幕間

NINJA

 ここで先に述べておくと、今回の事件の犯人、黒幕は悠乃高校正徒会長・一番合戦いちまかせ六三四むさしである。何故『能力者』を狙って殺したか。彼の言葉を借りるなら、


「弱い者は上に立つべきではない。ただそれだけだ」


 ……と言うことである。弱き者が、これ以上己の弱さに苦しまなくて済むように、殺す。

 常人には理解しかねる、彼なりのでもあった。少々説明不足が過ぎるので、後々、彼自身に改めて語ってもらうとしよう。


 だが直接の実行犯である彼も、”何故能力者の『花』が奪われていたか”、その原因までは分かっていなかった。分かろうとしなかったとも言える。彼にとっては、


【正義は必ず勝つ】


 これが絶対的な信念であり、もし『能力』を奪われるようなら、それは奪われる方が悪い。負けるのなら、それは正義とは呼べない。だから学園の外で、一体何が起きているのか……それを他のメンバーに探らせていたのだが……までは、この時点では知らなかった。そして……優しさというのは、誠に難しい。


 善意の行いが、時に悪意に利用されることもある。

 飛行機を発明したライト兄弟は、自分たちの発明が戦争を根本から変えるのを、望んでいただろうか? 

 原子力の基礎を築いたアインシュタインは、果たして人類を滅ぼそうと思っていただろうか?


 優しさや善行が、必ずしも人を救うとは限らない。そして図らずも、このネオ日本で、また似たような歴史が繰り返されようとしていた。



 正徒会長室。

 豪華絢爛な美が施された校舎と比べ、意外にも質素な造りをした部屋に、一番合戦はいた。正面のソファに座しているのは、書記の二十九三十五ひずめさんごである。


「あの二人はまだ戻らんか」

「八百枝は『無能街』の外れで暴れているのを、えー、回収しました。かなり暴れていたので、被害は甚大でしたが。ですが、七海の方は依然行方が知れません」

「ふむ……」


 二十九が水色の長髪を搔き上げて言った。一番合戦は中央壁際の机で、頬杖をついていた。その後ろ、大きな窓の外を、白い雲が気持ち良さそうに泳いでいく。


「だったら『探索系』の能力者を使い、残りのメンバーで救助隊を出せ」

「はっ」


 決して七緒の安否のためではない。少しでも情報を集めようという魂胆だった。一番合戦にとっては、七緒が襲われていようが殺されていようが構わない。もし何者かに襲われて負けて帰ってきたら、その時はこの手で七緒を殺すまで。もし殺されていたら、彼女を殺した者を新たな『正徒会』として迎え入れようか、と思っていたくらいだった。


 黒幕の正徒会長が、部下をと、唐突にそれは起こった。


「こんにちは」


 突然、何の前触れもなく、部屋の中に見知らぬ少年が入ってきたのである。


 いや、入ってきたという表現は少し誤謬がある。扉には鍵がかかっており、なおかつ一番合戦が許可した者しか入室できないよう、ありとあらゆる超能力を張り巡らせているはずだった。少年は突如二人の前に出現した。まるで煙のように。


「な……!?」


 二十九が驚いたのも無理はない。

「待て」

 慌てて花武器を構え、時を戻そうとする有能書記を、一番合戦が制止した。


「話を聞きたい」

 正徒会長があくまで冷静に、静かに声を出した。そして品定めするように、その大きな瞳で少年を眺めた。


 この学園の生徒ではない。制服ではなく真っ黒なローブを身にまとい、頭はすっぽりとフードを被っていた。顔つきはまだいとけなく、中学生くらいにも見える。二十九のヘソの辺りまでしかない少年が、ぺこりとお辞儀した。


「こんにちは。正徒会長さん。七海七緒さんを探しているんですよね?」

「七海の居場所を知っているのか?」

「貴様……無礼な! まず名を名乗れ!」


 二十九が会話に割って入って叫んだ。中々の凄みがあったのだが、少年は怯む様子もなくにこやかな笑みを浮かべたままだった。


「失礼しました。ぼくは十三日」

「何だと……?」

「ええ。不吉な数字、不幸な日付ですよね。でもぼくは気に入ってるんです。『不吉』とか、『死神』とか、何だか格好いいじゃないですか」

「…………」

 

 ……ふざけてるのか。困ったような表情を浮かべ、二十九が一番合戦を振り返った。一番合戦はというと、少年から微塵も視線を動かさなかった。


「何ならぼくが彼女を探してきて上げましょうか?」

「何?」

「ただし、生死は問いませんけど……良いですよね?」

「何だと!?」

「二十九。いちいち感情を揺さぶられるな。抑えろ」


 一番合戦が手短にそう言うと、それで長身の正徒会書記は静かになった。静寂が戻った部屋の中で、一番合戦は向日葵の瞳で少年を見つめた。


「何のために?」

「はい?」

「それでお前は、何のためにそんなことをするのだ?」

「別に……『人には優しくしなさい』って、お母さんが言ってました」

「…………」

「それに、英雄ってのは自分の手は汚せないものですからね、ねえ会長さん」


 十三日、と名乗った少年は意味深な目で一番合戦を見た。目は口ほどに物を言う。見透かしたようなその瞳は、何もかも知っているぞ、と語っていた。協力を申し出ているようで、半分は脅迫なのだ。

 もちろん一番合戦は脅しに屈するような人物ではない。だがそれ以上に、突然現れたこの少年に興味が湧いた。少年は可愛らしく肩をすくめた。


「世の中綺麗事だけじゃ生きていけない。だからぼくみたいなのが要るんです」

「何をバカな!」

 あれほど注意されていたにも関わらず、二十九がたまらず声を荒げた。


「貴様のような何処の馬の骨とも知れない奴に頼るほど、うちの学園は人材不足でもない! 大体、七緒くんは新入生とはいえ、この学園のナンバー2だぞ!? 貴様ごときに勝てるわけが……」

「勝てますよ」

「何!?」

「ぼくは不吉な十三日サーティーンですから。七海七緒ラッキーナンバーさんは、ぼくには絶対勝てません」

「何を言ってるんだ? 何を根拠に……」

「良いだろう」

「会長!?」


 二十九が驚いて一番合戦を振り返った。一番合戦は、赤髪を春風に靡かせた。


「己の言葉を証明してみせろ、少年」

「会長! 待ってください……」

 縋る二十九には取り合わず、一番合戦は笑みすら浮かべていた。黒装束の少年はぺこりと頭を下げた。


「ありがとうございます。ぼくを信じていただいて。ああ、人に信じられるってうれしいなあ。では後ほど」

「待て」


 棒読みの台詞を吐いて退出しようとする少年を、

「もし七海を見つけられたら、少年、お前に褒美をやるぞ。何が欲しい?」

 一番合戦が呼び止めた。

「お前の望みは何だ?」

 一番合戦が、じっと、探るように少年の瞳を覗き込んで尋ねる。すでに下半身は消えかけ、部屋を出て行こうとしていた少年が、はたと動きを止めた。


「ぼくですか? ぼくの望みは……そうですね」

 少年は一番合戦に、屈託のない笑顔を向けた。


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