第13話

 side犬上優子


 喫茶店から出て少し。空を見上げると、暮れたばかりの空には一等星が煌めいていた。


 肌を撫でる夜風、春から夏へ変わる間のやや冷たい空気が心地いい。


 車のランプや街灯が、宝石みたいに輝いて見える。


 気分は爽快で、帰路を辿る足取りが軽い。


 桜路がセットしてくれた、中学の友人との席。


 私は皆にありがとうとごめんねを告げ、これからも仲良くしてください、と伝えた。それを友人たちは受け入れてくれた。


 それから気兼ねなく遊んだ。久しぶりの友達との会話は楽しかった。楽しくて楽しくて涙が出て、笑われて、私も笑った。


 どうしようもないほど温かな時間。友人たちは長引かせようと、食事に誘ってくれた。


 嬉しかった。だけど断った。一刻も早く、彼女に会いたかったから。


 ストーカーから助けてくれた彼女が好き。もう一度親しく接する勇気をくれた彼女が好き。


 もはや否定することはできない。


 彼女は女の子。だから女の子が好き。


 恋愛的な意味で女の子が好きになった。


 女の子と恋愛なんて考えられなかったのに、もはや女の子としか恋愛したくないとまで思える。


 でも、その、あの、そのぅ、え、えっちなことはどうすればいいのだろう。


 ……調べてみないと。


 立ち止まり、スマホを取り出して操作する。


 ……ひゃ!? こ、こんなことするの!?


 う、で、でも、こすれて気持ちいいかも……。い、いや、う、うぅ恥ずかしい……。


 だけど、同じ部屋だし、き、きっとこういうこともあるよね?


 ちゃ、ちゃんと勉強しておかないと。


 寮に帰り、自分の部屋に入る。


「おかえり、優子」


 調べ物で変な気分になったせいで、桜路の出迎えの声に耳が蕩けそうになる。それに、桜路は脚を組んで机に座っていて、スカートから伸びる生足が艶かしく見えて仕方ない。


「優子?」


「う、うん。ただいま」


 顔を見ると、照れて何も言えなくなりそうで、頷きながら答えた。


「じゃ、早速だけど、優子。全部話すって言ったよね?」


 そういえば、そんな話だった。私も桜路に聞きたいことは沢山ある。


「うん、聞かせて」


「そうだね、まず私がどうして優子がストーカーの被害に悩まされてるかに気づいたか、それについて語ろうか」


 そう言って、桜路は続けた。


「最初に疑念を抱いたのは、クラスメイトに不良として思われてるってこと。誤解のきっかけの傷は、猫につけられた傷かなって思ったけれど、噛み跡を見て違うと知った」


「なら、どこでついた傷か。全寮制の閉鎖的な学園内でついた喧嘩と間違う傷なら、理由は誰かは知っている。だけど誰も知らなかったところから、学外でついた傷だと思った」


「それで学外での行動について尋ねると、優子が1人で学外に出ていたのは一年生の少しだけと聞いた。さらにある日を境に実家の送り迎えのみで外出するようになったとも聞けば、何か危ないことがあって学外に1人で拒むようになったとみるべき。そしてその何かと喧嘩傷を関連づけるのは容易だった」


「じゃあ、何があってその傷がついたか。優子には背後に異様に気を張る特徴があること、優子はする必要のない外部進学をしているということ、近寄ってくるのが嫌ではないくせに刺々しく周りを遠ざけようとすること。そこから仮説を立てた」


「背後に気を張るのはストーカーに悩まされているから。外部進学はストーカーが同じ中学にいたから。遠ざけているのは、巻き込まないよう、同じ失敗を繰り返さぬようにしているから、という仮説だよ」


 桜路が、どう? と尋ねてきたので、私は頷いた。


 その通りだった。


 桜路はすごい。可愛いだけじゃなく格好良いなんて。よけいに恋に落ちていく感覚を味わう。


「で、そう思った私は、金曜日に優子と同じ中学だった子とsnsで接触、確認。事実その通りだったから、土曜日に仕掛けた」


「仕掛けた?」


「うん、優子の友達に会って、優子と再び遊ぶことと、場所をsnsで呟いてもらうことを頼んだんだ」


 ……なんだか、変な展開になってきている気がする。


「もちろんそれは、ストーカーを釣り出すための罠。寮の外へ出る優子を張っていたくらいだ、優子の友達のsnsなんか監視しているに決まっている。優子の情報を知ったストーカーが、集合場所付近で優子を探すように罠にかけた」


「で、優子に持たせたGPSつきの防犯ブザーで監視していた俺は、つり出されたストーカーが優子を襲うところを撮影し、優子を助けた」


 どうして、あのとき桜路がいたかはわかった。


 何でそんなことをしたかも気になるが……俺?


「まあそういうことで、優子をストーカーから助けることには成功。それで友達と遊んでもらって、また人と親しく接することができるようにならせるのも成功」


 そして、と続けた。


「優子が俺のことを好きになり、女の子を好きにさせることに成功した」


 ……どういうことかわからない。


 いや、わかる。桜路のことを好きになるよう、今日のこと……いや今までのこと全て仕組まれていたとは理解する。


 え、でも、何で? どういうこと?


「で、本題。どうして俺が優子を惚れさせたか。それはこの学校にいる妹を振った女子を百合に落とすため」


「え、どういう?」


「俺の世界一可愛い妹がこの学校の女子にフられたんだ。女の子は恋愛対象外って理由でだよ。なら、妹のために想い人を百合に落とすのがお兄ちゃんの仕事じゃないか」


 だろ? と問うてくるが、言ってることも何も全く理解できない。


「そういうわけで、俺はターゲットを百合に落とす必要がある。だが、百合に落とした経験なんてない。だから経験を積むため、練習台として優子を選び、そして今に至る」


「……は?」


「うん? これで全てだよ。わからないところでもあった?」


「冗談だよね?」


「冗談じゃないけど?」


 きょとんとする顔はあまりに可愛らしく、綺麗で、魅力的で……何よりも憎らしい。


 いや、こんなに可愛い男がいてたまるか。それに話がバカげていすぎ。きっと冗談。


「そんな冗談、人が悪いよ、桜路」


「冗談じゃないって」


「そもそも男だなんてそんなバカらしい」


「いや、男ですし」


「いやいや」


 何をバカな、と私は桜路のスカートをめくってみた。


「ほら。ボクサーパンツが膨らんで……」


 嘘、そんなはずない。だって、え? いやいや、そんなわけない。きっと何か詰め物にちがいない。


 パンツに手をかけて下げると……そこには女の子にはないものがついていた。


「ひゃあ!?」


 一気に顔が熱くなる。


 え、なんで、どういうこと!? うえ!? え!? えええええ!?


「これで信じてくれた?」


 信じた、信じたからこそパニックに陥り、そして。


「きゅう……」


 耐えきれず、気が遠のいた。


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