第25話 さあ熊VS戦車カラテを見せてやるよ!
イクトがこの寺院に来て、長いようで短い二週間が経った。
MA05<ギョクリュー>があろうと住人たちは極力頼らず、自らの手で生活を切り開いている。
ある者は畑を耕し、ある者は製鉄を行い、またある者は教壇に立って子供たちに勉強を教えると、各々が持てる知識と技術を活かした仕事に就いていた。
ほんの最近までイクトはその手に銃を握っていたが、今では鍬を握り畑を耕しては汗を流す。
<グラニ>に関しては素人であり作業マシーンもあってかイクトの出番がないからだ。
何か手伝える仕事はないか自ら買って出たのである。
身体を動かすのは良い。
無駄な雑念や過去の声が消える。
強い奴にケンカを吹っかけて殴り合う以上に生産的で効率的だ。
住人たちも当初は余所者だと距離を取っていたが、あれこれ仕事を手伝うごとに警戒は薄れ、今では気さくに話しかけてくる。
子供たちは子供たちで、休憩中になると押し掛けては宇宙の話をねだってくるときた。
月への旅行が一般的になったとはいえ、誰もが行けるのではない格差のある現実を話しながら痛感した。
『イクト、修理するだけじゃあれだしあれこれ改良しとくね』
予定では修理は三日で完了すると<ラン>から聞かされていた。
作業マシーンの導入により工程を短縮。
もし地球技術で行うなら軽く半年はかかっていたとイクトは読む。
ただ実際は、修理するなら改造しちまえとのノリで延びに延びるときた。
元々、メビウス監獄に放り込まなければ組み立てる時間すら足りなかった現状を踏まえれば、改造まで手を伸ばすのは妥当であろう。
それに<レッドラビット>との再交戦の可能性を考えれば改造はしとくべきだ。
そして今日、<グラニ>の改修作業はついに終わりを迎えた。
『イクト、<アマルマナス>フェイズⅠを五体確認! 相対距離一〇〇メートル!』
この日、コロニーの近隣にて実働テストを兼ねた<アマルマナス>の駆除作業を行っていた。
ついでに一新されたソリッドスーツを纏うイクトは宙を駆ける。
背面や足裏などに追加された超小型斥力推進装置の力で縦横無尽に空を舞い、一つ目綿飴を翻弄する。
『ターゲットロック!』
イクトは右腕を振り上げ、改良されたイグニションライフル、改めイグニションライフルⅡ・ソードモードを起動させた。
銃身に粒子の輝きが走り、すれ違いざま斬りつけた。
一つ目綿飴は表面に創傷が刻まれるだけで消失していない。
『交戦データ更新! どうやら以前交戦した個体と違って攻撃に対する耐性が高いようだ。恐らくだけど、個で受けた攻撃は全にフィードバックされる独自のネットワークがあるとボクは予測するよ』
ならば次なる攻撃に移ればいいだけの話。
先の斬撃でターゲットはマーキングされている。
バイザー裏に展開されたマーカーが全五匹の一つ目綿飴を掴む。
『ホーミングレーザー発射!』
ソリッドスーツの肩部装甲が跳ね上がる。
左右三つ、計六つの発射口より光の帯が放たれ、宙で弧を描いては吸い込まれるように一つ目綿飴たちを貫き、消滅させしめる。
更には逸れた一発が着弾した地面は黒き焦げを生むだけで飛沫粒子による二次被害の延焼を起こさない。
<レッドラビット>との交戦データをフィードバックした追加武装であった。
『へっへ、周囲に被害を抑えるために射出される粒子ビームを圧縮した結果、貫通力向上の副次効果が出たよ。これは嬉しい誤算だね♪』
歓喜の電子音声にイクトは淡泊に、そうかと返す。
仮にもAIなのだから、誤算すら計算していないのに半ば呆れていた。
次の瞬間、切り替わったように<ラン>の鋭い電子音声が響く。
呆れが気を緩ませた結果、接敵の反応に遅れた。
『イクト、左側面、八時の方向に敵性反応! 迎撃は間に合わない! 新装備で防御を!』
影が左斜め後ろから射した時、イクトは左腕を掲げていた。
左手甲部に追加されたひし形プレートに青白い光が走る。
プラズマのベールを形成しては熊のような<アマルマナス>の振り下ろしの一撃を難なく受け止めていた。
『フェイズⅡに対するプラズマ光波シールド稼働良好! 限界稼働まで残り一〇セコンド! 後、その熊をフェイズⅡBと呼称するよ!』
MA基本装備である電磁皮膜装甲を個人使用できるようダウンサイジングした防御装備である。
その効果は本家と遜色のない防御性能を発揮する一方で、車両から直接エネルギー供給されるのではなく、スーツ内蔵コンデンサーで稼働するため使用限界時間が設けられていた。
また手甲部から取り外しが可能であり、直に手で持つことも、投擲することで対象者を保護する電磁皮膜フィールドを形成することもできた。
これは粒子ビーム発射による飛沫粒子の被害を抑えるためのイクトからのリクエストであった。
『イクト、その装備じゃフェイズⅡ相手に荷が勝ちすぎているよ! 今度はこっちの番。さあ<グラニ改>に搭乗してくれ!』
真紅の車両は車輪唸らせ、フェイズⅡBを横から弾き飛ばす。ほんの少し前の<ラン>ならおニューの装甲が傷ついたと嘆いていたはずが小爪ほどの傷もついていない。
『さあさあ、キミにはこの<グラニ改>のモルモットになってもらうよ! 熊なのにモルモット! 熊なのにネズミ扱い! プークスクス、痛った!』
調子に乗る<ラン>の頭部をイクトは後方に手伸ばしては叩いて自制させる。
MA05<ギョクリュー>の能力によりMA01<グラニ>は装い新たに誕生した。
基本的なデザインは変化ないが大幅な改良が施されていた。
まずバディポットの専用ポットがハンドルからシートのヘッドレスト上部に移動したこと。
<ラン>曰く、効率良く情報処理をするためとあるが、どう見ても鷲掴みに対する自衛なのは目に見えていた。
次、主砲<バルムンク>の砲身下部にブレードが追加された。
これはスパイラルフィールド使用時におけるフィールドの中心軸となれば、砲身から熱を移行させる放熱プレートの役目も兼ねている。
もちろんのこと純粋な刺突武器としても使用可能な強度がしっかりと持たされていた。
『まずは牽制! 大気の減衰率も計算に入れて! ジョブジャブジャブ!』
フェイズⅡBに向けて<グラニ改>の両側面より機関砲が唸る。
外見こそ変わらないが威力と速射性が向上され、直撃を受けた熊型<アマルマナス>は着弾の煙の奥底より悲鳴を上げる。
のも束の間、着弾し続けながら黒き煙を突き破り<グラニ改>に肉薄する。穴だらけの身体から後ろ足で立ち上がれば異様なる威容さを露わとして吠える。鋭き爪を真紅のボディめがけて振り降ろした。
この距離なら撃てはしないだろうとあざ笑うように。
『ところがぎっちょん! アームテスト開始!』
爪先が真紅の車体に突き刺さる寸前、車体より飛び出た一対のロボットアームが熊の顔面を殴り飛ばす。
『さあ熊VS戦車カラテを見せてやるよ!』
「いや戦車カラテってなんだよ」
ハンドル握るイクトは冷ややかな目でツッコミを入れる。
テストであるため操縦権は<ラン>が保持したままだ。
人間の動きと遜色のないロボットアームがフェイズⅡBの鼻先に正拳突きを叩き込む。たじろぐ瞬間を逃すことなく続いては脳天への空手チョップが振り下ろされた。
『ほい、回し蹴り!』
車両は車輪の内輪差を利用して一回転。
生じた勢いによりタイヤを人間の足代わりとして、フェイズⅡBの鼻先を蹴り上げた。
「蹴りなのか、これ?」
もう何も言うまいとイクトは口をつぐむ。
精密さを有するロボットアームでの近接格闘は破損を考慮すべきだが、見る限り機能の破損はない。
現に倒れることなく掴みかかって来たフェイズⅡBの両爪をロボットアームは破損することなく掴んでいる。
押し込もうと押し込めぬ爪にフェイズⅡBから驚愕の色彩が眼より漏れ出していた。
車輪が唸る。熊の重量を物ともせず、そのまま押し戻す馬力を見せつける。当然、熊の姿をしているだけで本物の熊ではない。フェイズⅡBはアームに捕まれた両腕を支点にして飛び上がれば、後ろ足で真紅のボディに蹴り入れる。
戦車砲弾すら越える一撃は並の車体をスクラップに変えるほどの威力だろうが、この車両はMA。対<アマルマナス>用に製造された車両だ。
『ふっふ~ん、電磁皮膜装甲の動作を確認! ボディダメージなし! ちょいと展開箇所いじって、ダメージ受ける場所だけ展開できるようにしたもんね! これなら消費エネルギーも抑えられるし、その分、厚めに展開できて効果と燃費の両方を向上! まあ、仮にダメージ受けても、完成した自己修復機能が勝手に修復するから無駄無駄無駄無駄の無駄だよ!』
幾度となく重き蹴りを受けようと直撃の振動すら車体に届かない。ただ一頭の熊が無様に後ろ足を振っているしか見えなかった。
『さあさあ、最後のテストだよ!』
アームを力強く振れば、そのままフェイズⅡBを投げ飛ばし距離を開かせる。背面を力強く地面に打ち付けたフェイズⅡBは痛みに悶絶することなく起きあがり弾丸の如く<グラニ改>に迫る。
『疑似アンカー展開開始! 各斥力推進装置、光波推進装置、動作確認! 車両固定完了! チャージ!』
主砲<バルムンク>の砲口に光が集う。
本来なら発射反動による車体横転を防ぐため、アンカーを地面に突き刺し固定するのだが、改良された各推進装置で代用していた。
これは固定状態では無防備となる故の回避対策である。
『大気圏落下で使ったペガススの片翼は燃え尽きたけど、使用時に構造データをボクは会得している。後は<グラニ>レベルでも使えるよう調整して<ギョクリュー>の機能で追加したってわけさ』
もちろん本家本元と比較して推進力と航続距離は劣る。
それでも車体の最高速度向上と総合的な能力は上昇していた。
追加装備やスラスタ増加で全体的な重量と燃費も当然ながら上昇している。
ALドライブは半永久機関だろうと一度に生成できるエネルギー量には上限がある。
特に燃費に関しては継戦能力を高める画期的な機能が追加されたことで許容範囲となるも今回は相手が物理であるためテストを見送っていた。
『チャージフルマックス! さあ、イクト、ぶちかませえええええ!』
主砲<バルムンク>より柱と見間違えるまでの光の奔流が放たれた。
光はフェイズⅡBを呆気なく飲み込み、爪の一振りすら許されず消失させる。
『敵性体消滅を確認。あっはっは、フェイズⅡBよ、熊なのにキミは最高のモルモットだったよ! ん、あれ、あれれ?』
勝利に高笑いする<ラン>だが、光の奔流は収まらず、山々をなぎ払い消し去っていく光景に処理をフリーズしかけてしまう。
その距離、直線にして一〇キロメートル。幅に至れば一〇〇メートルである。
山肌は無惨にも刈り取られ、各所から黒煙が渦巻いている。
改良に改良を重ねられた主砲は凄まじいまでの貫通力と照射力を見せつけていた。
このまま放置すれば延焼を拡大し山火事を引き起こす。
『お、おおおお、次は何だ!』
光の照射が収まると同時、地面が揺れる。
まるで地中深くから何かが突き破るような振動だ。
『正面一〇〇メートル先! 高熱源の急速上昇を確認! 来るよ!』
消火作業を妨げるように出現した。
新たな<アマルマナス>との戦闘を身構えたが、現れた存在に度肝を抜く。
『これはまさか、温泉だ!』
天高く勢いよく噴き上がる温泉は雨となり山肌に燻る煙を消し去っていた。
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