第19話

 愛華が昼の三時に玄関のチャイムを鳴らしたので、卓は小海の代わりに部屋へ案内した。

 本日予定している四時の公式戦のエントリーも済ませると、試合前のBGMがテレビから流れ続ける。

 卓と愛華は小海の部屋で二人きりだった。


「そういえば、どうして小海と仲良くなったんだっけ」


 卓は試合開始までのしばらくの間、何も喋らないのは気まずいので、ちょうど良い話題を見つけた。


 床に座る愛華は、イスに座る卓を見上げるように答える。


「中学で同じクラスになって、小海ちゃんが話しかけて来てくれたんです」


「小海は快活なやつだからなぁ」


「わたしって、ほら、ダブルじゃないですか。だから、結構みんなから距離を置かれて、でも小海ちゃんは『コスプレしてるみたい』って話しかけてきてくれたので、それで一緒に見に行ったりしているうちに……」


「……はぁ。なんか小海は無遠慮なところがあるからなぁ」


「いえいえ! 私、そういう小海ちゃんの運動量高めのところ、大好きです!」


「は、はぁ」運動量? p=mv? 卓は生物の運動量だと理解した。「たしかに、小動物、リスに似てるな」


「ふふふっ、小海ちゃん顔がちいちゃいから、似てますね」と目じりを下げる。


 卓はピンク色の時計に目をやった。

 その小海が一向に姿を現さない。

 すでに試合開始の10分前になっていた。


「ちょっと、小海に電話してくる」


 卓は部屋を出て、小海の携帯に電話を掛けるが留守番電話サービスに繋がり、小海は電話をとらなかった。

 マズい、電話をかけ直しているうちに、試合の5分前を切っている。

 卓は小海の部屋に急いで入り、ゴーグルを装着した。


「ごめん! 本当に申し訳ないんだけど、愛華ちゃん、小海の分も操作してくれる⁉」


「わ、わかりました!」


 運が良いのか悪いのか、スタートは竜王チームのキックからだった。


「愛華ちゃん、攻めに入らずボールを守衛にまわして、小海が帰ってくるまで、なるべく長い間、保持してくれる?」


「はいっ!」愛華はボールを下げて、開始早々からディフェンスにパスをすると、コントローラーを持ち替えた。


「なるべくボールを取られないように」卓は念押しした。敵がボールをとってしまうと、アタッカーを操作しなければいけなくなる。これが敵のパスの状況に応じて、攻守が入り乱れる可能性があるため、その都度、愛華はコントローラーを持ち替えなければいけない。

 ボールを敵に渡したくなかった。


 しかし徐々に、敵のオフサイドラインは上がり始め、ディフェンスも攻めに転じようとしている。愛華はディフェンス同士でパスをするしかないため、ボールとゴールの位置が近い。

 もし操作を誤れば、すぐにシュートされる緊張した状況が続く。


「ごめ~ん」と小海が部屋に入ってきて、カバンをベッドに投げ捨てる。


「は、はわぁああ……」と焦る愛華が小海にコントローラーを渡した。


「……小海、すぐに8番ミッドフィルダーにパスだ」卓は低い声で指示した。


 パスを受けた愛華は、顔を紅潮させて額が汗ばんだ。敵の防衛ラインが全体的に上がっていたため、禍福はあざなえる縄の如し、カウンターで防衛ラインを突破して愛華は1点を決めた。


 上位6チームを決める重要な試合は、1点を守り切り竜王チームが勝利した。




 卓は久しぶりに神経をすり減らした。前半ディフェンスのほとんどのパラメーターがバレていた。そのため、交代する選手を慎重に選び、運も味方につけて勝ったのだった。


「……小海、俺はこの試合は重要だって、伝えたよな……」


 三人はしばらく沈黙する。


「だって、バスが遅れて」小海は甲高い声で目を伏せ、ベッドのカバンを手に取ると、卓はゴーグルを取りながら、相変わらす低い声で「どれぐらいバスは遅れたんだ」と問い詰める。


「……」


 愛華は不穏な空気を察して、パチンと手を合わせた。


「お父さん! これで6位になったんじゃないんですか? 何はともあれ、勝ったんですから!」


 愛華の頬を汗が流れた。


「愛華ちゃん、ごめん……。小海。お前はやっぱり、このゲームは遊びだと思っているんか」


「……そりゃ、ゲームは遊びでしょ」小海はカバンを机の上に投げ捨てる。


「分かった。遊びでもいいが、そんな軽い気持ちでやるな」


「はぁ? 遊びだって言ってるでしょ!」小海は怒らせた目で卓を見る。


「失敗したり、負けたときに、遊びだからと自分を偽って納得させるな」


「意味わかんない。ずっと負け続けてたおっさんの言ってることは、意味不明だわ。だから、万年ボンクラだったんじゃない?」


「あのな」卓はイスから立ち上がると、小海と向き合う。「俺が言いたいのは、本気なクセして、なにか適当な言い訳して、本気じゃないフリをすんなってこと。自分に偽って、俺みたいに中途半端になってほしくない」


 小海の目が一瞬泳ぐが、すぐに長方形のキツい目に変わる。過去に将棋盤をベランダから落とした日が、卓の頭の中でフラッシュバックした。

 爆発する――そう思ったとき、「うふふっ」と、愛華が体を震わせて笑う。

 小海と卓は自然に愛華へ目がいった。


「あっ! ごめんなさい……うふふ。だって、二人ともすごく似ていて」


 卓と小海は顔を見合わせる。二人とも同じ表情で、同じ前傾姿勢のまま左手を固く握っていた。


「大会に出られるんですよね?」愛華は卓のこぶしを握ると、柔らかくて冷たい感触が卓を平静にする。


「そ、そうだね……このままいけば、招待されるかもね」


「やったあ!」飛び跳ねると、小海を抱きしめる。「小海ちゃん、またアイノ様に会えるかも!」


「そうだね……」と小海は呟いた。


 整理できていない自分の気持ちを、いきなり小海にぶつけてしまった。

 卓は反省した。

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