第4話

「そ、それより二戦目にいきましょう」


 琴子の気をそらすように、雄一がラケットを握る。


「ね、万喜さん」


「そうね」


 雄一に促されて万喜は立ち上がった。


 真新しいテニスウェアのひだスカートがひらりと揺れる。


 その感触に万喜は笑みを浮かべた。


 万喜は新しい服が大好きだ。今日のこのテニスウェアはベルトのデザインと胸元のシャキッとした襟の形が特に気に入っている。


 新しい服を着る度に、万喜はいっそう自分が綺麗で可愛らしくなっている気がして気分がよくなるのだった。


「さぁて、雄一さん。お手並み拝見ね」


 ポンポンとラケットを手のひらで遊ばせながら、万喜は挑戦的な目つきで雄一を見た。


「万喜さんはテニスは得意そうだね」


「ええ、毎年やってますし?」


「ふうん、じゃあ俺がサーブ? でいいかな」


「ええどうぞ」


 万喜は余裕たっぷりなポーズをとる。


 どうやら雄一は初心者だ。胸を貸してやるくらいでいいだろう、と万喜は考えた。


「それじゃ、いきます」


「ええ、どう……ぞ」


 その時だった。


 万喜の足下をすり抜けるように勢いよくボールが飛んでった。


「はい、十五点!」


「ええ!?」


 万喜は信じられない、と呟いて雄一を見た。


 雄一は自分でもびっくりした顔をしていた。


「おや、まぐれだ」


「そうよね、たまたまよね」


 万喜はみっともなく取り乱すのもかっこ悪いと思い、こほんと小さく咳払いをして、立ち位置に戻った。


「はいっ」


 雄一がボールを打ち込む。万喜は今度はその玉を打ち返すことが出来た。


「よっし」


 これで勝った、と思った途端、ボールが打ち返されてきた。


「はい、雄一さん三十点!」


 琴子が嬉しそうに点数を書き込んでいる。


 万喜はボールの消えてった方を呆然として眺めていた。


「こんなのって」


 ご存じの通り、万喜は気位が高い。


 ちやほやされるのが好きだから、そういう人間であろうと思っている。そして勝負ごとには必ず勝つと決めている。テニスだっていつも弟たちを負かしてきたのに。


「雄一さん、すごいわ!」


「えへへ、そうかな」


「そうよ、万喜さんは経験者なのに」


 琴子から褒められて、雄一が鼻の下を伸ばしている。


 それを見て、万喜はこれ以上よい気分になんてさせない、と雄一の前に立ち塞がった。


「雄一さん、勝負はまだ半ばですのよ」


「……そうだね。よし続きをしよう!」


 今度こそ万喜は点を取り、そのまま逆転をしてやると意気込んだ。


 ――だが、現実は無常だった。


 雄一の豪快なサーブに翻弄され、万喜はあっという間に点を取られた。


「三十、四十……ゲーム。雄一さんの勝ち!」


 琴子が嬉しそうに雄一の勝利を宣言した。


「あー! もう信じられないわ!」


 試合終了、万喜の全面的な敗北で勝負は決まり、万喜はついにかんしゃくを起こして大声で喚いた。


「はい、どうどう」


「美鶴! なにその扱い!」


「そうは言っても勝負は勝負だよ」


 美鶴はそう言いながら、万喜に麦茶を渡す。


「――ふん!」


 万喜はむしゃくしゃしながらそれを一気に飲み干した。


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