オトモレシンデレラ!

ふりすくん

草食いのシンデレラ

 1


「わ、わ……私のことどう思う……?」


 この台詞だけを切り取ったならば、彼女は僕のことが好きで、僕がこのあとなんと答えるか次第で恋人が出来ると勘違いされるだろう。


 だが勘違いと言ったように、残念ながら勘違いであり現実はそう甘くないし、僕の立場から言えばそんな甘いシチュエーションでは断じてない。


 放課後ではあるが、甘い放課後とは無縁。


 頬を染めてそんな台詞を言われたならまだしも、彼女の頬は染まっているどころか青ざめている。


 端的に言うなら『やっちまったあ!』って顔だ。


「どうって言われても」


 答えようがない。


 そもそも僕は彼女——百ヶ狩ひゃっかり音論ねろんと喋ったことはこれが初めてで、別段彼女のパーソナリティにもプロフィールにも詳しくないのだ。


 今わかることと言えば、長い後ろ髪とぱっつん前髪。しゃがんでいるけれど身長はそんなに高くないのはわかる。あと太ももがいい感じってくらいの外見的特徴しかわからない。


 つまり何も知らない彼女の『やっちまったあ!』を目撃して、先刻の問いかけである。


「えっと……お腹壊すよ?」


 彼女の『やっちまったあ!』とは、花壇に咲いている花——の花じゃない雑草(たぶん雑草)をパクリ、と。普通に口に含んで、食べた。


 食べた! 飲み込んだ! ごっくんした!


 見てしまったのだ。草食う瞬間を。花壇で。


 花壇の草食う瞬間を目撃してしまった僕が言えることなんて、なにがあるって言うんだ。逆に聞きたい。


「お腹は……大丈夫。食べられる草だから……平気」


「そっかなら安心だな」


 じゃねえ! じゃねえだろ僕!


 なぜ草を食った? 今着目すべき点はその一点のみ。


 だけどなんて聞けばいいんだよ、その質問。


 彼女は草を食べました、一体なぜでしょう——こんな問題、国語の授業でも習ったことはない。


「うん、お腹は安心……」


 ぐうぅぅ——と。彼女の腹が鳴る。


 ここでいよいよ彼女の顔が赤面した。


「え、腹減ったから草食ったの?」


「あうぅぅ……」


 デリカシーのない僕の質問に膝を抱えてしまった。


「あ、ごめん。違くて……そのえっと」


 なんだか申し訳なくなり、僕は肩に掛けていたカバンから、菓子パンを取り出し彼女に差し出した。


「これ、お昼に食わなかったやつ。あげる」


「い、いいの……?」


「いいよ。もう放課後で帰るだけだし」


「えっと……あ、ありがとう!」


 受け取った彼女はしゃがんだまま袋を開け、ソーセージパンにかぶりついた。


「美味しい……お肉食べたのいつ振りだろう」


「……………………」


 言葉が出ねえ。掛ける言葉が見つからねえ。


「ごちそうさまでした」


「悪い、それしか持ってなくて。足りないでしょ」


「ううん、すっごく満たされたよ……これからバイトなんだけれど、これでバイト先にたどり着けるよ」


「あの……財布落としたとか?」


「え、ううん違う違う。私、貧乏なんだ」


「でもバイトしてるんだろ?」


「明日が初任給なの」


 あ、そうか。高一の僕らがバイトを始めたとしても、給料日はまだで、明日がその日なのか。なるほど。


 いやいや。それよりもまず、草食うほど貧乏ってここ日本だぞ。日本が裕福ってわけでは決してないけれど、でもそこまで貧富の差があるのか?


 まああるんだろう。こうして目の前で見てしまった以上、フィクションとして片付けるのは無理だ。


 目の前イコールノンフィクションだ。


「えっと、柿町かきまち葉集はぐるくん、だよね、ありがとう」


「そうだけど、よく僕の名前を覚えてたな」


 入学前の春休みに両足骨折して、約ひと月入学が遅れた僕の名前を覚えてくれていたのは普通に嬉しい。


「同じクラスだもん。確か両足骨折だっけ? もう足は平気なの?」


「リハビリはまだやってるけど、骨折は完治したよ」


「良かったね! ご飯たくさん食べてリハビリも頑張って!」


「うん、ありがとう」


 お前こそご飯をしっかり食べて人生を頑張れ、とは言えなかった。僕が言っても彼女の人生に変化はないだろうし、そもそも既に頑張っている人間に対して、更に頑張れなんて言えるわけがない。


「あ、そろそろバイト行かないと!」


「そうか、なんのバイトしてるの?」


「小さいパン屋さんだよ。パンの耳食べ放題で、売れ残ったパン貰えるの!」


「じゃあ売れ残ると良いな」


「お店には悪いけど、私的にはそうなってくれるとありがたいよ。はあ、今日は食パン一斤いっきん売れ残ってくれないかなあ……えへへ」


 じゃあねごちそうさまでした——と。歩き出す彼女に僕も「また」と返した。


 僕も帰るために自転車を取りに駐輪場に向かい、そして帰宅するために漕ぎ出す。


 正門から出て少し自転車を漕ぐと、先に帰った彼女がふらふらしながら歩いていた。


「大丈夫か?」


 自転車を降りて話し掛けると、急に話し掛けたのでちょっとビクッとしたが、僕だと気づくとホッとしたような顔を見せた。


「大丈夫大丈夫!」


 そう言った彼女だったが、顔色的に大丈夫には見えない。


 栄養というより、絶望的にカロリーが足りていない。たぶん。


「バイト先近いの?」


「うん、三駅歩いてすぐだよ」


 それは遠いと思った。一駅先が自宅の僕が自転車だと言うのに、三駅先を徒歩で、しかもふらふら足どりで歩いて平気なのだろうか。


「自転車、乗る?」


「え? 二人乗りってやつ?」


「そうじゃなくて、バイト先まで自転車乗ってく、って意味。自転車貸すから」


「そ、そんな、わ、悪いよ……」


「僕は別に大丈夫。そっちのバイト先より家近いし」


「でも……」


「いいから乗ってくれ」


 そんなふらふらな女子を歩かせて倒れられたら寝覚めが悪い——って言ったらたぶん迷惑なんだろうな。


 自分のせいで——と。


 自分がふらふらだから僕に迷惑を掛けた——と。


 きっと彼女はそうやって考えてしまうタイプだろう。


 これでも人間観察には自信がある。人間観察とエロい言葉には自信がある(家庭環境により)。


 じゃあどうすれば彼女は僕から自転車を借りてくれるだろうか。


 そう考えたが答えが出ない。押しかけ親切になっても彼女は自分を責めてしまうかもしれない。


 なら考えを変えよう。彼女のためではなく、僕のため。


 僕のために自転車を借りて欲しいと思えるようなことを言えばいいんだ。


 だから僕は言った。


「僕は前々から女の子が乗った自転車に乗りたいと思っていたんだ。夢と言ってもいい。僕の夢は女の子が乗った自転車に乗ることなんだ、だから僕のために僕の自転車を借りてくれ」


 なにか間違ったかもしれないが気にしないでおこう。


 やばいやつと思われたかもしれないが、足どりがやばいやつを見捨てるやばいやつになるよりはマシだ。


「ふふっ……変態だっ」


 ウケた! やったーウケた!


 なんて思えるかよ。


「じゃあ、うん。変態くんの夢、叶えさせてもらおうかな……」


「あ、うん。ぜひ僕の夢を叶えてくれ」


 上手くいったのでびっくりだ。びっくりして変態くんと呼ばれたことをスルーしてしまったことで、変態を自ら受け入れて認めていると思われてしまっただろう。


 はい、と。自転車を渡す。


「あの……ありがとう。柿町くん」


「急がないとバイト遅れるぞ」


「うん、でも自転車あればすぐだから間に合うよ。あ、そうだこれ、明日返しに行くから住所教えて?」


「返すのは週明けでいいよ」


「ううん、だって自転車借りたままだと、柿町くんお休みにお出かけできないでしょ」


「でも出かける予定ないし」


「こういうのはすぐ返さないとダメなの。小さい頃からお母さんが口を酸っぱくして言ってたもん! 利息には気をつけなさいって!」


 お前のお母さん幼少期の子供になに教えてんだ。


「だから明日持ってくから住所教えて」


「急がなくても僕は利息なんて取らないぞ」


「甘い話と神様は存在しないとも言ってた!」


 だからお前のお母さんなに教えてんだ。


 これは素直に住所を教えた方が話が早そうだな——と。一呼吸置いて、わかったよと言おうとした。


「私が明日返せば、女の子が乗りたての自転車に乗れるよ?」


 いや、それでわかったよなんて言ったら引き返せない変態に認定されるだろ。崖っぷちの僕を突き落とそうとするなよ。


 だが、ここで頷かないと本当に彼女がバイトに遅刻してしまうかもしれない。


「わかったよ」


 仕方なく(本当に仕方なく)僕は住所を教えた。


「うん、じゃあ明日、午前中に持っていくね!」


 またね——と。


 そう言って彼女は自転車に乗って、バイトに向かった。


 その後ろ姿を見送り、僕は思った。


「リハビリのために歩きたいから、って言い訳にすれば良かったじゃないか……」


 過ぎたことを悔やんでも仕方ない。前向きに生きていこう。


「だが……」


 これで来週から僕はクラスで、女の子が乗った自転車に乗りたい欲望に真っ直ぐで歪んだ性癖の尻温もりフェチの男ってあだ名になるだろうけれど、僕は元気に生きていこう。


 両足骨折するよりかは痛くないさ、と。強がろう。

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