二十九枚目 東都両国之風景

 相手の心を意のままに操る、げに恐ろしき『洗脳』の能力。しかしその反面、本人の戦闘能力はそれほど高くない……勝負はあっという間だった。

 

「……行きましょう。先を急がなきゃ」


 淡い橙の電球の下で、六太が黙って頷いた。二人は眠っている菜乃花を抱え、通路をさらに奥へと歩み始めた……。


 ……異変はすぐに起こった。


「おい……」


 道の途中、六太が鋭い声を上げる。見ると、妹・菜乃花が、みるみるうちに若返っていく。成長していた身体が縮み、あっという間に五歳児程度まで戻ってしまった。


「何が起きてる!?」

「分からない。何処かで『能力』が解除されたのかも……」

 ということは、あの二十九三十五ひずめさんごがやられたということか。しかし、一体誰に? どうやって? 四足モードのラマの背中で、七緒は首を捻った。暗く狭い通路の中では、分からないことだらけだった。


「とにかく、菜乃花は無事なんだな!?」

「ええ、大丈夫よ」 

 まだ目は閉じたままだが、穏やかな寝息を立てている。困ったことと言えば、服装がブカブカになってしまったくらいか。

「……なぁ? さっきから何か、登ってねえか?」


 六太がホッと表情を緩ませ、しかしすぐに険しい顔で聞いて来た。それで七緒もようやく気がついた。確かにさっきから登っている。地下へ地下へと続くはずの道。しかし、いつの間にか通路の傾斜は上向きになっていた。


「……一本道だったよな?」

「ええ……」

 菜乃花が元に戻ったのは良かったが、まだ油断はできない。今この瞬間にも、敵の攻撃を受けているのかも知れないのだ。

「おい、見ろ!」


 さらに奥に進むと、ようやく上の方に明かりが見えた。出口が近い。ラマが光の中へと駆け出す。

「此処は……」

 飛び出た先は、ネオ東京の動力源……ではなかった。


「空!?」


 いつの間にか七緒たちは、地上から遠く離れた遥か上空に辿りついていた。眩しさが目に沁みる。恐る恐る目を開くと、見渡す限り広大な空が広がっている。青青としたキャンバスに、巨大な白い雲が絵の具をぶち撒けたかのようにどぷり、どぷりと浮かんでいた。


「どうなってんだよ!?」

「あれ!」


 七緒は下方を指さして叫んだ。

 遠く離れた北の空。ネオ青森の、下北半島とほぼ同じ大きさの鶴が、大きな羽を広げて踊っている。先ほど檜舞台から遠目に見た巨大鶴だ。此処から土気色をした頭頂部が見える。ということは、二人はかなり上空まで登ってきたことになる。


「おいおい……」


 六太が声を上ずらせた。地上は凄惨たる有様だった。

 文字通り地形が変わるほどの破壊、破壊、破壊。もはや災害だ。巨大鶴の足元は、蹂躙し尽くされ、跡形もない。まるで隕石がぶつかったかのようなクレーターが、荒廃した大地に幾つも出来上がっていた。七緒も、六太もしばらく言葉を失った。この世の終わりに現れる化け物がいるとしたら、きっとあんな感じに違いない。


「きっとこれも『能力』よ……」

「どんな能力なんだよ! 無茶苦茶過ぎんだろ!」

「だけど、会長なら……一番合戦会長の『自由自在フリー・スタイル』なら……」


 一番合戦の能力が『自由自在』だということは、悠乃高校の生徒、いや浮都に住む者なら誰でも知っていた。何せ彼の功績は、小学校の教科書に載るレベルだったから。


 政府要人人質立てこもり事件。

 サラマンダー火薬陰謀事件。

 そして、『アポカリプスの祝宴』。

 

 まだ無名だった頃から、その身一つで解決した事件は数知れず。ネオ日本の若き英雄。その才能とカリスマ性ゆえ、時の総理大臣よりも影響力があると言われている。信奉者は全国各地に存在し、悠乃高校が此処まで存在感を示しているのも、ひとえに彼のおかげといって過言ではないだろう。


 一番合戦の花武器・日本刀で斬られた相手は、『自由』を奪われる。

『表現の自由』、『信教の自由』、『内心の自由』、『学問の自由』……。

 そして奪った『自由』を自分のモノとして自在に行使できる能力。


 つまり、お前の自由は俺のもの、俺の自由も俺のもの……といった『能力』である。


 会長と戦うことだけは、七緒とて、出来れば避けたかった。しかし……。

 

 しかし、七緒はもう、知ってしまった。

 自分たちの足元に広がる、平和……ではない現実を。


 人権を奪われ、極悪なる環境下で虐げられることを強要される『無能』の人々。

 浮都に住み、環境に恵まれ、資源と特権を独占する『有能』の人々。


 この国では、『才能』がなければまともに生きることもできないのか? 『能力』がなければ戦うこともできないのか? 果たして『才能』とは『能力』とは、人が人の上に人を作り、人の下に人を作る、ためだけのものだろうか?


 七緒は静かに首を振った。


 別に自分だって、好んで戦いたいわけじゃない。しかし彼女とて、このまま黙って全てが元通り……とは行かなかった。


「ありゃなんだ?」


 六太が上空に目を凝らした。見ると、遥か彼方遠い雲の切れ間に向かって、透明な階段のようなものが伸びている。まるで道標のようだった。此処を登って来い……ということか。振り返ると、今まで来た地下通路は消えていた。


『行くぞ』


 六太がラマを着込み、エンジンをかけた。七緒が黙って頷く。雲の向こうまで突っ切るつもりだ。登り始めると、しばらくして、上空からパラパラと雨が降って来た。

「いや、違う……」

 雨ではない。砕けた金属の破片……降って来たのは、機械獣の群れだった。黒い雨雲に見えたのは、巨大な骸骨、一反木綿、唐傘お化け……いつぞやの、砂漠で七緒を襲ったあの機械仕掛けの妖怪たちだった。


『げぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!!』


 空が、青が、みるみる黒に侵食されて行く。大勢の機械獣で埋め尽くされ、上空はたちまち真っ暗になった。それだけではない。トラックの群れ、戦闘機、武装した『無能』の集団……ありとあらゆるものが空から降って来た。

 妖怪たちが次々とラマに激突し、衝撃で機体がグラグラ揺れた。


『こンにゃろ……ッ!』


 小さな骸骨の群れが機体にしがみ付き、ケタケタ嗤った。追い払おうと両手を伸ばすも、触れようとしたその瞬間、まるでホログラム映像のように相手を素通りしてしまう。右手が骸骨の頭を貫通し、六太がギョッとなって手を引っ込めた。


『何なんだよこいつら!?』

「『実体のある幻覚』……みたいなものかしら?」

「ワケ分からん!!」


 向こうからの攻撃は当たるのに、こちらからは触れることもできない。

 これではどうしようもなかった。


「此処で足止めする気よ!」

『しっかり掴まってろ!』

 

 機体に睡蓮の模様が浮かび上がる。


『突っッ込むッ!!!』


 突っ込む。雨雲のように真っ暗に染まった空に向かって、一筋の閃光が駆け上っていった。ハリケーンの中に突っ込んだような衝撃が七緒を襲う。目が回るどころの騒ぎではない。胃袋がひっくり返り、手足がバラバラに千切れてしまいそうだった。おかげで、ラマに張り付いていた妖怪ホログラムたちも吹き飛ばされたが、機械獣と機械獣の間を地面を掘り進むように直進したため、機体の揺れや損傷も激しかった。


 やがて切れ間から、雲の上へと抜けたと思った瞬間、

『うぉおおおッ!?』

「きゃあああああッ!?」

 今度は一転、登っていたはずが、真っ逆さまに落ちている。あれほど輝いていた光も消え、瞬時に暗転、まるで急に夜になったかのように辺りは闇に包まれた。


 再び地下に戻って来たのだ。

 どういうワケか……いや、この際理屈を問うても仕方ないのかも知れない。ともかく、地面に激突しかけたラマが急ブレーキをかけ、間一髪で踏みとどまった。


『何なんだよ!!』

「六太!」


 悪態をつく六太を小突き、前方に注意を向ける。そこにいたのは……


「遅かったじゃないか」

「会長!」


 七緒が息を飲んだ。ネオ東京の最下層。

 妖しく光り輝く動力源を前に、赤髪の大男……一番合戦六三四いちまかせむさしが、仁王立ちして二人を待っていた。


 

 

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