転生スミスの異世界健康ライフ〜廃人プレイで鍛えたアバター、そっくりそのまま反映されました〜

真波潜

第1話 気付いたら異世界

 最後の記憶は、泣き叫ぶ両親の声と、自分の心音が止まったと知らせる心電計の音。


 自分の身体には恵まれなかったけど、最高の両親だったなぁ、なんて思っていた。死の淵で考えることがこれかよ、って今ならちょっとツッコミ入れたい。

 生きたかったとか、健康でいたかったとか、普通の生活がしたかったとか……僕の場合、それはあんまり思わなかった。


 どちらかというと、笑って安心させることすらできずに親を置いて死ぬなんて、そりゃまぁ情けなさに涙が出たけどさ。いや、出たのかな?

 目が見えなくなって、匂いも分からなくなって、瞼の一つも動かせたか分からないくらい体の感覚がなくなって、最後まで感じ取れたのは音だけ。

 だから、人生の最後に情けなく泣いてしまったかどうかも、感覚としては分からない。

 その後は、なんか真っ暗な世界だった。死んだんだな、って納得してた。


 けど、音が聞こえた。そっちに向かった、って感覚だけは残ってる。


(そうそう、こんな風に小川のせせらぎが……って、せせらぎ?!)


 せせらぎだけじゃない。

 風が草木を揺らす音も聞こえるし、鳥の鳴き声も聞こえる。ついでに、なんか瞼の裏が明るいみたいだし、それから湿った、何だこれ……嗅いだことのない変な匂いが、色々。


 死と共に失くしたはずの五感が自分に戻ってきたのだと理解して、恐る恐る目を開く。

 青い空、白い雲、大きさも想像できない遠くの稜線、自分が凭れている巨大な樹木の枝と揺れる葉っぱ、近くを流れる小川に、森。

 目の前には、写真や映画や漫画、そしてゲームの世界でしか見たことのない自然ってやつが、現実になって広がっている。


「……この場所……、知って、る……?」


 何もかもが初めて味わう感覚と景色なのに、なんとなくこの場所に見覚えがある。

 前世の、覚えている限り最初の記憶から最期の記憶まで、僕は病院と自宅、それしか知らないはず。なのに、この場所に来たことがあると、全身の感覚が告げている。


『ようこそ、ヴェルギオンへ!』

「ななななにっ?!」


 今度は、半透明のゲームのウインドウみたいなものが表示された。

 というかゲームのウインドウだ。これ、見たことある。


『私はサポーターのナヴィ。よろしく、ワタル。順を追って説明します』

「は、はい。え、僕、死にましたよね……?」

『はい、あなたは亡くなられました。そして肉体を失ったことにより、あなたの魂は此方の世界に“帰る”ことができたのです』

「……帰る?」


 ウインドウからはシステム音声らしい、落ち着いた男性の声が話しかけてくる。

 たしかこれも、僕のやり込みすぎなくらいやり込んだVRゲーム【ヴェルギオン・オンライン】でもそうだった。

 聞いている人間が一番ストレスなく、かつ、聞き逃さないような声を、脳波を分析してナビゲートなどの恒常的に使う音声に適用しているんだったか。


『長くなりますが、緊急性の低い話題と判断します。今すぐ聞きますか?』

「緊急性の低い……、まって、高い話題としては?」

『ワタルは残り21分35秒以内に起立し移動を開始しないと、街の検問に間に合わず野宿となります』

「い、移動します!」


 僕は慌ててがばっと立ち上がる。野宿なんてやったことがない。自宅と病院のドアトゥドア移動しか経験が無いのだから当然だ。

 そもそも現代日本人がそうそうする事ではないと思う。もちろん、僕にはキャンプだって経験が無い。


(って、待って。僕、立ち上がった? ……こんなに、勢いよく?)


『では、街までナビゲートをしながら、まずはこの世界と、あなたの肉体についてご説明します。出発には猶予があるので、よろしければ、そちらの小川でお姿をご確認ください』


 ナヴィの声に促されるものの、僕は少しの間その場で動けなかった。

 こんなに“長い時間”立っていても、足が痛まない。緊張に喉が渇いたけれど、ひきつるような感覚もない。

 心臓がバクバクいっているのに、熱もないし、立ち眩みもない。


 ゆっくりと目の前の小川の前に行き、そっと水面を覗き込んだ。


「これ、僕のアバター?!」


 小川に映ったのは、【ヴェルギオン・オンライン】で僕が使用していたアバターの顔だ。

 そもそも【ヴェルギオン・オンライン】は、僕の両親が僕の為に開発させた完全フルダイブ型のVRゲームだった。


 どれだけ検査を重ねても異常はないのに、立っているだけで疲弊して腰が抜ける身体。少し無理して連続で10分以上歩くと発熱するし、喉が渇いたら即座に水を飲まないとひきつって呼吸ができなくなる呼吸器。

 なのに、検査の結果は異常なしとしか出ない。


 徹底した虚弱体質。でも、大きな病気にかかったことはない。

 治療する方法以前の問題で、原因が見つけられない。結局、僕は無理をしないことしかできなかった。

 両親は裕福で会社をいくつも持っていて、僕の超虚弱体質が発覚してすぐ、医療研究からはじまりフルダイブ型VRの研究を進めた。

 本当に、親には恵まれたと思う。環境とか諸々にも。でも、まぁ、自分の肉体には恵まれなかったけど。


 そうして、僕が10歳の時、いよいよフルダイブ型VRゲーム【ヴェルギオン・オンライン】が完成、サービスがスタートした。

 僕はテストプレイからの超古参プレイヤーとしてやり込んだんだけど……もちろん、ゲームだけすればいいわけじゃなかった。


 両親はゲームの中ならば僕の肉体に一切負担が掛からないとデータを取り、僕にいろんな勉強を教える教師NPCを付けたし、中には師匠と呼んだNPCもいた。

 おかげで、僕は病院のベッドの上でいろんな勉強も、なんなら体の動かし方も教わった。アバターだけど。

 それに、両親とも一緒にいろんな景色を見に行った。忙しい二人だったから、ゲームの中で現地集合現地解散ではあったけど。


 そんな経緯で始めたから、現実と同じ名前のワタルという名前を使っていたのだ。

 現実の名前は、小金航。父さんと母さんにワタルって呼ばれたかったし、NPCもワタルって呼んでくれたのが嬉しかったから、ゲームの中だからと変えなくてよかったと思ってる。

 親にハンドルネームで呼ばれるの、考えたら嫌だな……†暗黒騎士†(ダークネスナイト)、とか最初は考えたけど。当時10歳なので時効だ。


 ……流動食じゃないご飯を食べたのも、ゲームの中が初めてだった。

 下手に固形物を食べると、胃が受け付けなくて暫く点滴生活だし、かといって全く内臓を使わなければ僕の体力も落ちるので、流動食を食べる……いや、飲むようにしていた。

 ゲームの中の肉とか野菜とか……コントラストのはっきりした味がして嬉しかった。流動食の、しょっぱ甘まろやか栄養、みたいな味ではなかった。あれ、何味でもちょっとしょっぱいの、仕方ないなとは思うけど受け入れ難い。

 ちなみに、味の濃いものは現実だと劇物扱いなのか受け付けられなかった。チョコとかね。チョコ味の流動食はイケるけど。


 こんなだったから、正式サービスが開始されてからは顔見知りはできたけど、どこかで一線を引くしかなかった。

 ゲームを落とせば病室にいるという現実を、両親が僕にくれた素晴らしい世界に持ち込みたくなくて。


 そうして、僕は23歳まで生きた。

 研究開発をするとか、何かしら寝たままでもできる仕事をしてもよかったのかもしれないけれど、僕は身体が活動についてこれない超虚弱体質。

 責任が伴うようなことはできなかったし、やる気がなかった。絶望感はなかったけど、どう考えてもいつ死ぬか分からない状態だったから、挑戦も何もしなかった。

 ゲームで遊ぶのすら、臨時パーティーは組んでも、クランには入らなかったし。


(だから、冒険するよりも、街にとどまって生産スキルと生産系ジョブを極めまくったんだよね……)


 両親は最初ゲーム内でもじっとしている僕を見て呆れていたけど、僕が心底楽しんでると知ってからは、ずっと応援してくれていたのが嬉しかった。


 そんな記憶が、水面に映る黒髪と灰色の目の青年を見ていると、走馬灯のように流れていく。

 13年間、僕が現実の僕よりも見てきた顔だ。


 塩っぽい薄い顔の日本人顔。

 少し黒目の小さい三白眼なのは、現実の僕がそうだったから。

 健康に生きて育ったらこうじゃないかな、という肉体をイメージしたらこうなった姿。身長も設定通り175センチ。細すぎず太すぎない体型だ。

 キャラメイクも凝っていたし、課金アイテムで見た目をカスタムすることができたから、10歳の少年キャラクターから初めて、13年かけて17歳まで少しずつカスタムした。


 その、最新データのアバターの姿が、VRとは違う現実の質感と重量を伴ってここにある。

 じっと見つめた後立ち上がって、足踏みや手を握ったり開いたりした。思い通り、自然に動く。水面の中の僕も同じ動きをした。


『転生時に必要なものが全て備わっていたので、【ヴェルギオン・オンライン】のデータから作成された肉体となります』

「は、はは……すごい……」


 せっかく立ち上がったのに、ぺたんと尻餅をつく。これも、痛くない。

 身体の感覚はゲームの中よりもずっと鮮明だ。でも、先程から、前世の現実の肉体との差異に驚かざるを得ない。


 そんな僕の驚きや喜びには頓着せずに、ナヴィは目の前にやってきた。


『では、まずは街に向かいましょう。ワタル、改めて、ヴェルギオンへようこそ!』

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