四枚目 相馬の古内裏に将門の姫君瀧夜叉妖術を以て味方を集むる大宅太郎光国妖怪を試さんと爰に来り竟に是を亡ぼす

「くたばれこの腐れ外道がぁあッ!!」 


 建物の影から絶叫がした。無駄と知りつつ襲い掛かってくる『無能』二人を、七緒は難なく花武器カブキで斬り捨てた。

どぱっ

、と首から噴き出た鮮血が、雲ひとつない青空に良く映えていた。『無能』が地面に倒れ込む前に、七緒はもう、刀を鞘に納めていた。斬られた二人には、おそらく太刀筋すら見えていないだろう。


 花武器カブキとは、有能な人間が持つ、独自の武器である。


 睡蓮、向日葵、石楠花……己の身体に咲いた『才能の花』を武器に変え、戦う。武器によって刀だったり銃だったり……時には犬や猫といった、生き物だったりする。

 花武器は『能力者』の性格や嗜好を反映しており、その形は千差万別である。


 今度は上から獣の咆哮が聞こえた。

 見上げると、巨大な黒い影が真っ直ぐ七緒目掛けて落ちて来るところだった。隕石……ではない。大型の合成獣グリフィンが三匹、羽を広げ、鷹のように急降下してくる。その爪が牙が獲物を食い破らんとする刹那、少女は逆袈裟で、一匹、二匹……三匹ほぼ同時に切り落とした。


 七緒の能力……『百花繚乱』である。


 『能力者』は大抵、武器での攻撃が『能力』の発動条件になっている場合が多い。


 七緒の花武器の形は、『日本刀』だった。

刀で対象物を斬ることで、七緒の能力・『百花繚乱』が発動する。

『能力者』に求められる技量とはつまり、花武器の扱いのことである。強力な『能力』になればなるほど花武器も複雑になり、発動条件も厳しくなるのだ。


 日本刀は良い。

 軽いし、良く斬れる。七緒に合っていた。

 もしも、世界中の武器を集めて一番を決める大会なんてあったら……そこそこ良いとこまで行くんじゃないかと思うのは、贔屓目に見過ぎだろうか。


 七緒は自分の愛刀を握りしめ、苦笑した。


『能力』も、複雑で難解だから強いのではなく、単純シンプルだからこそ応用が効く、というのが彼女の持論だった。条件を複雑にし過ぎて、本人さえも良く理解していない『能力者』が何人いることか。『全知全能』などは、その典型だろう。


 乾燥した大地に、えた鉄の匂いのする、広大な赤い湖が出来上がっていた。すぐそばには、死体の山も。なんて素敵な避暑地なんだろう。静かな湖畔で水面を見つめながら、少女は小さくため息をついて……


「……うおぉおおおッ!!」


 ……いつの間にか、背後に敵が迫っていた。七緒の死角(だと本人は信じている)から殴りかかってきた『無能』の腹に、振り向きもせず白刃を突き立てる。ぎゃっ! と悲鳴がひとつ聞こえて、そして、命を失った肉塊が崩れ落ちる音。湖がまた広がり、山が少し大きくなった。それからようやく静寂が訪れた。


「全くもう……キリがないわね」


 七緒は改めてため息を零した。


 崩れた高層ビルの上半分が、墓標のように何本も地面から生えていた。

折れた飛行艇の翼。

剥き出しになった鉄骨や電線。

横転したまま放置された新幹線(※旧世代の乗り物)は、住処すみかを失くした『無能』たちの巣だ。だが、そこに生活感はない。あるのはひたすら死の匂いだけ……。


『無能街』。特定の場所ではなく、『無能』達が住処にしている区域を押し並べてそう呼んでいた。大概は赤茶色をした淀んだ景色が、青空の下に、何処までも広がっている。


 七緒が街に来てから、七日が過ぎようとしていた。肝心の『犯人探し』は難航を極めている。何しろ地上は、広い。動く道路もなければ、無重力区間もなかった。移動だけでも一苦労だ。


「八百枝さん。そっちはどうですか?」

「ん〜……」


 七緒は上空を見上げ、すぐそばの錆びた鉄塔、折れたスカイツリーの天辺で、地平線を見つめる八百枝に声を張り上げた。スカイツリー。ネオ東京が前、かつて東京と呼ばれていた街でシンボルになっていた電波塔タワーだ。


「此処はあらかた狩り終わったみたい……あ!」


 どうやら八百枝は岩場の向こうに新たな獲物を見つけたようだ。七緒が指先に目を凝らすと、葬列のように、黒い影がぞろぞろと蠢いているのが見えた。

「ちょっと私、あっち行ってくる!」

 そう言うが早いが、八百枝はマスクをずらし、ガムを口に放り込んだ。

 彼女の花武器は、ガムだ。

 ガムを噛んでいる間、どんな物にでも『変身』できる。八百枝は早速背中から羽を生やし、西の方へと飛び立って行った。七緒は苦笑した。八百枝の張り切りで、既に二、三、住処を潰している。


 血の匂いが濃くなって来た。七緒は青空を滑っていく影を見送り、瓦礫のそばに腰を下ろした。下ろして、上空に浮かぶネオ東京を見上げる。首都は雲の切れ間に差し掛かり、半分ほど隠れていた。 


 地上が放射能に汚染され、何年経つだろうか。

 この辺りは特に汚染が酷く、草も生えない。専用のマスクがなければ、呼吸も困難になるほどだった。さらには皮膚を守るために、ウエット・スーツのような、特殊な防護服も必要である(七緒は髪の色に合わせて、ピンクの防護服を用意してもらった)。宇宙人みたいな格好になるので、七緒はあまり好きではなかったが。


 生物が一切住めない地域、

逆に動植物が異常発達した地域、

青白く輝く廃墟……もちろん地上にも、まだ汚染の影響の少ない場所は残っている。

砂漠のオアシスのような希少箇所に、物好きな学者や浮民(※上空国民。空で暮らす人々)を嫌う偏屈がまだポツポツと残って暮らしていた。


 浮都を含む、数少ない居住可能地域を、人々は多少の皮肉も込めてこう呼んでいた……《桃源郷》と。


「たぁ!」

 突然甲高い声がして、七緒は望郷の想いから現実へと呼び起こされた。


見ると、『無能』の子供達が四、五人、いつの間にか七緒の背後に群がっていた。

いとけなく、まだ十代にも満たないくらいだろうか。

全員見るからにやせ細っていて、不健康そうだった。片手で握れそうな細い首には、お揃いの赤い首輪を付けている。首輪は『無能』が《桃源郷》に近づくと、自動的に爆発するようになっていた。それでも、汚染されていない土地や新鮮な食糧を求めて、不法侵入を試みる『無能』は後を絶たなかった。


「取ったッ!」


 ちょっとした歓声が辺りに沸き起こる。

 少年の一人が、七緒の愛刀を掴んで勝ち誇っていた。七緒は「返しなさい」とも言わず、哀しそうに目を細めた。刀を胸に抱え、一目散に逃げていく背中を、追うこともしない。


 と、彼女の胸がほんのりと桃色に光り、ゆっくりと睡蓮が芽吹き始めた。


 たとえ他の者が七緒の刀を握っても、花弁はなびらとなって散ってしまう。


 そしてすぐさま、本人の身体に返り咲くのだ。他人の『才能』を掴んでも、光の泡と化し消え去るだけ。『花』を咲かせた本人にしか、花武器は扱えない。ちょうど、他人の臓器を無作為に移植しても、拒絶反応を起こしてしまうように。


 してやったりの子供達は今頃、泡を食っているだろう。汚染地域で暮らす『無能』達の寿命は、極端に短い。早ければ七つを数えずに生き絶えるし、三十も生きれば、長生きの部類である。加えて凡人狩りも行われているから、まずまともには生きられない。せめて十四まで生き延びれば、才能の花を咲かせた者は、『名誉浮民』として《桃源郷》の入郷資格を得られるが……。


「どうされましたか?」


 また背後から声がして、七緒が振り返ると、空中に銀色の宇宙人が浮いていた。

宇宙人……防護服を着た国の能力経過観察隊が、ホバーバイクの上から、怪訝そうに首を傾げていた。何故こんな辺鄙な場所に有名校の生徒が……そう言いたげである。七緒が事情を説明すると、銀色の宇宙人は頷いて、

「嗚呼、『無能』の子ですか。こちらで処分しておきましょう」

 そう笑って、爆音を響かせ、子供達が逃げていった方に飛び立って行った。


 七緒は迷った。一応、十四歳に満たない者はまだ『才能』の有無が判別できないので、狩るのは違法である。あるが、《桃源郷》の一歩外に出ればそこは無法地帯で、それくらいは七緒も理解していた。銃弾飛び交う戦場で、「人殺しは犯罪だ」と叫んだところで、戦いが止むはずもない。


 迷った挙句、観察隊の後を追った。七緒も十四歳ギリギリまで『花』の咲かなかった遅咲きである。このまま黙って見過ごすには、忍びないと思ったのだ。


 砂丘を一つ越えたところで、早速異変に気がついた。煙が上がっていたのだ。

 駆け寄ると、墜落したホバーバイクが炎上していた。そばに隊員は見当たらず、子供達の影もない。


「何事……?」


 と、近くから悲鳴が上がった。急いでそちらの方角に向かうと、苔生した廃墟の片隅に、怯えた顔をした少年たちが蹲っていた。そのすぐ手前に、血を流した隊員が倒れている。そして少年達に覆い被さるように、廃墟の屋上から、巨大な影が顔を覗かせていた。その体躯は、悠に十六尺はあるだろう。


「あれは……!」


 巨大な鋼の骸……機械獣。

 鋼鉄の身体を持つ非生命体ロボットである。旧世代の科学者達の遺作で、遺伝子操作で産んだものを合成獣、機械に意識を持たせたものを機械獣と呼ぶ。《桃源郷》の外には、野生化した機械獣が数多く生息していた。だがどうも、様子がおかしい……。


「どう言うこと!?」


 七緒は目を見張った。見上げるほどの機械獣は、骨が剥き出しの、骸骨のような姿をしていた。全身が金属で出来ているのが機械獣の特徴だが、その個体は、眉間に美しいピンク色の『花』を咲かせていた。


 千日紅せんにちこう


 十時十都の胸に咲いていた、才能の『花』である。


「どうして!? 機械獣に花が……!?」

「助けてぇ! お姉ちゃん!」

「ぎゃああああっ!? 化け物だぁああッ!!」


 七緒に気がついた機械獣が、ギョロリと光る眼をこちらに向け、大地を揺るがす咆哮を上げた。

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