第12話

 朝起きると、頭がぼんやりとしていた。

 自分がギルド保安官だったこと忘れていたようだ。


 ――いつも、そうだった。命をける日の朝は、体が重くなる。


『今日は大坑道だいこうどうに行って、ローグをしょっくんだろう』


 ギルドマスターに似た声が、俺をせきたてていた。


『分かっていますよ。俺はギルド保安官ですからね』


 俺は心の中でその声に皮肉を言った。


***


 第二坑道は巨大な生き物のように空気を吸っていた。

 湿った土壁を虫がいずり回り、カビの臭いが充満している。


 俺は第一坑道と交差する手前まで歩き、もともと想定していた壁のへこみに身を隠す。

 右目を閉じて、うっすらと左目だけを開けた。

 視界の闇が払われていく。

 洞窟の全貌ぜんぼうが緑色になって、はっきりと見えた。わずかな光を捉える義眼は、昼間の洞窟であれば、明かりがなくとも十分な視界を確保した。


 しばらくすると、入口から誰かがやってきた。

 洞穴にできた水たまりを器用によけながら、慣れた様子でこちらに近づく。

 ちょうど、俺の前を影が横切る。

 俺は背中から首元に手を回した。


「ぐぅ……!」


 フード越しから男の汗が臭った。

 急に襲われて気が動転しているようだ。


「うぐぐ……」


 男は気を失わないように耐えながら、俺の腕に手を回す。だが完全に首をロックした俺の腕を、引きがすには遅すぎた。

 男は暴れながら、両足を前方に回転させて滑ったようにしりもちをつく。

 俺は背中から地面に叩きつけられた。

 肺の空気が強制的に押し出され、背骨から激痛が走る。打ちつけられた場所が泥水だったので、どうにか折れなかったようだ。

 男は朦朧もうろうとした意識の中で、腰元こしもとの刀に手を伸ばす。

 俺は緩んでしまった首をきつく締めあげた。この腕を離してしまえば、有利な状況をチャラにされてしまう。

 刀の柄をつかもうとする男の腕を、左足で必死に蹴り上げて、抜かせないようにする。

 刀身が入口から差し込んだ光を反射した。刀半分ほどさやから出したところで、男の全身から力が抜けるのが分かった。

 ローグは、水たまりに顔を半分漬けたまま気を失った。


 気力、経験値、ともにレベルの高いローグだった。モンスターと戦っている最中に、こいつに不意を突かれれば、大抵のギルドメンバーはやられるに違いないだろう。


 俺はローグの手足を縛り、鉄パイプを握るとさらに奥へと進んだ。


 第一坑道と交わり、そこからさらに1マイルほど歩く。

 空気が突然冷たくなる。濡れた岩肌に青白い光が反射していた。その角を曲がると、大空洞だいくうどうに出た。


 いくつもの魔石がコバルトブルーの光源になり、できた鍾乳石しょうにゅうせきの影を何かがよぎる。

 モンスターの息遣いが聞こえた。不気味な声が共鳴して、魔石を守るように魔物が徘徊はいかいしていた。


 距離は十分だ。

 壁際に寄って、鉄パイプを取り出した。


 左指を末端の切れ込みに入れ、反対の端を右の甲に乗せる。

 左目を鉄パイプの上部に近づけて、一番手前のゴブリンの頭を狙った。


「ふぅ、ふぅ、ふぅ」三度息を吐いて、ゆっくり息を吸って止める。


 魔法を左指から発射する。氷の塊を風の力で吹き飛ばすと、とがった氷塊は一瞬でゴブリンの頭上を飛び越えた。

 遥か遠くの岩壁が穿うがたれる。

 狙われたゴブリンは、音のする方を見るが、狙われていることには気づかない。


 ――風があるな。少し下に補正。


 右腕をほんの僅かだけ下げると、義眼の驚異的な視力でゴブリンの頭を確認する。

 鋼を撃つような凝縮された音が鉄パイプから聞こえると、撃ち出された氷柱つららがゴブリンの頭を一瞬で消し飛ばした。

 頭を無くした体が、わけも分からず一歩進んでから崩れ落ちる。


 ゴブリン、バジリスク、グール、ガーゴイル……。最後に三連射をしてキマイラを仕留しとめ終えると、大空洞から生き物の声が消えた。

 残ったのは亡者もうじゃの叫び声のような、洞窟の息遣いだけだった。


 俺はモンスターがいないことを十分に確認してから、大空洞の中央に位置する柱まで歩く。

 緑青色ろくしょういろが混ざった一際大きな魔石が輝いている。


「……なんて大きな魔石だ……」


 通常の青い光ではなく、ターコイズグリーンのような緑もある。魔石内にオーロラのカーテンが映し出されていた。

 俺は鉄パイプで魔石が傷つかないように気を付けながら、土台を崩して魔石を手にする。

 美しい魔石は手のひらにやっと収まるほどの大きさで、ずっしりと重い。


 ――攻略の証拠として持っておこう。


 内ポケットにしまうと、大空洞を後にした。



 第二坑道から出口に向かうと、失神しているはずのローグの姿がない。

 左目で周囲を探索するが、どこにも姿が見当たらなかった。

 ――しまった。外に逃げたか!


 俺は急いで出口に向かう。

 足跡を追うと、まずいことに第一坑道の入口を目指していた。

 奴は、俺が村を訪れる前から監視していたに違いなかった。

 ――くそっ! 間に合ってくれ。


 第一坑道の入口前。適当な材料で作った、みすぼらしい屋根の下にローグが居座っていた。

 雑に作ったはずなのに、どの角度からも死角になり、ローグの姿を捉えられない。

 長距離の攻撃は諦めて、俺は鉄パイプを構えながら近づくと、のっそりと灰色のマントが出てきた。

 男はこちらを振り向くと、その腕の中にハネンが囚われていた。

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