ごきげんよう四天王

 校庭グラウンド横を伸びる並木道の先、校舎の壁は色とりどりにスプレーアートで彩られている。

 なるほどこれが自由な校風、生徒の自主性を尊重するということか。


「藍崎アイノ、今日からお世話になります」


 言葉に出さず会釈して、背筋をのばし颯爽と、緑の並木道をく。

 青空の下、高めにった白金色 プラチナ のポニーテールなびかせて。


 並木道はちょっと、いやだいぶ汚れていた。

 散乱する空缶あきかん、包装紙。

 タバコの吸い殻らしきものは、さすがに見間違いだろうけど。


 よし。誰かがつまずいたら危ないし、後ほどお掃除しに来よう。

 そう思いつつ、とりあえず目の前の空缶を拾い上げようとしたとき。


「──よく来たね」


 並木の影からわらわらと、道の前後をふさぐのは、セーラー服を着くずした見るからに不良ヤンキーな集団だった。

 ちなみに私の制服は手違いで間に合わず、今日は前の学校指定のブラウスに青のチェックのプリーツスカート。

 とてつもなく浮いてる。


「本当に一人で乗り込んで来るとは、五百鬼 ウチら もナメられたもんだ」


 中でもとびきりの威圧感 オーラ と真紅の特攻服を羽織った長身美人が、進み出てドスの利いた声を響かせる。

 彼女は燃えるような紅い短髪ベリーショートを逆立て、怒りの形相で私をにらみつけていた。


 自由な校風なのではヤンチャな生徒もいる。

 それは先日、先代理事長から電話で聞いていた。

 けれど彼女らにも矜持プライドがあるから、堅気ふつうの生徒に手は出さない、とも。


『──だから、がんばって。あなたには、とてもしているの』


 先代理事長は、なぜか楽しげにそう言っていた。


 矜持プライド? 暴力を振るって他人を困らす不良かれらのことは正直、理解できない。

 人助け第一の私と、あまりに真逆の存在だもの。


 そんな不良かれらは、値踏みするようにじろじろ眺め回してくる。

 ごくり、固唾つばを飲む私。

 やがて、紅い特攻服の斜め後ろに付き従う小柄な女生徒が、よく通る声で口火を切った。

 

「っていうか手足、なっが! ほっそ! 肌、白っ! ほんとにこいつが例のヤツ? 鬼みたいな顔じゃないの?」

「いやたしかに鬼のように美少女 マブい ……あれだろ、ブイチューバーとかインフルエンザってやつ……」

「実在すんだな……ああいうの、みんなCGだと思ってた……」

「マジそれな……」


 他の不良ヤンキーたちも口々に追従する。 

 なんだか、もはや突っ込みきれないほど誤解がまき散らされている……。


「あの蒼い、吸い込まれそう……いったいどこのカラコンなんだ……」

「それにおそろしく気合の入った金髪!」

「ああ、根元までがっつり染まって、地毛にしか見えねー……しかもウチらのと違ってキラキラしてる……どんだけ脱色したらああなるんだ……」


 だからこれ髪色それはサウナとムーミン譲りの天然モノで……いやムーミンから譲られたわけじゃなくて……!


「つーか、この状況でぜんぜんビビってねえし、ウチの番長アタマにまっすぐガン付けてやがる。ハンパねえな」


 たしかに、この状況に恐怖感はない。

 前世ゆめ不死者アンデッドの大群に包囲されたときと比べれば、かわいいものだ。


 ただ、こんなに知らない人達に囲まれると人見知りのほうが発動してしまう。

 すると顔がこわばって目つきが悪くなる。

 それで口ごもってしまうから、「ふてぶてしいヤツ」とか誤解される。


 まずは、きのう見た動画のネコチャンを思い出して、スマイルスマイル。


「ヒッ……笑いやがった……こんな人数に囲まれてるのに……!」

「くそオッ、このくらい余裕だってのかよッ!」


 ざわめきが、さざ波のように拡がっていく。

 その他大勢の不良ヤンキーたちは、すっかり浮き足立って見えた。

 このまま通してもらえたりはしないだろうか。


「──落ち着け、お前ら」


 けれど特攻服の静かな一声で、さざ波はぴたり止まる。


「あたしが五百鬼 ここ 番長アタマ伊吹いぶきってモンだ」

「県内最強と名高き五百鬼いおき軍団の第十二代総番長、『炎獄鬼神 イフリート 』こと伊吹いぶき いと──お名前はあいの一文字でいとしいの読みだ! おぼえておきな!」


 例の小柄な女生徒が、斜め後ろから食い気味で補足を入れて来る。

 それが彼女の役割なのだろう。まるで声優さんのような、透んだ美声がよく通る。


千鳥ちどり!──名前の漢字まで解説しなくていい」

「す、すんません、素敵なお名前でつい……」


 たしなめられた彼女──千鳥は、露骨にしゅんとして頭を下げた。

 頭のてっぺんのお団子が見えて、なんだか微笑ましい光景にすこし和む。

 おかげで思考も回り始める。


「おい、いいかげん何とか言ったらどうだ──」


 そうだ、今こそ誤解を晴らす好機チャンス

 大丈夫、順番に正直に話せばきっとわかりあえるはず。


「──なあオイ! 悪姫連合総長、悪姫あっきラセツさんよォ!」


 はい!? 何の何の誰だって!?

 耳にねじ込まれたパワーワードを処理できず、私は思考停止 フリーズ していた。


「……チッ、話す価値もないってか。わかった、もういい」


 そして好機チャンスは、回転寿司のお皿のように、無情に目の前を通り過ぎてゆく。


「行け、四天王! 五百鬼 ウチら を舐めたこと、後悔させてやれ!」

「はいよ」「おう!」「マカセロ」「……うん……」


 四者四様の返答と共に前後から進み出たのは、伊吹に劣らぬ威圧感 オーラ をまとった不良ヤンキーの皆さん。

 と言っても、後ろの二人を振り向いて確認する余裕はないけれど。

 ちなみに前方左手から聞こえた電子音声風「マカセロ」の人は、銀髪に180ありそうな長身ですごくロボそれっぽい。

 などと思う間に逆側、右手の細身の女生徒が動いた。


「行け! 四天王最速、『電光石火 ライトニング 』早川ひかり!」


 千鳥の解説を背に、早川は前傾姿勢で一瞬に間合いを詰めてくる。

 戸惑いの中わずかに動いた私の靴先が、コツンと、さきほど拾おうとした空缶に当たった。


「あっ……!」


 空缶がコロコロ転がった先にちょうど、早川が電光の疾さで踏み出していて──


 ベギャッ!


 耳慣れないその音は、つまずいて前のめりに転んだ彼女の顔面が、私の膝に吸い込まれるように激突した音だった。


 ──たいへん!


 足元にずり落ちた彼女に、しゃがみ込んでハンカチを差し出す。

 私の膝の方は大した衝撃じゃなかったけど、彼女は両鼻から盛大に出血していて、意識も朦朧としているようだ。


 と、そのとき。

 しゃがんだ私の頭上すれすれを、後方から大きな物体なにかがかすめ飛び越えてゆく。

 巻き起こった風が、ポニテを揺らした。


「なにィ! 命中率200%を誇る『飛翔魔弾 トマホーク 小野田 おのだ  巡美めぐみ死角ステルス弾頭ヘッドを、ノールックで回避かわしただとッ!?」


 千鳥の解説からなんとなく状況を察しつつ、うめき声をあげる早川の顔面にそっと手を重ねたのと同時に。


 ボゴッゴギッ!


「あっ『鋼鉄山脈アイアングレート安堂あんどう 嶺華れいか! そんな、みんなをかばって……!」


 激突音と千鳥の声が響き、続けてドササッと大きなものが地面に落ちる音。

 視線を上げるとロボのひと──『鋼鉄山脈アイアングレート』安堂と、それから『飛翔魔弾 トマホーク 』小野田であろう二人が、折り重なって倒れていた。


 私が偶然・・しゃがんだことで空振った小野田の死角弾頭すごいずつきを、安堂は背後の不良ヤンキーの皆さんをかばって受け止めたのだろう。

 そしてお互い、当たりどころが悪かったようだ。


「四天王の三人を瞬殺……これが最凶最悪と名高い悪姫ラセツの実力ちからか……」


 美声を震わす千鳥の傍ら、番長の伊吹は腕を組んでこちらをにらんでいる。


 この偶然も、聖女さまの言うところの「加護」なのだろうか。

 私に特定の信仰かみさまはないけど、とりあえずお空の方角に感謝の気持ちを送っておこう。


「まだだ! まだ四天王最強の『血餓妖刀 ムラマサ 』が──」


 そこで千鳥のすがるような声と同時に背後から、腐ったお弁当どころじゃない「すごく嫌な感じ」を覚える。

 しゃがんだまま振り向くと、そこに立つのは不良ヤンキーならぬ清楚なたたずまいの黒髪少女。


「──有村ありむら 真音まさねちゃんがいる!」

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