間一人ひとりに伸びていって、彼らを浮き上がらせる。

 彼が魔法を使ったことにドキッとしたけれど、ニゲルは平気な顔をしていた。

 さっきは少しの魔法を使うだけで辛そうに見えたのに、何が違うんだろう。


「ねえニゲル、魔法を使っても大丈夫なの?」

「ああ、問題なさそうだ。魔力が戻ったからかな」

「どういうこと?」

「その話も屋敷に戻ってからにしよう。だがステラはまず、湯浴みをして温まったほうがいいかな」


 湯浴みと言われてようやく、自分の服が生乾きのままで、すごく寒いということを思い出した。


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