第5話 ギャルでガチのアニオタになってた

 彼女は一目散に柚木に駆け寄り、その手を握りしめて飛び跳ねた。


「ゆじゅきだ、ゆじゅきだ。うわー、久しぶりじゃん。ちょっと立って、立って……」

「えっ、あの……」

「うわっ、背も伸びちゃってかえっけえ。あーだけど、もうちょい食べた方がよくない? 顔色あんまり良くないじゃん。頑張りすぎじゃね? 適度に休んだりしてる?」

「いや、それより……」


 柚木の手を引っ張り半ば強引に立たせると、ちょっと背伸びして柚木の頭に振れる。


「あー試合? みたよ、みたみた。柚木ちょー強いじゃん。あっ、でもあの剣なに、ウケるんだけど。クールすぎでしょ、熱、熱どこ行ったのって感じでさ、日影くんみたい。あっ、日影君っていうのはね……」


 至近距離からにっこりと微笑みながら話が止む調子のない心春。

 柚木はといえば、話に割って入ろうにも入れず、その言葉の1つ1つに、違和感をぬぐえなくて眉間にしわが寄っていく。


 心春と呼ばれていた彼女。ことあるごとに目を引いていた。


「おい、あの子と倉木って知り合いかなんか?」

「そんな感じだよね?」

「おいおい柚木、俺は聞いてねーぞ!」


 そんな子が突然やって来たということもあり、周りはざわざわとしている。


 ここに居るのは柚木の知っている心春とは似ても似つかないギャルだ。

 そのはずなのに……。


「柚木にはあたしのおすすめ全部読んでもらいたいな、スパシスでしょ、りそヒロ、それから」

「ごめん。さっきから君はいったい……?」


 埒が明かないと、彼女の口元を隠すように手を上げようやくその言葉を柚木は遮る。


「あーそっか、おっけ~。名前まだ言ってなかったよね、小城こじょう心春こはる。好きなものはりよたんと同じクレープで」

「待て待て! 俺の知ってる心春は1人だけで、悪いけど俺は君を知らないんだ」

「あははは、だからその心春があたしなんだってば! うわっ、その顔信じられてない……まじウケる」


 柚木は額を叩いて、彼女の言葉を頭の中で繰り返す。


「君が俺の知ってる心春……」

「そっ。試合の後とか饒舌にアニメの話をしてくれたのを覚えてない? 大会の帰りにお祭り行ったこともあったじゃん。林檎飴をかけて勝負したでしょ? そうだ、夏休みの宿題を全然やってなかった柚木に誰が教えてあげたのかも覚えてないとか、薄情者すぎでしょ!」

「……」

「もしか、全部忘れちゃった? ならさ、ならさ、これならどうよ?」

「っ?!」


 彼女の口から出るのは、心春しか知らない柚木のこと。

 それを聞かされて柚木の頭の中は真っ白になりつつあった。

 そんな柚木を見て、心春は鞄からりよたんのミニキャラが描かれた折り畳み傘を取って、柚木と対峙するかのように構える。


 彼女の雰囲気が一瞬で変わったことを柚木は感じた。


 先ほどまでのおちゃらけた感じは消え、少しでも隙を見せたらやられる、そんな気力がみなぎった様子。

 静かで隙のない構え。持っている物が竹刀でなくても、染みついた構えはそうそう変えられるものじゃない。

 立ち上がって、反射的に竹刀を手にしたのはそれが心春だという証明でもあった。


「「……」」


 互いに目のフェイントや剣先の微動を織り交ぜ、睨みあう。

 2人の駆け引きの応酬に、先ほどまで騒がしかった周囲は黙って見入っていた。

 大会で相対した相手とは全く違う雰囲気。そこにいるのはいつもイメトレの中で戦っていた彼女そのものだった。


 だからか、相対した瞬間から、久しぶりの懐かしい緊張感を感じ、柚木の表情は自然と緩んだ。

 向かい合っている心春の顔も同じように笑っている。


 なおも読みあいは続き、前に出ようとすれば何か狙っているようにも思う。

 それでも、柚木は体重を後ろにかけてから前に出ようとする。

 だがその瞬間に机に足を取られてバランスを崩したところで素早い踏み込みで心春に詰められ頭を軽く叩かれる。


「あはは、教室じゃ危ないよね。でも隙ありっ!」

「くそっ、あー、もう少し前に動かないとだった」

「これでわかったっしょ。あたしが正真正銘、柚木の知ってる昔のままのあたしだってね!」

「……昔のままはともかく、心春だっていうのはわかった」


 本当にそうだろうかと思うが、今はそんなことどうでもいいくらい胸が高鳴っていた。


「おっと、予鈴なるから行くね。またねー、柚木」

「えっ、ああ……」


 言動だけじゃ疑いたくもなった。

 でも、竹刀を交えたら心春だと疑う余地なんてなく、あの剣は心春だと確信するしか他にない。


 心春は手を振って自分の教室へと戻っていく。

 2人の立ち合いを見たクラスメイトからは拍手が巻き起こっていた。

 そんな中で、遠ざかって行くその背中を見ていたら不安が押し寄せてしまい、背後からその右手を咄嗟に掴む。


「わ、わっ、わっ、いきなり手繋ぎとか柚木積極的だな」

「いや、その、ほんとにあの心春、なんだよな?」

「おうっ! 改めてよろしくね、柚木」

「お、おお」

「うわっ、今週末からコラボカフェオープン。絶対行かなきゃじゃん」


 お邪魔しましたとぺこりと頭を下げ、改めてじゃあねと柚木に手を振る心春。

 その姿は可愛く映るが、やはりギャルだ。見た目ってあんなに変わるものなのか。としみじみ思う柚木。

 と同時に、心はこれでもかと高鳴っていた。


「心春、か……?」


 柚木の口からそんな声が漏れ出た時、予鈴のチャイムが響く。


 昔憧れたクールな美少女剣士は再会したらギャルでガチのアニオタになっていた!


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