天星勇戦記メテオアタッカー

こうけん

第1話 ワッシーチャンネルもう始まるよ~♪

 これは一つの動画である。

 投稿日時は今より三日前。時刻は日曜日のお昼前。場所は某広場。

 生配信されるも規約違反にて削除された動画であった。


「みんな、やっはろろん~ワッシーだよ。サイエンス実験動画、ワッシーチャンネルもう始まるよ~♪」

 配信カメラの前に少女が身と声を潜ませながら写り込む。

 一五〇センチに満たない小柄な体躯、<超天才>とプリントされたシャツとハーフパンツの上からブカブカな白衣を羽織っている。

 髪は切るのがめんどいと肩まで伸びに伸び、小顔に不釣り合いなまん丸伊達メガネをかけていた。

 彼女はこのチャンネルの配信者ワッシー。

 日常生活で役に立つ科学実験から、やるな危険など様々な実験動画を配信していた。

 自称、超天才物理学者、自己紹介は一億年に一度の絶世の女子高生だ。

 視聴者コメント覧には当然のコメントが流れている。

『幼女だ!』

『合法ロリ!』

『髪切れよ』

『さ~て今回の漫才は~』

 このワッシーチャンネル、かれこれ一年以上、配信を続けてきただけあって同時視聴者数は増加傾向にあり、総合ランキングの常連にまで至っている。

 各々視聴者曰く、科学が嫌いだったがこの動画のお陰で普通になった。

 この前の実験を見て掃除が楽になった。

 レースマシンを実験通りに改造したらコースどころか家の壁ぶち壊しやがった、金返せ!

 どつき漫才はいいネタになりますなどなど好意的なコメントで溢れている。

「さ~て視聴者の諸君、前回告知した通り、今回の実験は共振だ。ほれ、どっかの動画で見たことあるはずだろう? き~んとワイングラスを指で弾いたと思えば、ぐわ~んと叫んでパリーンとワイングラスが割れてしまう、あれよ、あれ」

 言って取り出すはワイングラスではなく、ボタンひとつのリモコンであった。

「今助手のモルくんがあれこれ準備をしてくれている。お~い、モルくん、きれいに割りたいからワイングラスには指紋をつけないでくれよ~」

 カメラを少し傾けてワッシーが振り返り呼びかける。

 少しに離れた位置にあるテーブルの上にワイングラスとスピーカーを用意する少年の姿が映り込む。

 ワッシーの助手を務めるモルくん。

 紹介では同い年の同級生。

 ワッシー曰く、ちと目尻と性格はきついが、この超天才を支えんと自ら助手に名乗り出てくれた友誼に厚い男。

 ワッシーと同じ白衣を野暮ったい無地のジャージの上から着込み、呼びかけられても手袋つけた手だけ振って一瞥もしない。

 配信が開始されているのに気づくことなく黙々と準備を続けている。

「というのは建前で~」

 にんまりと人が変わったかのようにワッシーはカメラの前で口端を歪める。

 その表情は悪戯を思い浮かんだ猫だ。

 見る人が見れば猫耳に揺らめく猫しっぽが見える、かもしれない。

 コメント覧には案の定の流れが生まれている。

『あ~俺知らね~』

『なにやらかす気だよ』

『モルくん怒りのカウントダウン開始』

『天才なんだから学習しろよ!』

『ワッシー、前回は何メートル飛んだんだっけ?』

『高度一〇メートルだな』

 今後の展開を期待する手に汗握るコメントで溢れていた。

「モルくんが今着用しているあの腕時計。ご存じの通り、このボク手製のスマートウォッチなのだが、実はついさっきアップデートで面白いギミックを仕込んだのだよ」

 ワッシーはにんまり笑顔を隠せず、肩を震えさせている。

 予定放送開始時間よりも少し早めに配信が開始された一番の理由であった。

 ワッシーなる配信者は性懲りもなく悪戯を仕掛けてくる。

 これ幸いなのは迷惑系配信者のように不特定多数に行うのではなく、助手限定であった。

「人間の筋肉というのは普段の二割か三割しか力を出していない。全力全開で解放すると身体そのものが壊れてしまうため、脳がリミッターをかけているのだよ。だけどボクのスマートウォッチには一時的にリミッターを解放するシステムを組み込んだ。仕組みは単純、スマートウォッチの内蔵バッテリーを利用して筋肉を刺激するものだ。まあ内蔵バッテリーの容量の関係上、効果は一〇秒も持たないが、ボクの計算だとワイングラスを軽く掴もうならば粉砕してしまう握力を発揮するはずだ。手袋をしっかりしているからケガの心配はなし。ではさっそくこのリモコンでポチっと、な――ふが!」

 外部操作にて発動したと同時、ワッシーは背後から後頭部を鷲掴みにされていた。

 伊達メガネの奥で瞳が激しく揺れ、振り返ろうともがっしり掴まれて振り返れない。

「学習しない頭は必要ないから砕いてもいいよな?」

 モルくんは冷徹な声で、ただただ告げる。

 そこには慈悲はなく、噛みついたからこそ噛み砕く心情が声から漏れていた。

 コメント覧には案の定である。

『やっぱりこうなるか』

『恒例行事』

『なむさん』

 等々同情と悲嘆で溢れかえっていた。

「や、止めるんだ、も、モルくん! 今ならまだ間に合う! このボクのちょ~天才的頭脳を失うのは世界の大損失! それ以前に、これは楽しい楽しい実験生配信動画だ! 脳味噌バーンなんて生配信でやってみろ! この動画は文字通り垢バーンだぞ!」

 ワッシーは慄き震える声で抗弁するがモルくんは掴んだ後頭部を離さない。

 ただ目尻と声音を鋭利に重く告げる。

「お前、前回の配信で俺の足下にエアジャッキ仕込んで大ジャンプさせたよな? 前々回は乳首だけ七色に光る薬品、飲み物に混ぜていたよな?」

 鋭利な詰問にワッシーは唇をきつく結んでは答えない。

 借りてきた猫のレベルではなく解剖前のモルモット。まな板の鯉である。

「ぎょあああああっ! ちゅぶれる! ちゅぶれちゃうの!」

 ギュと軋む音がワッシーの後頭部からするなり情けない悲鳴が全世界に配信される。

 じたばた手足を暴れさせるも筋力を強化させているのだから因果応報で逃れられない。

 ただ時間が切れるのを待つだけであった。

「と思ったら大間違いじゃごらあああああああああっ!」

 ここでワッシーは吼える。

 自らのスマートウォッチをタッチ、小さき手の甲をモルくんの手の甲に叩きつけた。

 モルくんは顔をしかめて拘束を緩めさせる。

 ワッシーはスマートウォッチで自らの筋力のリミッターを解放していた。

「がっはっは、実験というのは失敗に対する保険もかけておくものだよ!」

 緩んだ隙を見逃さぬワッシーではない。

 高笑いをあげながら、よせばよかろうと反撃に移っていた。

「ワッシーパンチ!」

 突き入れられた拳がモルくんの衣服に皺を作る。

 モルくんの表情に変化はない。殴打に苦悶すら浮かばない。

「ワッシーキック!」

 振り上げた足は、ただ上がるだけで狙ったモルくんの顎に届かない。

 足先はプルプルと生まれたての子鹿の如く震えている。

 体勢キープすること三秒、とうとうワッシーは後方にこけては長い髪を広げさせる。

 コメント覧には嘆きが満ちる。

『ワッシー、牛乳飲もうや、ほれ牛乳代』¥五〇〇。

『やべ、泣けてきた』¥一〇〇〇。

『くっそ、今回はお涙できたのかよ、もってけ!』¥五〇〇〇。

 あれやこれやと悲壮感と投げ銭で溢れていた。

「お前、運動能力ゼロなんだから、ゼロになにかけてもゼロなのは、よ~く分かってんだろう?」

 モルくんから哀れみと憐憫の目がワッシーに降り注ぐ。

 悲しきかな、頭脳明晰の代償か、ワッシーの身体能力は平均未満にすら至れぬレベルであった。

「うるさい、うるさい! 君はボクのモルモットなんだから素直に実験動物となりなさい! というかなれ!」

 起きあがるなりワッシーは地団太を踏む。大人顔負けの頭脳を持とうと言動には年相応とはほど遠い幼さがあった。

「やかましいわ」

 モルくんは呆れ顔でベシっと右手を振るえば、人差し指でワッシーの額を弾いていた。

 ただ弾いただけだろうと、筋力のリミッターが解除された状態でやろうならばどうなるか。

「あべしっ!」

 空気の破砕音に次いでワッシーは珍妙な悲鳴を上げ、首を後方に大きく仰け反らせる。

 長い髪を振り乱しながら背面から倒れこみ、ゴロゴロと転がるのであった。

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