第37話 君がこの力をどう使うかは君に任せるよ
黒き虚ろより現れた<グラニ>と酷似した赤き車両。
曲線の装甲を持つ<グラニ>と異なり、鋭角的な装甲を持ち、コクピットブロックが右側に、主砲が左側に配置されているなど左右非対称だ。タイヤは六輪あるが、前より小径でありながら力強さを感じられる。
なにより赤き装甲が今までにない輝きを物語っていた。
『識別コード受信! うっそ、これ<グラニ>だ! <グラニ>と同じだ!』
<ラン>が驚くようにリコの手の中ではしゃいでいる。
イクトはリコに顔を向けるも当人は困惑気味に知らないと首を振るだけだ。
ならば確かめるのはただ一つ。
「乗り込むぞ!」
『あいあいさ~!』
イクトはリコを脇に抱えるなり、背面スラスタの力でもう一つの<グラニ>に飛び乗った。まるで引き寄せるようにコクピットハッチが起きあがる形で開く。中を見るなり瞠目する。操縦席はハンドルからコンソールとバディポットの位置すら<グラニ改>と全く同じことに驚いた。
『まだ争いを続ける気か!』
マスターコアが忌々しく吼える。吼え、粒子ビームを放ってきた。回避すらままならぬ中、着弾する寸前、もう一つの<グラニ>の赤き装甲が弾け飛ぶ。
『なんだと!』
敵粒子ビームは装甲が赤から青に変色するなりかき消される。
ビームアキュムレーターで吸引されたのではない。
文字通り消えたのだ。
飛沫粒子すら消えた事実は車体に立つイクトたちすら呑み込めない。
だが、乗り込むなら今だと操縦席に滑り込んだ。
乗り込もうとヘルメットを失ったイクトは外部カメラを介して外部映像を取得できない懸念があった。
だが外部映像は問題なく正面スクリーンに投影される。
リコを膝の上に乗せ、イクトがイグニションライフルⅡをスリットに射し込んだ時、メッセージが自動再生された。
『このメッセージを聞いているということは、イクトくん、君は無事、搭乗できたようだね』
聞き覚えのある声。
メビウス監獄で世話を焼いてくれた主任の声だ。
その声に一番に反応したのはリコだ。
「ぱ、パパだ! パパの声だ!」
「はぁ! あれタダシおじさんだったのか!」
どこかで聞き覚えはあったが、髭と髪がモジャモジャでまったく気づかなかった。間抜けだとイクトは自嘲する。
「まさかパパも惑星ノイに連れて来られていたのか!」
「って感心してんじゃねえよ!」
我に返ったイクトは自分のことを棚に上げてリコの後頭部を引っぱ叩いていた。
「仮にもMAの開発者が<グラニ>のスタッフ把握してないとかどんだけ抜けてんだ!」
「仕方ないだろう。<アマルマナス>にMAの情報を把握されてはダメだとMAスタッフとの交流は上から禁止されていたのだよ!」
リコは白い歯剥き出しにしてイクトに言い返す。
虎の子だからこその最重要軍事機密であり、スタッフ同士直に連絡を取るどころか顔合わせすら禁じられていた。
関係者の氏名すら隠す徹底ぶりだ。
「君こそボクを抜けていると言っておいて、パパと会いながらパパだと気づかないのは間抜けを通りこしてバカだろうバカ! や~いバ、痛い痛い! 懐かしいが痛い!」
リコの久々なバカ発言に頭きたイクトは後頭部を鷲掴みにしていた。
ギリギリと締め上げてはリコの悲鳴に懐かしさがこみ上げてくる。
『あ~もうどつき漫才はいいからメッセージ聞く!(うん、ポット移動して正解だったよ)』
安全圏の<ラン>が見かねて二人を止める。
気を利かせて音声と一時停止してくれたようだ。
『君に内緒で悪いが外の様子を知りたくてね、車両にセンサーをつけさせてもらった。あれこれ冒険しているね。いや前書きはいい。この車両は送られてくる<グラニ>の実働データを元に完成したもう一つの<グラニ>だ。その名は万能極戦闘型特殊換装車両MA01U<アームドグラニ>。君がこの力をどう使うかは君に任せるよ』
メッセージはそこで終わっていた。イクトは真新しいハンドルの握りながら瞳を閉じる。今一度託された力を何のために使うかなど答えは既に胸の中にあった。想いが猛る炎となっていた。
『うわっは~なにこれ、兵装は<グラニ改>と変わらないけど、全体スペックが三,四倍も上昇しているよ! ALドライブは<グラニ>と同じだけど各部エネルギー伝導率が見直されて各部に効率よく分配ができているよ! さらにコクピット内にボクの反重力システムを応用した慣性制御システムを搭載! 肉体の負担を驚くほど軽減させているときた! それに目を見張るは装甲だ! 換装するんじゃなくて、自己修復機能を応用して装甲を一度、意図的に破壊して新たな装甲を瞬時に再構築するみたいだ。さっきの攻撃で無事だったのも自動防衛機能が働いたからだよ!』
凄まじい性能に舌を巻くしかない。
ループ空間で突貫にて組み立てられた<グラニ>と異なり、この<グラニ>はある意味で完成された完全なる<グラニ>となる。
「リコ、プログラム弾はこのMA、<アームドグラニ>でも使えるのか!」
「今確認してる!」
言い返すより先にリコの指は中空に浮かぶ仮想キーボードを疾走していた。
背後から覗き込めばリコのまん丸眼鏡に情報が投影されている。
どうやら眼鏡型の情報端末のようだ。
「よし、やっぱり基幹システムは同じ! 問題なく使えるよ! まあ使えなくても使えるようにするけどね!」」
頼もしい相棒の発言にイクトがやるべきことは一つ。
舌で唇をぺろりと舐めては力強くハンドルを握りしめる。
「リコ、<ラン>、マスターコアに教えてやるぞ!」
「無論だ。ボクに何日も徹夜させた借り、ノシつけて返してやる!」
『敵マスターコアを<カオスグラニ>と呼称。フェイズⅣ超える脅威、フェイズEXと認定! 渾沌星喰車両<カオスグラニ>! さあ、究極の<グラニ>で相手してやる!』
三つの想いを乗せ、六つのタイヤが唸る。
『愚かな! そうやって争いを広げていくのが何故わからぬか!』
渾沌と究極、二台の<グラニ>が真っ正面から激突する。
惑星ノイの、あらゆる平行世界の命運をかけた最終決戦がついに幕を開けた。
黒き月を赤き車両が駆ける。
<アマルマナス>となった黒き月に浸食されず走行を続けられるのは、車輪そのものが電磁皮膜で覆われているからだ。
二台の車両は主砲より粒子ビームを撃ち合い、一進一退の攻防を繰り広げていた。
「モルくん、あの状態ではプログラム弾の効果は薄い! 君たちが追加したビームアキュムレーターのせいで粒子ビームは悪手だ。ならば攻撃に攻撃を重ねてボロボロのぼろ雑巾になるまで消耗させるしかない!」
MA故に強固な装甲がプログラム弾を阻害する。
加えて<グラニ改>を取り込んだだけにビームアキュムレーターがあり、粒子ビームは決定打と成り辛い。
ならばやるべきことは一つ。電磁皮膜装甲は強固であって無敵ではない。使用の度にエネルギーを消費する。よって実体弾兵装でボコボコにするのみ!
「<ラン>、一番から三番発射口に通常弾頭を順次装填、時間差で撃ち出せ! タイミングと追加攻撃は任せる!」
『リョーカーイ! なら四から六には徹甲榴弾で行くよ!』
「リコ、ホーミングレーザーの軌道計算任せた!」
「ふっふふ、もう終わっているんだな、これが!」
三位一体となった<アームドグラニ>。
的確に戦局を解析し、敵行動を高次元で予測する<ラン>。
人間でありながら瞬時に戦局に応じた細かな調整に応じるリコ。
そして、己の手足の如く車両を操り、敵車両から一打も浴びせさせないイクト。
対してマスターコアが駆る<カオスグラニ>は多でいながら個でしかなかった。
今、放たれた三つのミサイルが不規則な軌道で黒き大地に突き刺さり、爆発を起こす。
命中せずとも無数の破片がばらまかれ、<カオスグラニ>の横っ腹を叩きつけ、次なる行動を阻害する。
次いで突き破るように曲線描く光線が<カオスグラニ>の装甲と装甲の隙間に噛みつき、えぐり取る。装甲は瞬く間に再生されるも、完全に塞がる寸前を狙うかのように、新たなミサイルが襲来。貫通力高き先端が内側に深々と突き刺さり爆発した。
『おのれ! この程度で!』
マスターコアより応射の粒子ビームが放たれる。一つ、二つ、三つと枝分かれを繰り返しては生き物のように<アームドグラニ>に直撃する。だが、赤から青に変化した装甲が粒子ビームを弾き飛ばす。
『モードチェンジ! フォートレスモードからバスターモードへ!』
ノリノリの<ラン>が叫ぶ。<アームドグラニ>は黄へと色変わりするだけなく、両側面に車両の全長を越える巨大な砲身が露わとなる。
拠点破壊用の砲狙撃形態であった。
「弾道計算及び行動予測完了! 斥力アンカーOK! さあ、モルくん、トリガーを!」
「狙い撃つ!」
車両揺らす衝撃が身体を揺さぶった。解き放たれた二つの砲弾は吸い込まれるようにして高速で駆ける<カオスグラニ>に直撃。大規模質量弾を装甲は受けきれず、車両前面部が吹き飛んでいる。
『もう一発ファイヤー!』
赤熱化した砲身より第二射が放たれた。
砲弾は<カオスグラニ>に着弾する寸前、黒き飛翔体により遮られ爆散した。
『あ~もう黒き月からの隕石だよ!』
ステージが敵そのものだからこそ予測できた攻撃。
黒き月面が隆起し、岩の津波となって<アームドグラニ>に迫る。
精度の上昇したセンサーが<グラニ改>では捕捉できなかった黒き月の動きを確実に捕捉する。
展開されたスパイラルフィールドが黒き岩の津波を突き破った。
「くっ、黒き月前面に亜空間反応! これはヤバイぞ、モルくん!」
その最中、飛んできたリコの報告に第六感が危機を知らせる。
『同じく惑星ノイの衛星軌道上に亜空間反応を感知したよ! あ~これもうあれだよ! 亜空間利用して惑星と衛星の距離を縮めやがった! ショートカットする気満々だ!』
本当に最悪だなとイクトはほくそ笑む。
窮地だろうと何故か安堵が芽生えていた。
「僕の計算だと残り時間は三分! それまでに<カオスグラニ>を停止させなければこの世界、いや宇宙は終わりだ!」
ゲームなら時間制限は燃える展開だが、生憎、これは現実。現実の戦争だ。
黒き隕石に攻撃を阻害されたことで<カオスグラニ>は自己修復を終えている。
状況的にイクトたちは不利だ。
「こんな時は助っ人が来るのがお約束なんだが、現実は甘くないか!」
仮想キーボードに指を走らせるリコが苛立った。
その時だ。通信システムが外部からの情報を受信する。
『しゃっしゃっしゃ、呼んだかい、このあたしたちを!』
車内に流れ込む老若男女入り混じった声。
この声の主を知っている。忘れたくともインパクトがでかすぎて忘れられるはずがない。
『貴様らは!』
マスターコアの音声が歪む。
<カオスグラニ>より生える目が忌々しさを宿し黒き虚ろに向けられている。
『呼ばれて飛び出てメガドロンじゃい!』
超巨大な鮫が黒き虚ろより現れ、黒き月の鼻先に体当たりする。
『こんな石、鮫肌一つで押し返してやるわ!』
月の質量と比較して劣るはずが、その差を物ともせず黒き月の進行を抑え込んだ。
その鮫の名は――
「イナバク!」
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