第18話 あれは愛を知らぬ哀れなモンスターさ

『まあ意識伝達の効果はなくただ純粋にエネルギーを得るためのもんだから、取り込まれることも意識を伝達されることもないから安心しな』

「そうか、だからメテオアタッカーは<アマルマナス>に対抗できたのか、いや、対抗できているのか」

 今思えば合点が行く。

 敵は素粒子レベルの存在だ。仮に器を倒そうと、本体である素粒子が存在している限り、新たな器を得て再稼動する。

 故に素粒子に干渉できるのは素粒子のみとなる。

『まあ対抗はできても殲滅は現状、不可能だよね~。七機全部揃ってても無理だと思うよ? だってさ、あたしたちぶっちゃけ素粒子の集合体だよ? 化石とかケイ素とか人間とか、単に融和の器なだけよ? あっちゃこっちゃいるのよ? 確かにシステムを統括するマスターたるコアはいるし、あるけど、当然、素粒子サイズだから海に落ちたコンタクトレンズを見つけて割るほうが簡単なレベルよ?』

 鮫は倒すのは可能でも殲滅は不可能だと宣告する。

『敢えて分けて言うけど、あれは愛を知らぬ哀れなモンスターさ』

「愛を知らぬ哀れなモンスター?」

『そうだよ。誰彼構わず一つにすれば解決とか、誰かを何かを知ろうとしない証明だよ。解答を取り込みながら、その解答を不和の一つとしか学ばなかった。いんや、理解し知ることができないから、一つにする解決法しか知らないが、正しいかもね』

「ならお前たちが同族同種として教えてやればいいだろう?」

 鮫はイクトに対して鼻先で笑って返すだけだ。

『な~んであたしたちが教えないといけないのよ。あんな奴らに教えても意味ないっての。知らない奴らには知ってる奴らが直に叩き込むのが一番なのさ』

「さっぱり分からん」

『あひゃひゃ、独り身にはぜってーに分からないことさ』

 鮫は渋面作るイクトを笑う。またしても笑う。そのまま巨体を大きく反転させては、尾鰭の先端に<グラニ>を乗せてきた。

『いんや~久々に別の個体と話せて色々と楽しかったよ。お礼と言っちゃなんだが、その車が修理できる場所まで届けてやるよ』

 浮遊感が車内に包まれる。修理の言葉に胸躍りかけるが、第六感が嫌な方向性を告げてはイクトの胸をかき乱す。

『え~っと方角はあっちでいいかな。あ~うん、だいだいあっちね』

 浮遊感がさらに増す。次いでなおざりな鮫の発言に寒気が走る。

 送り届けると言った。だが、車両の位置が尾鰭の上であることから送り届ける手段など一つしか浮かばない。

「おい待て、待て! その背に乗せて送り届けるってオチじゃないのか!」

『な~んでそんなめんどーなことせなあかんのよ。陸までかなり距離あんのよ? こっちのほうが手っ取り早いの!』

 鮫は止まらない。止められない。加速Gを身体で感じた時には大海原を突き抜け、大空を舞っていた。

『んじゃ縁があったらまた落ちてきな。そん時はおみやげに牛一頭よろしく! A5で頼むよ! 焼き肉にするから!』

「誰がするか、やるかボケ鮫! こっちがフカヒレにしてやるわ!」

 通信機越しに届く鮫の声にイクトは恨み節をぶつけるしかない。

 海中でいかにして焼き肉にするのか、なんて興味、抱ける状況ではなかった。

『誰がボケ鮫だっての。あたしたちにはイナバクって名前が、あ~そういえば喋るのが楽しくてすっかり名乗るの忘れてたわ、しゃっしゃっしゃ!』

 鮫の自嘲は遠ざかる。漂流していた海もまた遠ざかり、視界が青から緑に変わっていく。

『あ、そうそう、その状態じゃ着地は難しいだろうから、しっかり落ちても大丈夫な地点に向かって投げたから安心していいよ~た・ぶ・ん・ね!』

「安心できるか!」

 これが鮫、イナバクとの最後の通信となった。

『うわわわ、い、イクト、地表との相対距離が縮まっているよ! 何かしらの行動を取らないと激突だよ!』

<ラン>が慌ただしく電子アイを瞬かせる。

 バディポット故に激突の解決策を算出しているはずだが、<グラニ>が五体不満足だからこそ減速など行えない。

 大気圏降下時とは状況が違いすぎた。

『激突! ドライバーは対衝撃用意!』

 全身を貫かんばかりの衝撃と凄まじい揺れが車両裏から突き上げる形で襲い来る。

 遊園地の絶叫アトラクションすら生ぬるく、強制的にカクテルシェイクされるのをその身で味あわされる。

 車両が二転、三転と横転するのを身体で感じ、最後に大きく傾きかけるも、正面を向ける形でようやく停止した。

『か、辛うじて生きてたサスペンションが衝撃を吸収したようだね』

 冷や汗を流すかのように<ラン>が報告する。

 イクトは尽かさず、周辺の索敵を指示した。

 カメラで外部を確認したくとも着地の衝撃でノイズが走り不可能となった。

『周辺にFOG改め<アマルマナス>反応なし。周辺をサーチ。どうやら街にある公園に落ちた、ようだけど、ん~』

 電子音声がすぼまる<ラン>にさらなる報告を求めた。

『太陽の角度からして時刻は昼頃、周辺建造物に戦闘痕なし、安全を確認なんだけど』

 搭乗ハッチのロックが軋む音を上げながら解除される。

 イクトはソリッドスーツの力で押し上げては車外から顔を出した。

「世界は違っても普通の公園だな」

 目視での確認を怠らぬイクトは右手にイグニションライフルを掴む。

 バイザーを介して映る光景は文字通りの公園。

 滑り台に砂場、ブランコとオーソドックスな遊具がある公園である。

 唯一の違いは、敷地内にえぐれたような落下痕が<グラニ>にまで続いていることだ。

「おかしくないか?」

 今一度周辺を見渡したイクトは意味深に呟いた。

 ぞわりと言語化できぬ怖気が体温を下げる。

「<ラン>、サーチは?」

『続けているけど、人っ子一人もひっかからないよ!』

 街のど真ん中に空から車両が落ちてきたならば騒動となるはずが、誰一人野次馬として現れない。

 周囲を見渡そうと、バイザー内蔵の望遠機能を使って建造物内を覗こうと人影すら捉えられない。

 街は不気味なまでに静まり、ただ鳥の羽ばたき音だけがする。

『どうして人っ子一人いないんだよ!』

<ラン>の電子の叫びは青き空に吸い込まれては消えた。

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