第4話
バスケの授業が始まって、最初はパス連。そのあとシュート練習があってゲームの時間になる。
「寂しそうだね、犬上さん」
自チームの試合を待つ間に、壁によりかかって腕組みしている犬上に話しかけた。
「ちっ、寄ってくんなよ、忌々しい。どっかいけよ」
「いいじゃないか。同じチームなんだから仲良くしようよ」
「いやに決まってんだろ、他のやつと仲良くしとけ」
外方を向く犬上。全く生意気なやつめ。
俺は犬上の顎に指を添え、くいとやって首をこっちに向かせる。そして魅力的な表情を見せつける。
「ば、ばばばか! 何すんだよ!」
飛び退いた犬上に、今度は余裕の笑みを見せつける。
「そっぽを向くからさ」
「や、やめろよ! 気色悪いなぁ!!」
はっ。強がっていても顔は赤く染まっている。同性であろうと異性であろうと、この俺の綺麗な顔を向けられれば意識するのだ。
「嫌だった?」
「嫌に決まってんだろうが!」
「嘘つき。ドキッとしたんじゃない?」
「———ッ! わ、私にそのけはねえんだよ!」
「それは残念」
「お、おい、残念ってどういう意味だよ」
「さて?」
ここで小悪魔な表情。俺の完璧な顔に、犬上は顔を真っ赤にした。
「も、ももう、私がどっか行くから、ついてくんな!」
フッ、ちょろい。ハートの恋愛メーターにぐんとゲージが溜まった音すら聞こえる。
これで、犬上は俺を意識するようになるだろう。今後もたたみ掛ければ、いずれ陥落する。こういう不良っ娘は押しに弱いのが相場だが、本当だったな。
だがまあ、そう簡単にはいかないだろう。犬上は気色悪いと言ったのだから、女同士の恋愛に忌避感を持っているのは間違いない。百合に落としきるには、それを上回るほど好きを膨らませなければならないのだ。
とはいえ、出だしは上場。悪くない滑り出し。偉大なる一歩だ。
「姫宮様、出番ですわ」
お呼びがかかったので俺は立ち上がり、笑顔でコート内に入る。
「姫宮様、転校生相手でも私は力を抜きませんよ」
整列していると、向かい合った女子にそう言われたので、
「ああ。その代わり、私も手は抜かないからね」
と嘘をつく。
そりゃそう。俺は男子。しかも、天から類稀なる運動神経を与えられた才人で、中学の時にはバスケ部の助っ人として地区大会を優勝させた実績もある。手を抜かなければ、男バレどころか、身元バレまでしてしまうかもしれない。
だが、活躍はするつもり。予定通り、噂を広めてもらうためだ。
「それでは試合開始します」
ピッ、と笛が鳴ってジャンプボール。俺は身長171cmだが、女子の中では高い方。軽く跳ぶだけで、ボールを自チームの方にはたける。
ボールを拾った味方からパスがきて、すぐにドリブル。
一人躱して、二人目も躱し、そのままレイアップ。ネットが揺れると、黄色い悲鳴があがった。
キャー、という歓声に片手をあげて応える。
自陣に戻り、さっき本気でくる発言をした女子とのマッチアップ。ボールのつき方からバスケ部なのは間違いなかろうが、並の相手にてこずることはない。
「あっ!?」
簡単にスティールを決め、ルーズボールを拾いドリブル。そしてそのままレイアップ。
「また決めた!!」
「かっこいい!!」
「うーん、濡れる」
よし、いい感じだ。今は全力の30%も出していないが、十分活躍できている。女子相手に無双するのは心が痛むが、姫乃のためだ、この調子で続けよう。
それからも俺は得点をとり続け、9分を回る頃には、21得点。女子たちはキャーキャー騒ぎっぱなしだ。
もう十分か。じゃあ最後に、と。
俺はぼーっと突っ立っていた、犬上の少し前にパスを出す。
「うわっ、あ……」
犬上は体勢を崩し、そのまま転んでしまう。痛がる犬上への心配で盛り上がっていた空気が冷えていくのを感じながら、俺は犬上に近づき、そして。
「え、わあ!?」
ひょいとお姫様だっこした。
「先生、犬上さんを保健室に連れていっても?」
「え、ええ。姫宮さん、お願いするわ」
「ありがとうございます」
それから歩き始めると、黄色い歓声が沸くに沸いた。
「い、いいって、大丈夫だから! 痛くねえし!」
そりゃそうだろう。この展開に持ち込むため、こけても擦り剥きすらしないような位置にパスを出したのだ。
「ダメだよ。保健室でみてもらわなきゃ」
とキラキラ笑顔を向けると、犬上は「うっ」と大人しくなった。
「ぁ。ぁりがと」
体育館を出た頃に、小さな声で犬上は言った。
もちろん聞こえているが、聞き返す。
「ん? なんて言ったの?」
「んな!? 何でもねえよ!」
強気でそう言いながらも、腕の中でちっちゃくなっている犬上。
また、恋愛ゲージが伸びる音が聞こえた気がした。
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