12.半竜人族の少女、龍に学ぶ。

“世界龍”がやってくる。

幻想舎は朝から慌ただしかった。

部屋の係がシェーズィン・ハインを縦横に駆け回っている。

複数の龍を迎えるとあって、二日間のための各龍の過ごす個室が用意され、全体の清掃も行われた。

他にも料理店レストラン料理人シェフたちはそのメニューを考えるのに必死。

いつもは『研究研究〜。』と引きこもって一向に研究室ラボから出てこない“幻想龍”の配下達も、今回ばかりは研究室から出て用意の手伝いをしている。

それとは別に慌ただしいのは下層の生徒たち。

着飾るような服もなく、“世界龍”が比較的身近なウォルにしてみれば、朝日で起きて横の机に乗せた腕輪をつけ、服を着替えて部屋の外に出るというただの日々の動きルーティンをこなすだけだ。

だが、大変だったのは隣の部屋。

いつまで待ってもなかなか出てこないので、ノックをして扉を開けてみると…。

全ての服を引っ張り出して鏡の前でファッションショー中のロノがいた。

「ねぇぇ〜!どの服がいいと思う??」

「そんなこと言ったって分かんないよ!?」

扉の外に立っていたウォルもそのまま部屋に引き込まれてプロデューサーとなる。鏡の前でやっていたのと同じようにウォルに向かって服を見せてくるロノ。

「正装で行くべき?それとも可愛いさがあった方がいいかな…。

 えぇ…、ルイン様はどんな服がお好きなんだろう。」

「運動できる服がいいんじゃない?今日の午後はどんな時間割りになるかわからないから…。」

「ええー!でもだって、朝お迎えする時に運動服だったら失礼じゃない。」

さんざん悩んだ挙句、結局龍に支給される正装用ローブを着ることにした。

いくつもの服が重なっているそれを着るのも一苦労。ウォルの手伝いもあってロノはやっと部屋を出る準備を整えた。

二人で中階層に向かう階段を登ると何人か先着が居たが、襟付きの服を着た人が目立つ。

「ほら、やっぱり正装で正解!」

とは言っても正装なのは半数だ。残りの半分の着ている服はウォルと同じようにいつもの着慣れたもの。

それでもみんな用意を手伝って慌ただしく動いていた。

後からアイシャやシャレン、アンスタリスも合流してくる。

どうにも寝れなかったようで、目がキマっている龍もいる。まあ、誰とは言わないが夜通し喋っていたのだろう。

「やっぱり“数賢龍”、“魂醒龍”は堅いわね。」

まだそんなことを呟いている。

結局朝食前には龍達は姿を現さず、いつもの面々で朝食を取ることになった。

それでもやはりみんなそわそわしている。

昨日の夜と違って興奮と熱気があるわけではないが、みんなが大きな期待感を持っているのが体感できた。

逆に料理人シェフらの顔は悲壮感を漂わせている。無睡のメニュー決定と試作、実際の評価がどうなるかというプレッシャーに押しつぶされそうになっているのだ。

朝食が終わっても、みんな下の階に帰ろうとはしなかった。

今日の午前中には来るという連絡があったが、いつ来るかは具体的にわからない。

もしかしたら今すぐにでも来てしまうかもしれないのだ。

しばらくすると正装ドレス姿のステアといつもと変わらない服装のホールンさんもやってきて待機を始めた。

いよいよだ。

遠くの空に点が見え始めた。その影は少しずつ大きくなってその龍の姿を映し出す。

先頭は青い鱗の東洋龍。

“世界龍”がシェーズィン・ハインにやってきた。

後続は黒い龍、白い龍、紫の龍…。いろいろな色が混ざった煌びやかな鱗の龍も複数いる。

一龍づつ空中で人の姿になってから降り立っていく。

人の姿とはいえ一列に並んだ龍は壮観だった。

端からホールンさんの紹介と共に頭を下げていく龍達。

黒い龍は“死眼龍”、白っぽい龍は“魂醒龍”と“聖鐘龍”。

紫色の龍“紫鋏龍”に、雷を纏っていた“霆翼龍”。青系統の鮮やかな龍は“数賢龍”その色違いのような赤系統の龍は“言慧龍”。橙色の“神灯龍”に緑の蔓が巻き付いている“棘扇龍”、そしてごく薄い水色の“空匣龍”。

昨日シャレンとアンスタリスの言っていた名前も沢山ある。

「シェーズィン・ハイン、幻想楼へようこそ皆さま。歓迎いたしますわ。」

「心遣い感謝する。シェーズィン・ハインの者達も、そう改まらずにこの国の同胞として接してほしい。」

ステアと“世界龍”が挨拶を交わした後、ステアが幻想舎の面々を龍達に紹介する。

それぞれ名前を呼ばれたら頭を下げて一言二言の挨拶をする。

偶然最後はロノの番だった。名前を呼ばれて挨拶をした直後、ロノは“世界龍”に声をかける。

「あ、あの、ルイン様!」

ロノの言葉に気がつくと、“世界龍”がゆっくりと歩み寄った。しゃがんでロノの目線を合わせ、その手で頭を撫でる。

「宮殿に迷い込んだおてんば龍だな?“時龍”ロノよ。」

「はい!」

既に嬉しさで半泣きのロノは何を思ったか、その返事と共に“世界龍”に抱きついてしまった。

ウォルを含め他の生徒達と龍が驚愕の表情を浮かべる中、“世界龍”は笑ってロノを抱き上げる。ロノも子供とはいえ人間の十数歳と同じほどの容姿。かなり重いはずだが“世界龍”は意に介さずそのまま立ち上がって指示を出す。

「ここに入ってしまえば外部からの干渉もないだろう。

 崩せ。

 私は子供達に講義をしてくるから、その間ホールンとでも語り合うと良い。これだけの数が集まるのも久しぶりだろう。」

答えたのは黒い龍。“死眼龍”だ。

「お気遣い感謝します。最年長の兄弟姉妹が集まるのは久しぶりですからな。」


龍は全て“白金龍”と“原初”から誕生しているが、その歳は五桁以上の開きがある。

よって、龍達は自身から数えて五番目までを兄弟姉妹、二十番目までを親子、それより大きな開きを祖孫と捉えてその関係を作っていた。

つまり、“銀角龍”、“死眼龍”、“魂醒龍”、“聖鐘龍”はお互いを兄弟姉妹と認識しているということ。普段の公の場では黒衣集の同僚という位置付けだが『崩せ』つまり楽にせよとの命令が出れば公職から離れて身内として接することができるのだ。


「さあ、講義室へ案内しておくれ。」

“世界龍”のその声に生徒達が一斉に動き出す。アイシャが先導をしているようだ。

ウォルは一番最後に歩き出したが、後ろで龍達が喋る声を少し聞くことができた。

「あの半竜人族の娘、ホールンの守護を受けているのか。」

「ほほう、それ程の者とは。」

「我々でも垂涎物だぞ。」

パシッと何かを叩いた音がする。

「馬鹿をいえ。お前らにはいらんわ。」

「うふふ、にいから認められた証が欲しいのよ、ね。」

一瞬何のことかわからなかったが、自分のことを言っているらしい。

守護、というのはこの腕輪のことだろう。確かに他の龍から見ればこれはホールンさんの作った物だということがわかるに違いない。

ウォルはリコからの声で自分の眼前に意識を引き戻された。

「ねぇ、ロノすごいわよね、行動力というか何というか。」

「あれ、ありなんだね。そのまま抱えられてるし。」

“世界龍”と言われればもっと高尚で、声をかけられただけで誇れるような存在かと思っていた。いや、現にそうなのだろうが…。ロノへの対応は久しぶりに会った叔父と姪のように見えるほどその存在が身近に思えた。


二人は笑って階段を駆け下り、先に行った他の生徒たちを追いかけた。

講義室に着いた“世界龍”はパチンと一度指を鳴らす。すると机や椅子が消えて床に大きな絨毯が引かれ、周囲をたくさんの文字が周回し始めた。

「さあ、みんな座って座って。」

“世界龍”と十人の生徒は輪になって座る。未だにロノは“世界龍”の膝の上だ。

「さて、みんなは【原初の言葉オリジンズ・スペル】についてどこまで学んだのかな?」

そんな問いかけにアイシャが昨日の講義そっくりに答える。

「素晴らしい。講義内容を隅々まで網羅して記憶しているようだね。」

“世界龍”に褒められてアイシャも顔を赤くして俯いてしまう。

「だが、それを聞いて使いこなせると思った者はどれほどいるかな。

 おそらく皆分からなかったのではないかな?」

みんながしきりに頷くのをみて、“世界龍”は笑う。

「ははは、正直でよろしい。

 では、ロノ?今私が展開しているこの文字たち。これが何かわかるかな?」

膝の上のロノは周囲を見回して文字を見て、恐る恐る答える。

「【原初の言葉オリジンズ・スペル】、ですか?

 古代魔術オールド・ソーサリーとは違うみたいだし、見たことのない文字です。」

「そう、その通り。そして今その考えに至った過程まで説明してくれたね。

 話の流れと、『自分の知っている物ではなかったから』、それがそう判断する理由だ。

 みんなもそうだろう。

 そしてもしこれが何も考えずに【原初の言葉オリジンズ・スペル】であると自覚できれば、その瞬間これを使えるという証明になるんだよ。」

そこまで言って、“世界龍”はみんなの様子を確認する。

つまり、何も考えずに『あ、これ【原初の言葉オリジンズ・スペル】だよね。』と理解することができるようになれば、それで習得段階に至ったと判断できるということだ。

これができないうちは【原初の言葉オリジンズ・スペル】について何を学んだところで意味をなさない。ウォルでも話を噛み砕いてそれを理解することができた。

全員がウォルのように理解して頷いたところで“世界龍”は話を続ける。

「ここからは、【原初の言葉オリジンズ・スペル】をついてのその力の由来と定義について話してみよう。」そして語られたのはこの世界がどのように作られているか、と【原初の言葉オリジンズ・スペル】が強力な理由。


この世界は[世界の言葉ワールド・スペル]というものが実態となったもの。そこに書かれたあらゆる現象や意志がこの世界を作っている。

だが誰もその書かれた文章を知覚出来ず、読むこともできない。世界にごく少数の例外がいるものの、それは世界の歪みのようなものによって起こされる異常現象であり、すぐ修復されるがためにそれと同じ手順で異常現象を体験することはできない。また、[世界の言葉ワールド・スペル]は独立して日々書き加え、修正され続けておりこの世界に内包される存在がそれを書き換えることはできない。

そして、その[世界の言葉ワールド・スペル]の中に【原初の言葉オリジンズ・スペル】はこのように書かれている。

これも実際の文章ではなく要約と補完によって導き出される文章だが…。

『【原初の言葉オリジンズ・スペル】はこの世界で最初の使用言語であり、最も根底にして強大な力を持つ。その形態は正三角形ピラミッドに準じており、高なる存在にのみその行使は許される。』

文字数による上下関係は正三角形ピラミッドの記述によって定義づけされており、その力は書かれた内容が由来となっている。

古代魔術オールド・ソーサリー魔法マジックのように人間や龍と言ったような生命によって体系化され、確立されたものと違い、【原初の言葉オリジンズ・スペル】はそもそもこの世界に定義として存在している。そのため破格の力を誇るのだ。


「さあ、ここで重要になってくるのが『高なる存在』という部分だ。

 そんな存在だけにこの【原初の言葉オリジンズ・スペル】は使用できる、と書いてあるのだから。」

「神域存在、ですか?」

シャレンが手を挙げて言う。

「その通り。

 さらにここで質問だ。神域存在とは?」

「神力を高めた者です。」

今度はアンスタリス。

「素晴らしい。これで龍だけがこれを使うことができる理由が分かったかな。

 龍は神力を持つ種族。それを高めれば神域存在に成り得る。

 その時点で【原初の言葉オリジンズ・スペル】が使えるようになるのだ。」

「神力を鍛えれば良いということですか?」

ロノが聞く。

「そうだな、それも手だ。だが、神力を鍛えるには【原初の言葉オリジンズ・スペル】を使うことくらいしか方法がない。

 さぁ、ここで矛盾が生じる。

 神力が先か、【原初の言葉オリジンズ・スペル】が先か。

 これを克服した者が晴れて神域存在と成れる訳だが…。」

ここまで言って、“世界龍”は言葉を切る。

全員が“世界龍”の方に身を乗り出す。何かそれを克服する手段があるような言い方だ。

「裏技といえば裏技だが、『私は神力を存在に貸与する』ことができる。」

その瞬間に全員の目がギラつく。

「私みたいな神力を持っていない存在にも、ですか?」

全員の思いを口に出したのはリコ。

「その通り。貸与だから短時間のわずかな力だがな。」

ワッと一斉に沸く一同。

「さて、ここから先はお昼ご飯を食べ終わってからにしよう。」

そう言って笑う“世界龍”。

ウォルはそう言われて壁の時計を見ると、既に正午を回っていた。

何と数時間も話していたようだ。それなのに全く気にならずに話に夢中になっていた。


流石に上に向かう時にまで抱きかかえられたまままでは恥ずかしかったのだろう。

ロノは“世界龍”の腕から降りて手を引いて階段を登っていく。側から見ていると父親と娘のような光景だ。

上では、椅子に座って談笑をする龍、ボードゲームをしている龍など思い思いに過ごしているのがわかった。陣取りゲームではホールンさんと青っぽい服を着た龍“数賢龍”のチームが“死眼龍”と“聖鐘龍”のチームに勝ったばかり。

「うわぁーー!!!ずるいってぇそれは!」

「ふぉっふぉっ、作戦勝ちよの。」

「はっはっは、まさしく。」

「次は絶対に負けん!」

とても楽しそうだ。

だがその盤面はロノとキコリコ姉妹と遊んでいるウォルが見ても訳がわからないほどに複雑。駒が所狭しと置かれ、陣の色が迷彩のようにバラバラだ。

太古から生きる龍同士の超高度な頭脳戦ということだけが理解できた。

「おお、これは!」

「おや、お昼の時間でしたかな。」

“死眼龍”が“世界龍”に気づくと同時にホールンさんが時間を見る。

「もうそんな時間ですか!」

その声に周囲の龍達も話を切り上げて寄ってきた。

龍や生徒たちが思い思いに席に着くと、メニューが配られた。昼はコース料理のようだ。


昼食の後は講義室に戻り、先ほどの続きだ。

ちなみに午前中に講義室に張っていた文字はと言うと、内部にいる存在の思考力を高めて思考回路が焼き切れないようにするものだったようだ。

ウォルが質問をすると“世界龍”が答えてくれた。

だからあれだけ全員の理解が早かったのである。

「いいかい、これから全員に神力を貸与する。」

その声に全員が深呼吸をして姿勢を整える。

「思い思いに何か文字を書いてみると良い。

 最高でも四つの文字クアドラスペルが一文書ける程度の量にしておくからな。

 もし危ない物だった場合私が即座に対抗して打ち消すから安心しなさい。

 今周囲に張っているものはこの部屋とみんなの身を守るものだ。存分にその力を使ってみなさい。」

“世界龍”から安全の確約がもらえるのならばこれ以上心強いものはない。

“世界龍”がロノから端から神力を与えていく。その反対の隣にいたウォルは一番最後ということだ。

みんなそれぞれ直感に従って文字を組み始めた。

ウォルの目には順に立ち上る半透明の覇気オーラが見える。

さぁ、次はウォルの番だ。じわじわとウォルも自分の中に湧き上がる万能性を感じ取る。

その瞬間、“世界龍”が驚きの表情をウォルに向かって浮かべていたがそれに気づいた者はいなかった。

「【・致死撃避壊・《死に至る撃を避けて壊れる》】。」

古代魔術オールド・ソーサリーとは違う、赤橙色の文字。

ウォルにはその文字自体を読むことはできない。だが、その字がどんな効果や意味を持つかは直感的に理解することができた。危険を回避するものがいいかな、とぼんやり考えていたが、その思考はしっかりと文字として現れていた。

ウォルはその文字から意識を外す。古代魔術オールド・ソーサリーであればそのまま消滅してしまうが、その文字は残ったままだ。宙に浮いて止まっている。ウォルは手を伸ばしてその文字に触れようと試みた。だがその手は文字をするりと通り抜けて向こう側の空を掴んでいた。

周囲を見回すとみんなの前にウォルと同じように文字が浮かんでいる。殆どが七文字や六文字。五つの文字クイントスペルを作り出したのはウォルとロノ、シャレンだけだ。

ウォルが作り出した文字は致死性の攻撃を一度だけ避けることができると言うもの。さらに細かく言えば、『一度のみで壊れる』という制約をつけているがために五つの文字クイントスペル以下であればどのような攻撃でも確実に防ぐという優秀な【原初の言葉オリジンズ・スペル】だった。

ハプニングといえば、キコが攻撃系の文字を作り出して“世界龍”に消してもらったということを除いて何も起こらずに全員が文字を目の前にしている。十人が防御系統の文字を作り出すことに成功していた。

「素晴らしい。全員が書くことが出来たようだね。

 自分で作り出した文字というのは愛着が湧いでくるだろう?

 見たところ危険なものもないようだから、私の力でみんなの服や道具に付与してあげよう。自分で書いたものは自分で使わなくてはな。」

“世界龍”は手早くその文字をそれぞれの服に付与してくれた。

ウォルの五文字はウォルからのお願いもあって腕につけている紐飾りに。

通常文字の付与などは高等技術であり、更には記述者のみに許される権能。だが、“世界龍”ほどの練度になれば他人の作り出した文字も操作してものに付与することが可能なのだ。

「さぁ、時間だから貸していた神力を回収するぞ。」

その声と共に手を振る“世界龍”。

その瞬間ロノ、シャレン、アンスタリスの三龍以外から半透明の覇気オーラが消えた。

その三龍についても神力が半分以下になっている。それでもウォルが見てわかるほどにはその量が上昇していた。やはり【原初の言葉オリジンズ・スペル】を使用したことによって増加したのだろう。

「初期の頃は【原初の言葉オリジンズ・スペル】の使用による神力の増加量も多いが、使用していくにつれてその上がり幅は小さくなっていく。

継続的な鍛錬が必要だ。」

“世界龍”からの注意を聞いて頷く三龍。

「他のみんなも【原初の言葉オリジンズ・スペル】について理解することができたかな?」

その問いかけに返事をする一同。やはり実際に体感することでしっかりと理解することができた。文字的な理論よりも実際に使って見たほうがしっくりくるなぁ、とウォルはつくづく感じていた。ウォルは理論というよりも体感して習得するタイプのようだった。

古代魔術オールド・ソーサリーの時もそうだったからだ。

そして気づいたことがもう一つ。

原初の言葉オリジンズ・スペル】を使っているときは本当に体感時間が短い。何と外は既に日が落ちかかって暗くなり始めていた。

『無意識に思考跳躍ブレインジャンプをしているのかもしれない。』

それはウォルが本で学んだ技術、状態のひとつ。脳による現実世界の認識が薄くなり、自身の思考する内容にその力の殆どを費やしている状態。思考が自身の限界を超えた古代魔術オールド・ソーサリーの使用者が陥りやすい現象なのだという。

「明日は龍達も参加して応用戦闘法を学ぶことになる。

 今日はしっかりと寝て明日に備えなさい。」

日が落ちていることを確認した“世界龍”もそう言って講義が終わる。

「ありがとうございました!」

みんなで揃って“世界龍”に挨拶をする。

夕食やお風呂、はたまた自室に帰って仮眠を、と自由に動く生徒達。

「“世界龍”の講義は講義というより実践だったよね。」

階段を登るウォルに追いついたキコリコ姉妹が声をかけてくる。

「なんか、不思議な体験だったね。」

「あれ、ロノは?」

ロノを探すキコに、ウォルとリコは断言して答える。

「「絶対“世界龍”様のところにいる。」」

「多分この二日間離れるつもりないんじゃない?」

何か口に入れて小腹を満たしたいというキコリコ姉妹と別れてウォルは一人で廊下を進む。

今日はなんだか早く眠りたかった。もう既に目が半分閉じかけている。


その日、ウォルは珍しく一人でお風呂に行った。

その帰り、ウォルは階段を降りかけて“世界龍”やステア、ホールンさん達が話している声を聞いて立ち止まった。

いけないのはわかっているが、階段から反対側のその声がはっきり聞こえる位置まで歩みを進める。

柱の影に隠れてその声を聞く。

「子供達はどうでしたか?」

そう聞いたのはステアだ。

「なかなか練度が高い。あの十一名は良い卒生になりそうだ。」

「そうですか!それは喜ばしいことです。」

「うむ、特に何名かは特筆すべきものがあるな。

 まず、“時龍”。明日は私かスレイスで『時』の操り方を教えても良いかもしれん。」

「あのくっついていた子ですか。」

ウォルは食らいつくようにその声を耳に集める。

「彼女、ルイン様が好きなのねぇ。」

「実際どうです?側妻にお取りになっては。」

「今は無い。黒衣集になったところで本人にその気があれば一度は考えるが。

 難しいであろうな。言っておくが私に幼女趣味があるわけでは無いぞ?」

「未だ正妻お一人でいらっしゃるからな、ルイン様は。」

ウォルはその声を聞いて驚いた。絶対に無いということでは無いらしい。

『黒衣集になれば一度は考えるって…。頑張れ、ロノ!』ウォルはそう心の中で応援した。

「何名か、とおっしゃっていましたが他にも?」

「“音龍”と“晶龍”、あれは順当に黒衣集まで上がってくるだろう。

 あと数年でどこまで力が上がるか、だな。」

「そうですねぇ、私もここ数日見ておりますが確実に技術力を上げておりますからな。」

ホールンさんが補足を入れる。

「あと、あれか、竜人族の妹の方。キコ、と言ったか。

 あれは軍の方が向いているやもしれんぞ。」

「確か神官団希望でしたが、それよりも、ですか?」

「ああ、根底に攻撃性の思考がある。それを活かすのであれば『突撃旅団ストライカーズ』や新設の『九つ槍ナイン・トライデント』に配属したほうが良いであろうな。」

「“世界龍”様が言及されるとは!そこまでの才ですか。

 『九つ槍ナイン・トライデント』の編成官に打診してみましょう。本人の意思も尊重しますがね。」

「たしか“風鎚龍”よね?」

「ええ、そのはずです。」

この言葉を最後に、ウォルは記憶がなくなった。

その場でうずくまって寝てしまっていたのだ。流石に怒涛の一日の疲れから来る睡魔に耐え切ることができなかった。そして幸か不幸か“世界龍”の言葉が続く。

「最後に半竜人族の娘ウォルだがな。あれは特異点イレギュラーかもしれん。」

「本当ですか!?」

「それは!」

龍達が飛び上がって驚いている。

「私が神力を貸与する直前に己の力だけで【原初の言葉オリジンズ・スペル】を書き出した。本人に神力の保有は見られなかった。あり得ない現象だ。今解析中だがな。

 まあ他にもそうなる原因と思しきものはいくつかあるわな。」

その言葉の後に少しだけ間があったような気がした。

「さて、今決めるべきは明日の応用戦闘法の割り振りだな。」

「はい。それぞれ似ている能力を持つものを組ませるのが良いでしょう。」

そこまで言って、静止の手が挙がる。

「おや?少々お待ちを。」

そう言って立ち上がったのはホールン。

そのまま真っ直ぐウォルが寝てしまっている柱の影にやってくる。

「こんなところに小さき特異点が。このまま部屋まで寝かせてきます。」

そう言ってホールンはウォルを抱きかかえる。

「まさか今の特異点の話を聞かれましたか?」

慌てた様子で“死眼龍”とステアが反応したが、その不安は“世界龍”の手で払拭される。

「いや、それは無い。もしそうであれば私の探知に反応があるはずだからな。安心して良い。」

「では、不問ということで。」

その後も話は続く。初めは真面目な話題だった龍議も、途中からはお酒も出てきて飲み会のようになったのは想像に難く無い。一番の酒豪は“世界龍”、次いで“銀角龍”に“聖鐘龍”。下戸の“死眼龍”や“空匣龍”は一杯飲んだだけで真っ赤になっている。頭脳派の“数賢龍”と“言慧龍”は呑まないという賢明な選択をしたようだ。


その夜、ウォルは夢を見た。

地面が下にも上にもあって、星々が自分の周囲を回ってゆく。

遠くを飛ぶのは大きな角の光を反射する龍。ホールンさんだ。

手を伸ばし、声を出すがそれは届かない。周囲を風を起こして飛んでいこうとするが、何かに縛られたようにそれも叶わなかった。

さまざまな術式を用いて脱出しようとするが、一向にその鎖は外れそうに無い。

全ての術式を使い切って、もう限界かと思ったその時、目の前に文字が現れた。その文字は容易に鎖を溶かしウォルを自由の身にする。周囲を流れる彗星がウォルの意思に従ってその軌道を変え始めた。

今やウォルは数多の彗星を従えて宙を飛んでいる。遥か遠くに見える青い大きな光を目指して。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る