マッチングアプリで出会ったのは、初恋の女教師だった。

秋月月日

プロローグ

「見ろ、東谷。ライギョがいるぞ。あまり動いてはいないが……」


 街中で見かければつい目で追ってしまいそうな絶世の美女が、水槽の中に展示されている川魚に目を輝かせている。


 俺の名前を呼んでいるが、別に恋人だとか婚約者だとか、そういう関係ではない


 彼女はかつて、俺の恩師だった。


 そして、俺の初恋の相手でもあった。


「餌を食べたばっかりとかなんスかね」

「この満足げな顔は間違いないな」

「先生、魚の表情とか分かるんスか?」

「いや、まったく。勘だよ、勘」


 得意げな顔で全然すごくないことを言い放つ元恩師。大人な女性なのに変なところで子供っぽくて、とても可愛い。


「そういえば、そろそろイルカのショーの時間じゃなかったですっけ」

「む。もうそんな時間か。イルカのショーだけは見ておかなくてはな。うん」

「イルカ好きなんですか?」

「小さい頃に母と一緒に水族館を訪れた際に一度見たきりだ」

「なるほど。だからさっきからずっと楽しみそうにそわそわしてたんですね」

「そ、そわそわなどしていない! 言いがかりはやめないか!」


 むぅ、と先生は頬を膨らませる。

 数年経っても、彼女の可愛さは衰えてなどいないようだ。


「いいから、ほら、会場に向かうぞ。いい席を取らないとだからな」


 そう言って、先生は俺の手をつかむ。

 突然の柔らかな感触に、俺はつい足を止めてしまう。


「うん? どうした?」

「な、何でもないです。ちょっと躓いちゃっただけで」

「ふふっ。身体は大きくなっているが、抜けているところは昔と変わらないんだな、東谷は」


 口元に手を当て、おかしそうに笑う先生。


 どうやら俺のことを教え子としか見ていないらしい。……悔しいので、ちょっと意趣返しをすることにした。


 彼女の手を離し、指を絡めるように握り直す。いわゆる、恋人繋ぎというやつだ。


 仕事一辺倒で異性への耐性がない彼女のことだ。きっと照れてしまうに違いない。


 そう思い、彼女の顔を確認してみる。


「ひ、東谷……っ?」


 タコもびっくりするほどに赤く染まった先生が、そこにはいた。


「先生が迷子になってはいけませんから。ちゃんと手は握っておかないと」

「ひ、人を子ども扱いするんじゃない。私はお前の先生だったんだぞ?」

「さっき俺のことを子ども扱いしたんで、御相子です」

「だからそれは、お前が私の教え子だからで……」

「——俺はもう大人ですよ、雲雀さん」

「っ!?」


 先生——いや、西山雲雀の耳元で、そっと彼女の名前を囁いてみる。

 顔だけではなく、耳の先まで真っ赤に染まり始めていた。


「はい、俺の勝ち。年下だからって甘く見てると、痛い目見ますよ」

「う、うるさいうるさい。今のは……そう、油断しただけだ!」

「はいはい。早くイルカを見に行きましょうね、雲雀ちゃん~」

「な、名前で呼ぶんじゃなーい!」


 横腹に肘を叩き込んでくる先生を軽くいなしながら、俺はイルカショーの会場へと彼女を引き連れ移動を始める。


「(東谷のやつ。いきなり男らしい一面を見せるなよ。意識してしまうだろうが……)」


 俯きがちに何かをブツブツ呟く先生の腕を引きながら、俺は実は赤くなっている頬を掻く。


(まさか、西山先生と水族館デートをすることになるとはな……)


 どうして俺が、かつての恩師であり、初恋の相手でもある西山雲雀と水族館デートをすることになったのか。


 ここに至るまでの経緯を、俺はぼんやりと思い返すことにした――。

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