第12話

 すぐるはディスカウントストアで飲料水の商品陳列が開店までに間に合わず、初日から店長に怪訝な顔をされた。


 慣れるまでは、という猶予付きの簡単な作業と店長は考えていたようだった。


「バックヤードから物を持ってきて、並べるだけだよ。誰も遅れたことはないよ。いままで」


 もともと腕力がない卓は、ビール24缶梱包された段ボールを並べると汗が滝のように流れる。

 客が店内に入ってくるなか、通路を塞ぐ2台の台車に乗せられた飲料品を店長と一緒に陳列した。


 卸が入荷し納品書を受けると、商品を陳列しに行ったり、ワゴンに入れて運ぶことを日中繰り返す。

 やがてバイトの終了時刻が来ると、卓は店長に呼ばれた。


「レジ打ち、覚えよっか。いまから」


 店長は空いているレジの前に立って、基本的なレジの打ち方を教え始めた。


「あの、私は三時あがりなんですが……」張り切る店長の横で卓はつぶやく。


「でも、レジ打てないと、仕事できないじゃん。で、レジ開設はまだしちゃだめだから、誰かにしてもらって。それで……」


 店長のレジ教育は一時間に及んだ。




 卓は自分で修理したガタガタの自転車を漕いで、急いで自宅に戻る。


 夕食の準備をしていると玄関のチャイムが鳴った。


「こんにちは、小海こうみちゃんのお父さん」愛華まなかがリビングで挨拶して小海の部屋に入る。


 料理はいったんストップして、卓は小海の部屋に続いて入った。


「愛華ちゃん、わざわざごめんね」愛華は携帯を持っていないため、小海が学校で場所と時間を伝えておいてくれたのだ。


「いえ、全然。私も小海ちゃんと遊ぼうと思っていたので」


 愛華は頬や唇に赤味がはいって、うっすら化粧をしているように見える。急に大人びた愛華に卓はたじろいだが、小海の前ということもあり触れないようにした。


「おっさん、愛華と遊ぶ時間を使っているんだから、早く説明して」


 今日の小海の目は白にフチどられた青で、卓にはゾンビのように見えた。


「わかった。率直に言う。前回、ゲームショウで負けてしまったサッカーゲームだが、もう一度挑戦しないか。私と小海と愛華ちゃんで」


 ゲームのパッケージを手に、卓は二人に見せる。続けて、ノートパソコンを持ってきて、画面を見せた。


「目標は……これ。ゲーム会社アシアーが開催する国内最大のeスポーツ大会、賞金一千万円」


「一千万」愛華と小海が声をそろえて互いに顔を見合わせる。


 小海の片目のコンタクトが落ちて、片方が黒目になり、よりゾンビのようになった。

 エメラルドグリーンの瞳を輝かせて、愛華は卓の手を取る。


「ぜひ、やらせてください」


 ジェノワーズのスポンジのような、しっとりした肌の感触に、思わず卓は握り返しそうになるが、ゾンビの顔を見て思い止める。

 外国の母の影響なのか、愛華は会う日ごとにボディタッチをしてくるようになった。


「ほらほら、愛華。おっさんに触らない! おっさん勘違いするから!」


 横から現れたゾンビが、愛華の手を奪っていく。


「一千万とか、絶対ムリだから。そんな大会に出場する人達って、めちゃくちゃゲームやってるから」


「小海は、やる前から無理だって諦めるのか」


「え、だって、勉強とかしてないで、ゲームだけやってる人たちに勝てるわけないでしょ?」


「……俺はそう思わない」


「はぁあ?」


「このゲームは他のアクションゲームやパズルゲームと異なり、ストラテジーに重きを置いた、ボード性の高いゲームだ」


「……はぁ」


「ゆえに、プレイの経験値差はそれほど重要ではない。実際に、俺は初めてプレイしても操作に慣れたし、勝つこともできた。半期前に開催されたときのゲーム内容をチェックしたが、ストラテジーがすべてだ。いわば、リアルタイムで動く指しの攻防……すべてを想定した駒の割り振り」


「……はぁ。まぁ分かったよ。おっさんの力もあって、大会に出れたし。時間があえば一緒にやってもいいよ」


 床に屈んだ小海はまだコンタクトを諦めきれていない。


「そこで、チーム名は『竜王』にしようかと」


「だっさ」


「もしかして、竜王戦の『竜王』ですか?」愛華が天啓を受けたように、顔を上げる。


「お、よく知ってるね、愛華ちゃん。将棋で最も賞金が高い竜王戦からとったんだよ。それと、小海」


「うん?」小海が片耳を床に着けながら、視線だけ卓に送る。


「お前はディフェンダーな。俺が監督する」


「ええっ? 嫌だよ!」


「いや。俺は戦略を今時点でいくつか考えている。それを飲み込んで、実戦で磨き上げていくには時間がかかりすぎる」


「……」小海は眠たそうな顔をして小さく頷いた。


「じゃあ、チーム『竜王』結成ですね! 目指せ一千万!」


 愛華は右手を天井に突き上げると、小海は「イェーイ」とテンション低めに床に語りかけた。

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