第35話 寝るならベッドで寝ろ

 硬いゼラチンを突き進む奇妙な感覚が身体全体を覆う。

 車内にいながら全身を締め付ける感覚は不快係数を増す。

 瞬きすら億劫とさせソリッドスーツすら張子の虎だ。

『緩和フィールド展開! オーバーライド!』

<ラン>の電子音声が車内に響くなり、身体が重圧より解放された。

「ここが、亜空間なのか?」

 外部映像を取り込もうと、一見してどこにもありそうなサーバールームだ。

 広大過ぎる規模を除けば、である。

 チカチカと電子音を発する四角いサーバーが無数に並べられている。

 あまりの狭さに車両で進むのは無理だ。

「<ラン>、留守番任せた! 警戒範囲は広げておけよ!」

『分かっているって!』

 イクトは<ラン>に一言、釘を差してはイグニションライフルⅡを手に車外に躍り出た。

「重力、は、月と同じか」

 緩和フィールドの恩恵か、身体は思った以上に軽い。

 金属床を蹴るイクトは背面スラスターの力で進む。

 最重要施設にも関わらず人気はなく、アバターの管理者がいると思えば、影すら見あたらない。

 万が一の接敵に備え、警戒と銃口は緩めない。

 通路は一本道で迷わず進めているがセンサーではかれこれ五〇キロは歩いていると出る。

 センサーが一〇〇メートル先に動体反応を確認。

 動体反応のみを捉え、その目で直に捉えた姿に瞠目する。

「なっ、こいつら!」

 アバター代わりに現れたのは一つ目綿飴、フェイズⅠだ。

 イクトの姿を見るなり、飢えた獣の如く飛びかかってきた。

 何故いる、何故反応がなかったなんて疑問、今は考えるな。

「邪魔を、するな!」

 即座にソードモードにしてフェイズⅠを斬り裂いていく。

 数は多いが対処できないレベルでも相手でもない。

 だが本来なら一振りで滅していたはずが、このフェイズⅠは刃が通りずらい。

 それでも二振りでどうにか滅することができた。

 フルチャージ砲撃による一掃は施設を破壊するリスクがある。

 極力斬撃のみで対処して進む。

 奥へ、奥へと真っ直ぐ進む中、ひときわ大きな扉に到着する。

 するもスズメバチに群がるニホンミツバチのように無数のフェイズⅠが群がっていた。

 イクトの存在に気づいた一つ目綿飴が一斉に目を向ける。

 こっち見んじゃねえと悪態ついてはすぐさま<ラン>に通信を送る。

「<ラン>、攻撃支援! この地点にミサイルをぶっ放せ!」

『無茶言うなキミは! あ~もう! 施設内の耐久力を試算! そんで発射!』

 イクトが攻撃支援に踏み切った理由は三つ。

 一つ、真っ直ぐな一本道だったこと。

 二つ、周囲にサーバーのような機材がないこと。

 三つ、車はダメだがミサイル一発なら余裕で通過できる。

 四つ、あれだけのフェイズⅠに群がられながら扉は浸食されていない。

 一つ多かったと自覚するイクトだが訂正する暇はない。

<ラン>より着弾予測時間のカウントダウンがバイザー裏に展開されている。

 発射されたミサイル速度は地球産ミサイルが霞むマッハ五〇。

 直線距離でおよそ六〇キロメートル。

 着弾まで残りおよそ三〇秒。

 イクトは着弾寸前、身を床に伏せればプラズマ光波シールドを展開、ミサイル招来にて巻き起こる轟音と爆炎より身を守る。

『動体反応イクト以外なし。今更だけどなんで<アマルマナス>の反応がないんだ?』

「俺が知りたいっての」

 ミサイルを真正面から受けようと扉はやや焦げた程度で頑強さを物語っている。

 中に入ろうと入室にはパスコードが必要となる。

『はいはい、イクトが言う前に解析するよ、むむむぬぬぬぬ、ピキーン! はい、解除! ふ~ガチガチだけどボクの手にかかればこんなもんさ!』

 本当にこの手の事柄に限り<ラン>は仕事が早い。

 ものの数秒で解除してしまった。

 扉は音を立て左右に開かれる。

 そしてイクトは足を踏み入れた。

 狭い通路から一変、金属質の広き空間が出迎え、その中央に円塔の建造物が聳え立つ。

 恐らくだがこの塔こそメタクレイドルの中枢制御システムのはずだ。

 だがイクトは塔よりも、塔の前にいる<それ>に足を止めてしまう。 

 反射的にイグニションライフルⅡを構えて瞠目するだけだ。

「な、なんだよ、これ!」

 ボーリング球サイズの巨大な一つ目が粒子皮膜の檻に囚われている。

 生きているようであり、イクトの存在を関知してはギロリと睨んできた。

 まるで心の奥底さえ貫く眼光に怖気が走らぬ訳がない。

『おや、これまたびっくりだ』

 懐かしき声が空間に響く。

 あの黒き穴に吸い込まれ、離れ離れとなってから一ヶ月が経とうとしていた今日この日――

「あのな、びっくりはこっちの台詞だっての――リコ!」

 呆れ声でイクトはただ返すしかない。ようやく聞けた声に嬉しさがある、喜びがある、姿が見えぬ悲しみがある。様々な感情がない交ぜとなりヘルメットの中で表情をクシュとさせる。

『あ~こっち、こっち、キミの位置から右側のケースだよ』

 檻の中の一つ目は飛び出てくる気配がない。

 一先ずイグニションライフルⅡを下げたイクトは声に従うまま目線を向ける。

 距離からして一〇〇メートルほど。

 ロッカーのように並べられた棺桶サイズのケースがあった。

「寝るならベッドで寝ろ」

 ケースの肉視窓より覗く見知ったリコの姿にイクトはぼやくしかない。

『いやいや、これも立派な冷凍睡眠だからって再会を祝う暇はないんだ、モルくん』

 状況はよろしくないと直感したイクトはリコに耳を傾ける。

『互いの身の上話はこの際、省くとして、モルくん、今すぐあのマスターコアにこれを撃ち込んでくれ!』

 マスターコアなる発言にイクトは眉根を跳ね上げた。

(黒き月はマスターコアじゃないだと!)

 疑問は後だ。

 壁際のコンソールが開けば、せり出すようにアタッシュケースが現れる。

 手に取ったイクトが中を開けばカートリッジが入っていた。

 規格からしてイグニションライフルⅡに装填するものだ。

「これは?」

『このボクがアバターになろうと、ついに完成させた<アマルマナス>の活動停止コードだ! キミに原理は理解不能だろうが素粒子レベルのプログラム弾と言っていい。ああ、そうそう、使う時は止まれと強く念じて撃ってくれ。バリアは気にしないで結構。内を弾き、外から透過できるよう位相を調整してある。そのコードは素粒子を介して使用者の強い感情に反応する仕様なんだ。一発しかないからしっかり念じてくれたまえ』

 流石はお調子者の天才。

 亜空間に転移しながらも、研究を続けてきたのだろう。

『なにしろあのマスターコアは総括システムだけに厄介だ。連合軍がこことは別の亜空間に押し込もうとしたのだが、最後の足掻きにこっちの中枢まで侵入されてな、ギリギリで閉じこめたんだよ。そいつのせいで持ち込んだMA07<アレイオン>が廃車どころか喰われてしまった。あれ指揮官機だけに一番作るの苦労したんだよ』

 最後の七号機の行方がここで判明する。

 消去法的に可能性はあったが、ギリギリな状況だったようだ。

「それがフェイズⅠの群がっていた理由か」

『最悪なのは、このマスターコア、亜空間の構造を素粒子介して解析しては、亜空間に適合した<アマルマナス>を生み出したことだ。このままではメタクレイドルまで侵入されるから施設ごと空間隔離してたんだが、まさかのキミの登場でどうにかなりそうだ』

「どうにかなりそうって、アバターと言えども他の人いないのかよ?」

『あ~ね、ここはある程度自動化されているから、定期点検以外、基本、人の出入りはないのだよ。ボクのように開発で居座ったのを除いてね』

 アバターと言えども人がいない理由は案外呆気ないものであった。

『加えて、折角、活動停止コードを完成させようと、撃ちだす器機がないから膠着していたというわけだ。新たに作ろうにもリソース全部、活動停止コードに使っちゃったし~』

「そういうところだぞ~」

 世界が変わろうと、抜けているリコに変わりはないとイクトは苦笑する。

「ならとっとと活動停止させて地球に帰らないとな」

 やれやれとイクトは肩を回す。

 ラスボス登場だけに大規模戦闘を警戒していたが、事実は小説より奇なり。プログラム弾一発で終わりときた。責任重大の重圧は感じない。ただ信頼に応えぬ訳にはいかぬとイクトは相棒として行動するだけだ。

『そうだ。帰ったらすぐさま次の配信準備にかかるぞ! というわけでボクは解凍作業に入るから、後はよろしく♪』

 リコの気ままさは世界が異なろうと変わることがない。

 目の前に脅威が存在していようと、自分の成果物とイクトを信頼しているのか、声は穏やかだ。

「んじゃとっとと終わらせますか」

 イクトはカートリッジをイグニションライフルⅡに装填する。

 立ち打ちの姿勢をとれば、バイザー裏にターゲットマーカーが表示され、マスターコアをロックオンする。その距離、一〇メートル。引き金に人差し指を添える。呼吸を整え、ただ当てるよりも強く念じ続ける。止まれ、止まれと。

 背後からコンテナの解放音がする。それでも振り向かず、ただ真っ直ぐにターゲットから目を逸らさない。

 そして引き金を引き絞りかけたその時――

『イクト、そこから逃げてええええええええええっ!』

<ラン>から緊急通信が入るなり閃光と轟音が貫いた。

 そしてマスターコアを閉じこめる檻が爆発する。

 イクトは問い返す間もなく爆炎と衝撃に殴り飛ばされていた。

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