第23話 イクト殿はお優しいのですね

 メタクレイドル計画。

 全ては人類を存続させるために。


「亜空間に退避、そうかメビウス監獄と同じ原理を利用すれば退避させるのは可能だな」

 基本骨子は同じなのだろう。

 ループしているか、していないかは別問題として。

 実際の応用順位は逆であるが、イクトが知るはずもない。

「拙僧と会うまで街を探索していたそうですね。家々を巡る中、腕時計型のデバイスを発見しなかったでしょうか?」

『あったよ。あれはなんなの?』

「あれは亜空間メタクレイドルに身体を送る転送装置となります。作動すればこことは違う空間に転送されるようになっているのです」

 ここで住人が一人もいない謎が解けるも、規模の大きさにイクトは舌を巻くしかない。

 他の地区へ人探しに赴こうと既に総出で転移した後であるためゴーストタウンのはずだ。

「事前の説明によれば、亜空間メタクレイドルは惑星ノイと異なる環境故、生身の身体では呼吸すらままならず、空間そのものが生み出す重圧に押し潰されてしまうリスクがあるそうです」

「それ危険じゃないのか?」

「はい、ですから肉体を凍結保護する施設でリスクを回避するそうです」

『なるほど、それでクレイドル(ゆりかご)って名付けられたわけか、種を保存する観点で見ればこれほどぴったりな名前はないよ』

「でもよ、亜空間を管理するにも<アマルマナス>が亜空間に侵攻してきた時にも動ける人間がいないと意味ないぞ?」

「ええ、ですから肉体を凍結保存する一方でデータによる疑似的な身体、アバターを使用することで亜空間内でも遜色なく活動できるそうです。どうやら本当の身体さえ無事ならアバターがあまるまなすに襲われようと、瞬時に再構築するとか、一応はこちらの世界にも足を運べるそうです」

 チリリとイクトの脳裏を違和感が焦がす。

 ホウソウから嘘偽りは感じない。

 ただ、仮にアバターが破壊されようと亜空間の本体が無事なら復活できる、点に違和感が胸を揺るがしていく。

「まるでゲームの無限コンテニューだな」

 何気なく呟いた自身の発言にイクトは舌を固まらせた。

「そうか、それなら納得できるし辻褄も合う」

 意味深に呟くイクトに<ラン>は人間が首を傾げるように球体ボディを傾けている。

『どうしたのイクト?』

「あのウサギ野郎とのやりとりを思い出したんだ。あれだけの高速機動、ソリッドスーツ着ていても肉体にかかる加速や旋回Gの負荷は相当キツイはずだ。バディポットなしのあいつからそんな素振りは見えなかった。なら、あいつがアバターと仮定すれば身体の負荷を無視した高速機動に辻褄が合う」

 なんであろうと人間一人に生命は一つ。

 だが、アバターならば死のうとコンテニューできる。

 コンテニューできるから、どんな危険も遊びで片づけられる。死のうとただゲームオーバーになっただけ。コンテニューすればいい。生命の価値まで現実世界に置き忘れてきたようだ。

「それにアバターで活動できるのに、誰一人街に戻ってこなかったことこそ現状の答えだろう」

「その通りでございまする」

 ホウソウの表情は重く、声は苦い。

 遜色なく現実世界で活動できるならば、亜空間に転送後、アバターで元の生活を送っているはずだ。

 送らない理由はただ一つ。

<アマルマナス>の脅威蔓延る世界を見限り、亜空間を第二の惑星ノイとして定住した。

「拙僧、あの日のことは今でも瞼を閉じれば否応にも思いだしまする」

 語るのは全人類亜空間転送の日。

 ホウソウもまた亜空間への転移を受け入れた一人。

 亜空間に転移しようとその心は変わらず、己を磨くことに励むのみ。

 だが、胸騒ぎがしたことで転移を拒否しては一人街に繰り出した。

「確かに大勢の住人たちが一斉に転移しました。ですが、中には転移にかこつけて家族を捨てた者たちもおりまして、拙僧、居ても立ってもいられず、街中を駆け回っては残された方々を山寺に保護した訳でございまする」

 聞き取りにより判明した家族に切り捨てられた理由。

 男なんていらない。九〇点しかテストで取れない子は我が子ではない。女がよかった。走れない子供なんていらない。飲んだくれの無職はいらない。子を生めぬ伴侶はいらない。種のない男はいらない。料理すらまともに作れないのはいらない。出来損ないの長子はいらない。子供なんて本当はいらなかった。

 いらない。いらない。いらない。いらない。

 こんなの――いらない。

 だから、捨てる。捨てた。捨ててやった。

「ふざけやがって!」

 イクトは感情を爆発させては床板に拳を叩きつけていた。

 どいつもこいつも身勝手すぎる。

 子供を、生命をなんだと思っているのかと義憤が胸をかき乱す。

 誕生させておいて、一つの生命を否定する。

 自分が望んだ成長をしなかった。望んでなかったからと重荷を捨てるような感覚で家族を捨てるなど身勝手すぎる。

 自身の両親の影と否応にも重なった。

「亜空間に乗り込んだら、そんなクソ共、<グラニ>の大砲でぶっ飛ばしてやる!」

『イクト、落ち着きなよ。今、怒りをぶつけても意味ないって』

「イクト殿はお優しいのですね」

「俺が、優しい?」

 気をてらってイクトは一瞬だけ怒りを忘れてしまった。

「誰かのために怒ることなどそうそう簡単にはできませぬ。いえ、こうして出会ったばかりですが、イクト殿は誰かのために行動し続けてきたのがなんとなくですが見えるのです。そうでなければ見ず知らずの子供たちを助けるなどありえませぬ」

 子供たちを助けたのは単に情報源とするためだ。

 言い方によるが恩着せがましく情報を得るのが目的であった。

「俺は別に無償の善意で助けたわけじゃない」

「それでいいのですよ。世の中、持ちつ持たれつの助け合いですぞ。助けられたからこそ助ける。助けるからこそ助けられる」

「仮に善意を踏みにじる輩がいるとしてもか?」

「因果は巡るもの。人間というのはどうしようもない時こそ、最悪な不幸が訪れるものです。その時、去っていくか、手を差しのべてくれるかで、その者の徳が判明するのです」

 イクトは何も答えない。ただ顔をうつむかせたまま唇をきつく噛みしめる。

 自身の過去を思い出したからだ。

「昔の俺ってケンカは強いが成績は最下位のおちこぼれだったんだよ」

 遠い目をしたイクトは震える唇で語り出した。

 父母共に難関大学を卒業したエリートであり、たった一代で事業を世界で五指に入るまで成長させた経営者。

 父母の親族揃って政治家、弁護士、官僚、医師、プロスポーツ選手、金メダリスト、大物芸能人、人間国宝とエリート揃い。

 イクトもまた後継者として一族から将来を期待されていた。

 実際、蓋を開ければ無能の申し子であった。

 お受験もダメ、英会話どころかアルファベットすらまともに言えない、勉強を教えようと意味がない価値がない。

 成長の見込みのない息子に両親が見切りをつけるのは当然であった。

 里子に出すか、施設に入れるかと、両親の会話は今でも耳に張り付いて消え失せない。

 結局は世間帯を気にして一軒家に家政婦と共に押し込んだ。

 表向きは小さき頃より社会を学ばせるため。

 実際は放逐であり、一年に一度、顔を見に来る程度。

 一方で本邸の敷居を跨がせないなど実質拒絶していた。

 放逐された息子は小学生の頃よりケンカに明け暮れる日々。

 学力を理由に親から放逐された子が肉体を動かす才に恵まれていたのは皮肉であった。

 ここでサッカーなり野球なりスポーツをさせていれば、人生が違っていたのかもしれない。

 両親が望んだのは後継者として学力に秀でた子でしかない。

 結果としてできあがったのは下手な上級生より強い下級生。

 あいつに手を出すな。ぶっ飛ばされるぞ、と疎外されていた。

 イクトからすれば別段、日々ケンカに明け暮れたかったわけではない。

 最下位を脱せんと勉学を重ね、教えを請おうと、どこが分からないのか、どこから手を着ければいいのか分からない。分からないからイライラムカムカが蓄積した結果、人間に当たり散らす。それも弱い者に対してではない。自分より強い奴にケンカをふっかけ、殴り合う瞬間がストレスから解放される、気がしたからだ。

 教師や両親はイクトをいないように振る舞う。

 相手にするのは、家政婦やケンカを振った、振られた相手ばかり。

「そんな俺を変えてくれたのはリコだった」

「りこ、ですとな?」

「自信過剰でお調子者の幼なじみさ。そいつ、運動神経はからっきしダメだが、大人顔負けの知識を持つ天才なんだよ。天才故か、周囲から妬みやっかみと疎外されていた。実験を邪魔する。数式の書いた紙を破くとか、そんなことする奴らが気に入らんから殴り飛ばしたらなんか懐かれてな。お礼と称して勉強を教えてくれたんだ」

 驚くことにリコの教え方は穴を埋めるように上手であった。

 後は真綿が水を吸い込むように、イクトの成績は上昇する。

 リコ曰く、キミがバカなもっともな原因は教える側がヘタクソだったこと。ただこの問題を解け、やり方は自分で調べろ、教えてもらわなくても自分はできた、ならお前もできる、こんなこと一回で覚えろ、できて当たり前だという前提で教えているバカは知らずにバカを生産しているのだよ。

 一言多かった。

「もちろん、急に成績あがったもんだから親教師共々カンニングを疑われたよ。そうしたらリコがブチ切れて猛抗議、教師に授業の仕方をダメだし。とどめに放課後の勉強会を開いたんだよ。あらびっくり、参加者全員の成績が鰻登り。俺の成績について誰も文句は言わなくなったな」

 理解不能だと顔面蒼白の両親や教師の姿は今でも忘れられない。

 不正なく正攻法で成績を上昇させたことで誰も糾弾する者はいなくなった。

 両親は両親で疎ましい失敗作と突き放したまま褒めもしない。

 できて当然だと風潮を今なお崩さず、テストの点数が一点でも落ちればやかましい説教のち殴り合いだ。

 気分屋な両親に情は当に冷め、今では路傍の石として会話すらしていない。

「中学に入った時、リコの奴、あ、ごほん、海外に留学してくるとか突然いなくなっちまった。三年ぐらいで帰ってくると思えば、学位修めて卒業してきたとかで二年で帰ってきやがった」

 海外の飛び級制度を利用して大学院まで卒業していたとのこと。

 帰国後は、在籍していた学校に戻り、取得した特許の使用料で、のんびり学生生活を謳歌していた。

「それからだよ。事件が起こったのは……」

「事件、ですか?」

「一年前、リコの父親、タダシさんが失踪した。事件か事故か原因は今でも不明だ」

 天才という一般とは抜きんでた才覚を受け入れ、認めてくれた家族。

 本来、我が子に飛び抜けた才覚を知れば、最初はただ歓喜する。だが時間と共に、異常さを抱くようになる。違いすぎて本当に我が子なのかと疑心暗鬼となる。そして異物として排斥する。

 そのような事例があるとリコから聞き及び、自分は周囲の人に恵まれて幸運だったと語っていたのを思い出す。

「あの人、タダシさんはけっこう有名な物理学者でね。リコはあの人の影響を多く受けているんだ。だから、あの人が失踪したと知った時は、お袋さん以上にショックを受けていた」

 三日ぐらい、寝食に至れぬほど傷心していた。

 食事を作ろうとまともに食わず、死んだ魚の眼で日々を過ごす。

 どうにかゼリー飲料だけでも無理矢理口に含ませ延命させた。

「けど四日目ぐらいで元に戻れば、俺の部屋に押し掛けて動画配信するぞとか言ってきたんだ」

 イクトは幼なじみの機微としてリコの行動原理に気づいていた。

 もっとも口に出すのは野暮であり、リコの父親には世話になった過去もあってか助手として手伝うようになった。

「動画を配信することで、どこかにいるであろう親父さんに見えてもらいたかったんだろうよ」

 今ではサイエンス配信者として有名になろうとも父親は行方知れず。

「そうしてどったんばったんな配信を繰り返していた日、配信中に突然現れた黒い穴に吸い込まれて、こんな場所にいるって訳よ」

 なりゆきから事の顛末まで話してしまった。

 喜んで聞かせる話でもないが、ホウソウは口を挟むことなくしっかりと聞いてくれるのは懐の深さ故か。

「なるほど、イクト殿は、リコ殿を探しておられるのですね」

「手がかりは今でも掴めていないけどな」

 喋りすぎたとイクトは温くなった緑茶の残りを喉に流し込んだ。

 温くなった緑茶は渋みと共に喉を通り抜けて乾きを潤す。

『ねえねえ、和尚さんはどこでMA05<ギョクリュー>を手に入れたの?』

 一対の電子アイを明滅させながら<ラン>が本題に踏み入った。

「落ちてきたのですよ」

 意外な返答にイクトと<ラン>は目を見合わせる。

 託されたのではなく落ちてきた。

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