第16話 器の垣根を越えて繋げる者

「そうして今に至ると」

 何度思い返そうと腹立たしい。

 無事、減速による着水に成功しようと次に待ちかまえていたのは漂流である。

「このまま一生、海を漂い続けるのかね」

 漂流生活がイクトに諦観を抱かせつつあった。

 現状を打破するために足掻こうと構造的に脱出も離脱もできない。

 飢え死ぬだけマシだろうと精神が死んで行くのは時間の問題。

 運良く通り過ぎた船が引き上げてくれる、なんて幸運、起こるのはドラマの世界だけである。

『むむむっ、ピコーン!』

 今まで沈黙を保っていた<ラン>が唐突に起動し電子アイを輝かせた。

『イクト、なんかチョーでかいのが近づいているよ!』

「クジラか? それとも潜水艦か?」

 イクトはすぐさま外部カメラを起動する。

 クジラなら退屈しのぎで心の癒しになろう。

 潜水艦なら救援の可能性がある。

 メテオアタッカーという対FOG車両が大気圏を突破し海原に落ちた。

 その探索に連合軍から派遣された潜水艦だと踏まえれば妥当だった。

『ザンネ~ン、クジラでも潜水艦でもないんだよね、これが~!』

 通信機にノイズが走る。

 唐突な老若男女入り交じった声にイクトは顔をしかめては目を白黒させる。

 外部カメラに円らな目が映る。

 乙女の柔肌が好きそうな鋭利な歯が映る。

 水面を切り裂く背鰭が映る。

 辛うじて生きているセンサーが音声の発生源である物体を捉えるも、推定全長は100メートル、異常なまでの規格外にイクトはシステムの故障を疑った。

「まさか」

 サイズ関係なくその容姿に連想される生物など一つしかなく、脳内で定番BGMが勝手に再生される。

『通りすがったメガドロンじゃ~い!』

 シロナガスクジラすら劣る巨大すぎる鮫が映りこんだ。

 メガドロン。

 確か大昔の海に生息した超大型鮫だと記憶していた。

 惑星ノイにもいたのかなんて感慨深げとなる状況ではない。

 この鮫、喋るぞ。

『やあやあ、面白そうなのが海に落ちてきたから海の底から来てみれば、随分とまあズタボロのぼろ雑巾じゃないの? 新車に気分上昇かと思ったらボッコベコンの廃車にされて意気消沈。あ、実際は海に沈没だよね。あひゃははははっ!』

 その口調はまさに親戚に一人はいそうなマシンガントークおばさん。

 巨大すぎる偉容さとは異なる陽気なおしゃべりは異様さを滲み出している。

 鮫が獲物を捕って喰らう気ならば当に喰らっているはずが、実際はイクトが面を喰らっている。

 逃げも隠れもできぬ状況だからこそ格好のチャンスだが、壊れたスピーカーのように喋るだけでかじりもしない。

「この惑星の鮫ってしゃべ、るん、だな」

 目を点にしたイクトはどうにか声を絞り出す。

 翻訳機は機能しているが、人語を解析するだけであって犬猫動物の言葉を翻訳する機能は組み込まれていない、はずだ。

『イクト、惑星ノイに人語を話すのは人類しかいないよ。当たり前だけどさ』

<ラン>は音声に若干の困惑を乗せながら倒置法で指摘する。

 そのニュアンスは犬だからワンと吼えるようなものだと。

『あたしたちゃただの鮫じゃないからね。そりゃもう何億年も生きていれば、この鮫肌みたいに人間の言葉ぐらいペラペラシャープにいけるのさ~』

 凄まじい高齢な鮫なのは把握できた。

 ただ一方で、解せない点もあった。

 あたしたちと複数でいながらセンサーとカメラが捉えているのは巨大鮫一匹である。

 故障しているならば仕方ないが、機能は死んでいない。

「それで? その鮫が俺たちに何の用だ? 無様に漂流している俺たちを笑いに来たのか?」

『先に笑ったからそれはもう済んだよ。あひゃっひゃひのひゃ!』

 鮫は再度口端歪めて笑う。神経を逆立てる鮫の口内に砲弾をぶち込みたい衝動に駆られるイクトであるが全武装が死んでいるため断念した。

『な~に、単純なことさ。対FOG兵器であるメテオアタッカーってのがどんなものか、FOGとして気になって会いに来ただけさ』

 耳を疑う鮫の発言をイクトは翻訳機の故障かと疑った。

<ラン>に顔を向けるも球体ボディを首振るように左右に動かし、故障ではないと否定する。

「ふぉ、ぐ、だと」

 言語を発するFOGに緊張が走り、イクトの喉を急速に渇かしていく。ハンドル握る手が震える。

 鮫に敵意は感じられない。

 いやメビウス監獄で追い回したFOGとて敵意や殺意すら感じなかった。

 陽気に弾む声の奥底に本心たる牙を潜ませていると警戒するのは当然であった。

『出現前に濃霧が立ちこめること、初期の奴らが化石を器にして活動することから滅びし生物たちの復讐、化石の復讐(Fossil gradge)とかけてFOGとは、ダブルネーミングスだけど、それはあくまで惑星ノイの人間たちが勝手につけたコードネーム。そもあたしたちゃーケイ素ですらないんんだけどねー』

 イクトの警戒を余所に鮫は意気揚々と語る。ついでに鼻歌さえ交えて尾びれをフリフリ躍らせると緊張感の一欠片もない。

「なら何者なんだ、お前は?」

 どうにか絞り出した声でイクトは鋭利に問う。

『はぁん、お前? 違うね! そこは、お・ま・え・た・ち! だよ!』

 鮫は無礼なイクトにただ笑う。

 鋭利な歯を見せつけては笑う。

 お前呼ばわりされた程度で怒る腹は持たぬと器の違いをカメラ介して見せつけてくる。

 そして鮫は己らが如何なる存在か語る。

『我らは命散る戦場に永久の花を芽吹かせる者。器の垣根を越えて繋げる者。争い分かりあわぬ者たちに融和への変革を促すものであり、霧(FOG)でもなければ化石でもない。我らの名は<アマルマナス>。遙かに遠き惑星にて紛争根絶のために生み出された素粒子型意識共有領域制生成システムである』

 語り終えた鮫は一息つくように巨大な口から大きな気泡を吐き出した。

 そのまま海流に乗っては流れ、そして弾けては消える。

「そ、素粒子、アマルマナス、だ、と」

 イクトは軽い目眩に襲われていた。<ラン>は危うく情報過多でシステムダウンしそうになった。

『あ、素粒子って分かる? 分子とか原子は分かるよね? 原子ってのは元素の特色を失わない範囲で達し得る最小単位の微粒子だよ。そんで原子の中心に原子核があってその周りを電子が回ってんの。例えばメテオアタッカーの語原となった隕鉄の鉄(Fe)。元素番号二六の遷移元素だね。原子番号は分かるよね? ふつーに学校で習うし。二六ってのは鉄の原子が二六個の陽子と二六個の電子があるって意味なのよ。これが一つでも違うとマンガンになるしコバルトにもなる。んで、素粒子ってのは物質を構成する最小の単位。それ以上分割不可な粒子なのよ。分子より小さいのが原子で一億分の一センチの原子より小さいのが原子核が一兆分の一センチ、その原子核より小さいのが陽子、そしてそしてその陽子より小さいのが素粒子。小さいもんだから並大抵の装置ではすり抜けちゃうし仮説を立てても発見しづらい。発見できないなら証明できないとの同じ』

 緊迫感がバカらしくなるほど鮫はまたしてもマシンガントークを開始する。

 話し上手は聞き上手だと言うが、目の前のジョーズはどう聞いても相手に一方的に言葉を押しつけるだけでお世辞にお上手とは到底思えない。

「ラン、要約!」

『要はFOGの本名はアマルマナス! その正体は遠い宇宙から惑星ノイに現れた意識を繋ぐ共有スペースを作るシステム!』

 流石、バディポット。イクトにもわかりやすいように素粒子をすっ飛ばしながら短くまとめてくれた。一方、イクトは何故、ただ人の意識と意識を繋ぐシステムから人を取り込み喰らう化け物になるのか解せずにいた。

 特に自分たちもまた同類であると喋る鮫もだ。

『お? その顔、なんで人と人の意識を繋ぐシステムが人を襲う化け物になるか理解できない顔してるね~』

 外部カメラを介して鮫が円らなお目めをグルリと動かしてはまたしても語り出した。

『むかし~むか~し、この惑星より遠く凄まじくとお~い光年なんて目も眩むちょ~遠い宙域にとある惑星がありました』

 映像データが鮫より送信される。

 それはとある惑星の映像。

 赤と青、瞳の色が違うだけで争い続ける人々の映像であった。

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