第19話:ギャルはさらに高みを目指す

◇◇◇


「じゃあここで撮影しようか」

「おけっ!」


 顔の横で可愛く指のオーケーマークを作って言うと、仁志名は羽織っていたハーフコートを脱いだ。

 さすがにコスプレのままだと目立ち過ぎると思い、家を出る前に俺が貸した服だ。

 眠気はもうスッキリと晴れた様子で、いつものように陽気で明るい笑顔だ。


 台所にいた母にはなんとか見つかることなく家を抜け出せた。

 そしてやって来た近所の公園。


 せっかくコスやウィッグが良くなったんだから、本当はもっと映える場所で撮影したかった。だけど手近なところだと、ここが一番マシだ。

 仁志名はそんなことは気にする風もなく、やる気満々な顔をしている。


 俺はカメラを構えた。


「好きにポーズを取ってくれ」

「りょっ!」


 いつものようにシュタっと敬礼をしてから、仁志名はポージングを始める。


 うん、いいな。衣装も髪型もバッチリだ。

 それにとても楽しそう。いつもより動きが活き活きしている。


 シャキンシャキンと軽快にシャッター音が響き、その音でさらに仁志名は乗ってくる。

 大きめの動作でポーズを取りながらの撮影が続く。



 やがて数十枚を撮り終え、タブレットで写真を確認することにした。

 俺が渡したタブレットで、仁志名は今しがた撮った写真を見る。


「うわぁー、前よりもめっちゃいい! かんどーするっ!」


 嬉しそうに写真を見ている。

 よかった。


 これで仁志名の願いである完コスがようやく実現した。ホッとした。


 ──これで俺もお役御免だな。


 少し寂しいけど、そう思った。


 しかし何枚か写真を見た後、なぜか仁志名は徐々に固い表情になり、じーっと画面を見つめた。


 なにか写真の撮り方に不具合でもあったか?

 ちょっと心配になる。


「どうした?」

「ん……こうやって衣装が良くなればなるほど、別のところが気になるなぁ」

「別のところって?」

「喰衣ちゃんの衣装って、フリルとか刺繍とか、細かい装飾が多いじゃん?」

「そうだな」


 そういう精緻で美麗な衣装デザインが、またDALダルの持ち味だからな。


「でもこのコスって、やっぱ本物とは違うんだよねぇ……」


 確かに、それはそうだ。

 本物よりは簡素な作りになっている。


 でも高校生が小遣いで買える市販の衣装なんて、そんなものだろ。

 そう思うから、今まで気にはしていなかった。


「うーむ……これじゃ、まだあたしが目指す完コスじゃない」


 おいおい、仁志名ってどこまで高みを目指すつもりなんだ?


「いや、そんなことないさ。今でも充分だと思うぞ」

「でもさ日賀っぴ。もっと本物に近づいたら、素敵だって思わん?」


 仁志名の目に映るのは、決して落胆の色じゃない。

 それどころか、もっといいものを夢見るようにキラキラと輝いている。


「それはそうだけど、適当なところで諦めるのも人生には必要だろ」


 人生だなんて大げさな表現をしてみた。

 なんでも欲をかけばきりがない。

 適当なところで満足するのも必要なはずだ。


「でもあたしは、かんっぺきにキャラになりきりたいんだよ! ガチでやってることは、まじチョーすげぇってとこまでやりたいじゃん」


 そのセリフで思い出した。


 教室で俺がディスられた時。

 確か仁志名は、俺に同じようなことを言っていた。


 仁志名って、自分が本気でやってることは、とことん高みを目指したいんだな。


 俺とは全然違う。

 コイツ……マジでカッコいいな。


「でも、まだまだだなぁ……コレだってほら」

「ん? なにが?」


 仁志名は写真の自分の顔を指差している。


「この顔、どう思う?」


 どう思うって……


「可愛い」

「ふわぉぅっ……」


 いきなり変な声を出して、仁志名は吹き出した。


「や、日賀っぴ! そ、そうじゃなくて……」


 顔が真っ赤だ。視線があわあわ泳いでいる。

 可愛いなんて言われ慣れてるはずの仁志名がキョドってる。


「表情のこと言ってるんだよ。喰衣ちゃんのダークでミステリアスな雰囲気が出てないよね」

「あ、表情な。……スマン」

「あ、いや……ありがと」


 照れて小声になる仁志名。

 耳まで真っ赤になってる。


 俺も勘違いだと気づいたら、めちゃくちゃ恥ずかしくなってきた。


 そもそもコミュ障の俺が、女子に向かってよくも可愛いだなんて言葉を口にできたもんだ。

 写真に写る仁志名があまりに可愛かったもんだから、心の声がつい漏れた。


 でもそう言われて、改めて写真を見直したら確かに──


「仁志名の表情はいつも明るいからなぁ。頑張ってシリアスな顔してるけど、さすがに喰衣の、影があって心に闇を抱えてる独特の表情にはならないな」

「でしょ。うーん……むずい」

「そりゃプロの俳優じゃないんだから、難しいよ」

「でも完コス目指すんなら、そこももっと完璧にしたいんだよねぇ……」


 やっぱりこだわりがすごい。

 めちゃくちゃ悔しそうな顔をしている。


「じゃあ、表情に気をつけて、もう一度撮影やり直そうか」

「うん!」


 それから俺たちはまた撮影を始めた。


 仁志名が何度も試行錯誤して表情を作り直しながら写真を撮った。

 だけど、この日はとうとう納得のいく写真は撮れずに終わってしまった。


 既に陽が傾いてあまりいい写真が撮れなくなった。

 残念だけど仕方ない。


 撮影は諦めて、近くにある市役所の建物に向かう。

 ここは綺麗で大きな、いわゆる多目的トイレがあり、コスを着替えるのに好都合だった。


 着替えを終えた後も相変わらず残念そうな顔の仁志名を最寄り駅まで見送り、この日は解散した。

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