第12話

「ほら、振り返ってごらん」


 岩見さんがそう言うので振り返ると、ぽっこり可愛らしい山が青い空と黒い砂地の間にあった。


「双子山だよ」


 青い空と白い雲海が息を飲むほどに美しい。


「きれい……」


 そう思わず万喜が口にすると、岩見さんは豪快にがははと笑って、登山道の先を指さした。


「もっと見応えのある景色が待っているよ。がんばろうな」


 その声に、皆「はい!」と元気に答えてまた歩き出した。


 ちょこちょこと細かく休憩を入れながら、砂地を踏みしめて行く。


 やがて雲が出て、視界は砂と白いガスばかりになる。


「あ!」


 すると、琴子が急に大きな声を出した。


「どうしたの」


 心配して万喜は駆け寄った。すると琴子は蹲ってへろへろになったわらじを持って首をすくめた。


「わらじが切れちゃった」


 さっそく富士山の洗礼を浴びたようだ。


「予備があって良かったわね」


 琴子がわらじをはき直すのを待って、再び一行は先に進んだ。


「さぁ分かれ道だ」


 足下を慎重に見極めていた万喜は、岩見さんの声で顔をあげた。


「ここからさらに砂地が深くなって傾斜も強くなる。頑張れよ」


 その言葉通り、砂礫が足下をすくい、ずぶずぶと沈む感覚に陥る。


 いくら歩を進めても進めてもまともに進んでないような気がする。


「はぁはぁ、はぁはぁ」


 万喜はどんどん息が荒くなっていくのを感じた。


「おーい大丈夫か」


「はいっ」


 声をかけられて万喜は必死になって答えた。


「あー、こりゃいかん。おおい、休憩するぞ」


 岩見さんの号令に皆足を止める。


「だ……大丈夫ですよ」


「あのな高い山に登ると息が苦しくなったりふらふらしたりしてあげくに動けなくなるんだ。ひどくなったら富士山を降りないとならなくなる」


 水分を取って休んで、それでも調子が戻らなかったら下山すると言われて、万喜は泣きそうになった。


「ごめんなさい……私のせいで」


「謝らないで。ここまでこれただけでも大したものだわ」


「そうだよ。お姉様らしくもないよ」


 琴子と穣が代わる代わるに万喜の背を撫でて励ましてくれる。


 そのおかげだろうか。しばらくすると万喜は息切れもやみ、調子を取り戻した。


「ご心配おかけしました。もう大丈夫です」


 気分を入れ替えて、さあ出発だ。と砂礫のつづら折りの道を上っていく。


 それからどれくらい歩いただろうか。


「あ……」


 遠くに建物が見える。


「お疲れ様、七合目の山小屋についたよ」


 万喜には、いや他の一同にもそれは希望の光に見えた。


「はぁ……どうなることかと」


「まあ雄一さん、頂上はまだよ」


「琴子さんが無事登れるか心配だったんだよ」


 初めの方から黙って黙々と登っていた雄一だったが、心中はなかなか忙しかったようだ。


「さて腹ごなしと用足しはここで済ますからな」


 そう言って岩見さんは山小屋に入る。一同は慌ててその後を追った。


「すごーい」


 万喜は山小屋の中に入って驚いた。


 ここでは飲み物や軽食がいただけるそうである。


「はいはい、私うどん!」


 さっきまでのくたびれ具合はどこへやらと万喜はうどんを頼んだ。


 他の人もしるこや餅、甘酒なんかを頼む。


「くう……美味しい……」


 温かく、塩っ気のあるつゆがこの上なく染み渡る。


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