第14話 ヒヤヒヤさせやがって!

<レッドラビット>はメインスラスタを吹かして拘束から逃れんともがいている。

 高速機だけに推力に物を言わせると思えばらしくなかった。

『ふっふふん<レッドラビット>はね、最初の一歩が肝心要っていうように、初期加速が出せないと超絶なまでの高速性能を出せないのさ!』

 敵機システムに侵入を続ける<ラン>が勝ち誇ったようにない鼻を鳴らす。

『クッソが! 離れろっての!』

『おいおいそりゃないぜ、散々デレデレと追いかけ煽っておいて今更ツンツン離れろとかそりゃないだろうよ!』

 煽られたからこそ逆に煽り返すイクト。

 ここが大気と重力のある地上なら今すぐハッチを開けて敵機に殴り込んでいただろう。生憎にも互いに密着状態であるためハッチは塞がれている。攻撃しようと接触状態である。攻撃の余波は容赦なく撃った側にも及んでしまう。

『なんだってええええええええっ!』

 システム侵入を続けてきた<ラン>から絶句が迸る。

 間髪入れることなく<レッドラビット>を抑えこんでいた小惑星が立て続けに爆発。<グラニ>のセンサーが遠方から飛来する複数の熱量を関知。ミサイル攻撃だと気づいた時には小惑星は粉々に破壊され、爆発の余波が敵機の離脱を助けていた。

『なんで<ウセ>がいないの! システム領域がまるまる空白じゃないの!』

「留守なのは分かったからどっからの攻撃だ!」

 舌打つイクトは爆発の余波で舞う<グラニ>の姿勢制御を試みる。

<ラン>は驚きを完全に処理し切れていない。だからイクトはハンドルやパネルを操作しては大きく左右に揺れながらも車体を安定させていた。センサーが新たに複数の大型熱源の接近を捉える。

 流れから大型ミサイルが飛来したかと警戒するが、望遠カメラが捉えたのは宇宙に浮かぶ鉄の艦隊だった。

 その数三〇。SF映画に出てきそうな近未来的なフォルムを持ちながら砲塔や艦橋の位置がそれぞれ異なるなど整合性が欠けていた。

 全艦の砲塔が動く。車内にアラートが鳴り響く。

「レーザー照射だと! くっ、ロックオンされた!」

 夥しい光量が漆黒の宇宙に帯びを描く。

 イクトは間髪入れず<グラニ>を走らせては小惑星群を盾にして迫る光の帯から逃れようとする。

『あ~もう、なんだよ、こいつら! 惑星ノイからの救援じゃないぽいけど!』

 どうにか立ち直った<ラン>が新たに現れた艦隊の解析に入る。

 イクトが、この世界の知識に疎いからこそ、どの勢力か解析するのはバディポットの仕事だ。

 データベースに照合結果が出ようと<レッドラビット>と同じく一部が異なっている。どれもが惑星衛星間で使用される民間運搬船のようだが、艤装が施されていた。一方で全艦の共通箇所を発見した。

『あの艦隊、どれも<レッドラビット>と同じ骸骨のエンブレムがあるよ!』

「つまりそういうことかよ!」

 お揃いのエンブレムが意味するのはただ一つ。

「てめえの仲間か!」

『仲間? はぁん! 部下だっての!』

<グラニ>のセンサーが左側面からの接近を報告した瞬間、イクトは横からの衝撃に身体を激しく揺さぶられていた。

<レッドラビット>の横っ腹の体当たりだ。加速していたからこそ横からの衝撃は痛い。<グラニ>は装甲片をまき散らしながらピンボールの如く弾き出され、別の小惑星に車体を激突させていた。

 車内のイクトは激しく頭部を揺らしながらもソリッドスーツの恩恵にて意識喪失は免れる。

 だが車体は激突の衝撃で表面装甲に枝分かれの亀裂を走らせていた。

『あ~あ~多少の傷は諦めるが、ここまでボコボコだとパーツ取りにしか使えないな!』

<レッドラビット>が光の尾を引いては距離を取ってきた。

 底面の砲身が動く。砲口に光が集い、存在を誇張するように輝きを増していく。

 加えてチャージ中だろうと一カ所に留まる愚行を敵機は犯さない。小刻みに動いては狙いを絞らせず一方でチャージ完了までの時間を稼いで来る。

『まあいい。どうせバラしてパーツ取る予定だったんだ! 新品か、ジャンクかの些細な差だよ!』

 どうするとイクトはわきの下に汗を感じながら逡巡する。

 このままでは動かぬ的となり直撃を受けて死ぬ。

 粒子ビームを受けたらどう死ぬかなんて想像できない。

 だが、あの高速性能から逃げ切るのは難しい。

「状況を打破できる武器はないのか!」

 マニュアルは頭に叩きこんである、はず!

 都合よく解決できる武器があれば苦戦などしない。

「あの動き、何十時間も乗ってきた動きだ!」

 自身が操縦に慣れてきたからこそ顔の見えぬ相手が見えてきた。

 幾度となく乗り込み、練り上げ続けた腕が機動から垣間見える。

 手慣れているだけではない。使い込むことでマシーンの癖を見抜き、経験とカスタマイズを重ねている。

 完成したばかりで、ややぎこちない<グラニ>を原石と例えるなら、<レッドラビット>は精錬されたダイヤモンドだ。

 操縦経験や車両に対する知識に開きが出るのは当然の差だった。

『ないなら作る! それこそボクの仕事だ! というわけで回避行動よろしこ~!』

「はぁ!」

 呆ける暇などなかった。イクトは沈黙した<ラン>を叱り飛ばすよりも先にハンドルを握ってはアクセルを全開に踏む。

<レッドラビット>から圧倒的な目映い光が奔流として放たれ、周囲の小惑星を飲み込みながら<グラニ>に迫る。

 カメラ映像が目映く染まり、防膜フィルタが自動起動、ドライバーの目を守る。

『はっははははっ! ほら逃げろ! 逃げきれるなら逃げて見せろよ!』

 今なお<レッドラビット>からの粒子ビーム照射は衰えていない。瀑布と見間違える光の奔流は今なお<グラニ>を追跡し、小惑星を消し去っていく。

<グラニ>と対して変わらぬ車両サイズでいながら、どこにエネルギーを保持できているのか謎だが今は解明している時間などない。

「だったらよ!」

 吼えるイクトはレーダーで敵機と艦隊の位置を再確認。

 ハンドルを鋭く切るなり、あろうことか照射中の粒子ビームを沿うように飛び込み、<レッドラビット>に急速接近していた。

 粒子ビームに近き装甲部からダメージ報告が入る。夥しい熱量に晒されただけで装甲が悲鳴を上げているのだ。

『だからどうしたっ!』

<グラニ>は光の奔流を螺旋描く形で旋回しながら<レッドラビット>に迫る。その間、照射熱に晒された装甲が悲鳴をあげ続ける。電磁皮膜装甲があろうと戦闘での蓄積ダメージが車両全体を覆う機能を十全に発揮させずにいた。

「まだか<ラン>!」

『今できた!』

 敵機との距離が縮まるに連れて<グラニ>の悲鳴は高まっていく。イクトの呼びかけに応じるように<ラン>の電子アイが再点灯した。

『うひょ~なんてちょうどいい距離なんだ。これなら新武器が生き生きするよ!』

「ならとっとと起動しろ!」

『言われなくとも! <バルムンク>の損傷率確認! 損傷率三%。これなら存分に使用できるよ!』

<グラニ>の主砲が動く。砲口に光の螺旋を描きながら集い続ける。

『バカの一つ覚えが! そんなあからさまな攻撃に当たる俺じゃないんだよ!』

<レッドラビット>の折り畳まれた六つの車輪が光る。

 吐き出されるようにして六つの光線が下方にと放たれては意志を持つかのように曲線を描きながら舞い戻ってきた。

 六つの光の蛇は鎌首をもたげては<グラニ>に牙を向く。

『ホーミングレーザーだ! 避けられるなら避けて見せろよ!』

『いいや、避ける必要なんてないね!』

<グラニ>主砲先端で描く螺旋が徐々に拡大し車両全体を包み込む。

 粒子フィールドに包まれた<グラニ>に六つの光の蛇が牙を立てるも水泡が弾けるようにして消え失せた。通信機越しに敵機から息を呑む声を聞こえた気がする。

 仕組みは単純だ。

 ホースより飛び出た水に対し、より圧力ある水の流れで弾き逸らせばいい。

『名付けてスパイラルフィールド! 主砲を軸に粒子エネルギーを渦状に高速対流させて車両を包む込み攻防一体とする新武装だ!』

 粒子フィールドに包まれたことで<グラニ>の装甲ダメージアラートが停止する。照射熱に対する防壁にもなり、なおかつ敵機より今なお照射される粒子ビームと干渉しあい、反発力を生めば接近への加速の手助けとなる。

「突っ込むぞ!」

『突撃ひゃっは~!』

 高らかな電子音声を弾ませる<ラン>。そのままイクトは砲身を槍の切っ先の如く<レッドラビット>に突き入れんとした。

『ば、バカなっ!』

 負けを悔しむ音声をイクトは拾う。拾おうと命までは拾えない。人を殺める行為に胸を痛めぬイクトではないが、生きなければ先に進めぬと覚悟を抱く。

「宇宙の藻屑になりやが、なんだと!」

 螺旋の先端が敵機主砲を砕いた瞬間、アラートが鳴り響く。バイザー裏が赤く染まる。両車両は爆炎に包まれて視界が遮られる中、<ラン>が間髪入れず報告した。

『あちゃ~主砲<バルムンク>エネルギー臨界につき砲身損壊しやったよ! おかしいな計算では十分実用に耐えきれるはずだったんに! なんでかなぁ~!』

「ない首傾げる暇あるなら次の行動に、ぐあああっ!」

 外部からの衝撃がイクトの身体を激しく揺さぶった。

『ヒヤヒヤさせやがって!』

 黒煙を切り裂き現れるのは六つの蛇。砲身を失った<レッドラビット>から立て続けに放たれては<グラニ>の装甲を噛み砕いていく。

 車輪が、機関砲が、牙の餌食となり、一方的に蹂躙されていた。

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