第三話 ドラゴン

 ある日訓練がてらこっそりと村の外に出た。たまにこうやってこっそりと森で訓練をするのだ。

 森のなかには自分スペースを確保するように、小さな小屋を作り、そこに色々なものを持ち込み、剣の訓練、基礎体力の向上運動、さらには木に縄を括り付け、腕の力を鍛えるために昇り降りしたり……、と、色々やってはいるが、やはり強くはならない。


 なぜ一向に俺は強くならないんだ!


 苛立ちを覚え、むしゃくしゃしたその日は剣を振り回しながら、森の奥に進んでしまった。

 そうすると案の定迷子に……


「ヤ、ヤバい……ここ、どこだ……?」


 少し不安になりながら歩いていると、上空から何やら鳴き声が聞こえた。見上げると……


「ドラゴンだ!!」


 木々の隙間から見えたのは青い空に風を切るドラゴンの姿。

 大きく翼を広げ飛んで行く。


「かっこいいなぁ!!」


 カカニアはドラヴァルアの中でもかなり辺境の地にあり、近くには国境がある。国境を越えるとそこには人間の国「ナザンヴィア」がある。


 そう、遥か昔にドラゴンを支配していた人間たちの国。今は表向き同盟国となってはいるが、しかしいつも争いの噂が絶えない国だ。


 ナザンヴィアからたまに商人がやって来ることもあるが、そのときの噂話がいつも不穏な話ばかりだそうだ。

 子供の俺には何も教えてもらえないが、大人たちが噂をしているのをこっそり聞いたことがある。その話では、なんでもナザンヴィアがドラヴァルアに攻め入るのではないか、といった噂だった。


 過去にもそういった話はよく出るらしく、いつも大人たちは「またか」と苦笑しながら話している。


 そういった事情もあってカカニアの上空にはよくドラゴンが飛んでいる姿を見掛ける。

 国境を守る竜騎士だ。


 それがかっこいいんだよなぁ。俺もあんな風にドラゴンに乗ってみたいなぁ。


 なんて呑気に考えていたら、ますますどこかが分からない場所になっていた。


「ど、どうしよう、ここどこなんだよ……村はどっちだ……」


 まずい、父さんに怒られる……。


 弱いくせにさらに迷子とか! ありえないし!!

 はぁぁあ、なんで俺はこんななんだ。情けなくて泣きそうだ。


 辺りはどんどん暗くなり、本気で泣きそうになっていると、木々の隙間からなにやら光るものが見えた。


「?」


 なんだ、なにが光ったんだ!? 恐る恐る物音を立てずに息を殺し、そっと覗き見る。


 そこから覗いたものは……


「うわ! めっちゃ綺麗!!」


 ドラゴンだ。ドラゴンがいる。しかも白いドラゴン。いや、白というか真珠色? 鱗が艶々として虹色に輝いているかのよう。


 ドラゴンは慌ててこちらに振り向いた。


『誰だ』


「え?」


 なんだ!? 今、誰が喋った!?


『子供か……』


「え!?」


 ん!? 子供か、って、え!? ドラゴンが喋った!?


「あ、あのさ、君、喋った?」


『!?』


 ドラゴンは表情が変わったわけではないだろうが、驚いた顔をしたように見えたから不思議だ。


『君は私の言葉が分かるのか!?』

「え! やっぱドラゴンが喋ってんの!?」

『驚いたな、普通の人間とは会話は不可能なはずなんだが……君は竜人か?』

「え? 俺? ただの人間だよ? カカニアの人間」

『カカニアか……、あそこには人間しかいないはず。ならばなぜ……』


 なぜ……、もしかして俺の前世がドラゴンだからだろうか……。でもそんなこと言っても信じてもらえないだろうしなぁ。


「なんだかよく分かんないけど、ドラゴンと会話が出来るなんて最高だ!」


 そう言ってドラゴンに近付いた。頭を撫でてみようかと手を伸ばすと、ドラゴンはビクッと身体をよじった。


「あ、ごめん、触っちゃ駄目だった? それかなんか怪我とかしてんの!? 大丈夫!?」

『あ、あぁ、いや、すまない。怪我などしていない。慣れていないだけだ』

「ふーん? じゃあ撫でても良い?」

『あぁ』


 若干身体を固くしながらドラゴンは頭を撫でさせてくれた。

 虹色に艶のある白い鱗は固く、しかし温かさもあり、なんだかホッした。


『それよりも君はここで何をしている? ここは国境の近くだ。早く帰れ』

「あ!」


 そうだった! 俺、迷子なんだった! ヤバい! すっかり日が暮れてしまっている! きっとみんな心配して探しているかもしれない。


「あぁ、どうしよう」

『どうした?』

「お、俺……迷っちゃって……」


 口にすると一気に情けなくなってくる。ちょっと涙ぐんでしまった。


『なんだ、そういうことか。この辺りに子供がいるなんておかしいと思った。仕方ないな……』


 そういうとドラゴンは身体を起こし身震いすると身体を低くした。


『乗れ』

「え?」

『村まで送る』

「良いの!?」

『仕方ない。ここにいられるほうが迷惑だ』

「ご、ごめんなさい」

『フッ』


 ドラゴンは微かに笑ったような気がした。

 それよりも俺はドラゴンに乗れることに興奮してしまっていた。いそいそとドラゴンの背によじ登りしがみつく。


『しっかり掴まっていろ』

「う、うん」


 ドラゴンは翼を大きく羽ばたかせ一気に空高く舞い上がった。


「うわぁぁあ!! すごい!! すごい!!」

『興奮し過ぎて落ちるなよ?』

「うん!」

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