決戦の朝

 次の日。霧がクレイルの町をおおっている。出立の日にふさわしい。


 サキヤとジャンとバームは州軍の本部で馬を借りる。三人は馬に乗り、カリムド正教へ向かう。正教までは馬で三日の距離だ。


 サキヤは後悔はしていない。心残りはやはり母とミールのことだが、商売をし始めて経済的に自立をしたようだ。あとは母に任せるだけだ。


 この三ヶ月で、本当に様々なことがあった。怪物騒ぎからリーガルを倒すまで。いろんな思いがサキヤの胸を去来する。


(おれは強い。いや強くなっているはずだ)


 そう自分を鼓舞する。でないと大司教様を倒すなんて尻込みしてしまう。


 昨日の夜にピリアに聞いた。


「相手が動けなくなる魔法なんてないの?」


「メールド流にある。しかしあやつには魔法はきかんぞ」


「ピリアは知り合いなの?大司教様と」


「知り合いもなにも……まあ、よい。いずれ分かることじゃ」


 歯切れの悪いピリアの言葉にやきもきするサキヤ。しかし行くことを止めないとは、ピリアに秘策があるとみてとった。


 三人は馬を軽く走らせている。ジャンが近付く。


「大司教ヨブ・シモン……全く得体がしれないが、サキヤ、何か案はないか」


 サキヤは考え込む。


「案なんて思いつかないよ。まずはサーバーとやらを止めてもらうように正面堂々頼みこむ。おれの考えはそれしかない」


 しかしジャンが否定する。


「それをやるとシモンも死んでしまうんだぞ。首を縦に振るとはとても思えない」


「ああ、そうか……」


「とにかく戦いに備えて心の準備だけはしておけよ」


 ジャンの指摘に納得するしかないサキヤであった。




 途中の宿場町で二泊し、決戦の朝がきた。サキヤの胸が高鳴る。大きく息をし馬に乗ると、三人揃ってまた走り出す。


 あと一時間ほどでカリムド正教の大礼拝堂に到着する。


 その時金の盾からピリアが表れる。


「皆止まれ。止まるのじゃ」


「なんだなんだ爺さん。なにかいい案でも思いついたのかい」


 ジャンがからかい気味に聞くとピリアが真面目な顔をして答える。


「思いついた訳ではないわ。ワシの知ってることを話しておこうかと思うてのう」


 ピリアが遠い目をして語り始める。


「その昔、そう途方もない昔に天界はある天使によって荒れに荒れておった。その名をマスティマという。マスティマは傲慢で自分は最高神ゼウス様より力があると思い込み、仲間の天使たちと一緒に神々に戦いを挑んだ……」


「何でピリアがそんなことを知ってるんだ?」


「ワシも神の一人として戦ったからよ」


 ジャンがうなる。


「ピリアが神!……やはり……」


「戦いは二百年も続き、とうとうゼウス様みずからマスティマと決戦にうってでた。天使マスティマは、醜い悪魔へと変貌をとげ、天界から地獄に落とされた。当然の報いじゃ。ところがどうやって脱出したかは知らねどいまは地上におる。それこそが……」


「おいおいおいおい、まさかそれがヨブ・シモンだっていうんじゃねーだろうな……」


「そのまさかよ」


 バームがうめく。


「人工的に生みだされたリーガルなんかと違って、正に本当の悪魔……か」


「だからシモンの頭脳がサーバーの中にあるというのは全くのデタラメじゃ。人間の体を借りて何か企んでおる。良からぬことを考えているのは間違いない」


 ジャンが大きくため息をつく。


「最高神に逆らった悪魔なんて……全く勝てる気がしない……」


 ピリアが自慢げに言う。


「やつを倒すのに一つだけ手はある」


「どんな?」


 三人同時に聞く。


「その神々と、天使との戦いに参戦していたディアボルスという天使がいてな。ワシがその剣を取り上げたのじゃ。真っ赤な剣でのう、魂まで斬ることが出来る。それを取りにいくのじゃ!」


「どこへ?」


「天に隠してある」


「天に?」


「空の上にじゃ。サキヤ、そこに立て」


 嫌な予感がしながらも道の上に立つサキヤ。


「金の盾を上に上げしっかり持つのじゃ」


 嫌な予感がますます強くなる。


「行くぞ!」


 ピリアが天に飛び立った。それに連れて金の盾が浮き上がる。


「うわ」


 サキヤは覚悟を決める。


 金の盾が一気に上昇する。


「うわー!」


 ジャンとバームがぽかーんと眺めている。


「死なないことを祈ろう」




 サキヤは超高速で天に向かうと、なにか光るものを見つける。


「これが『ディアボルスの剣』じゃ!」


 真っ赤な剣が斜めにくるくる回っている。


「一発でつかめよ!」


 サキヤは狙いをすまして持ち手をつかみ取った。


「よし!これで剣と盾が揃った!」


 サキヤが叫ぶ。


「よし降りるぞ」


「うわー!」


 今度は超高速で落下していく。


 地上に近付くにつれ減速する。「ふう」サキヤが一息ついた。


 ストッ


 無事に着地した。ジャンとバームが拍手でむかえる。


「すごい剣だな。本当に真っ赤だ。しかもでかい。サキヤに扱えるかな」


 サキヤが答える。


「それが見た目と違って、もの凄く軽いんだ。これならおれにもやれる!」


 ジャンがその様を見てうなづく。


「よし、シモンを仕留めるのはサキヤに任せる。俺たちは援護にまわる」


「おう!」




 三人は馬を飛ばしカリムド正教の大礼拝堂の前に立つ。そして真っ直ぐにシモンがいる部屋へと向かう。


 前に進むと、切り刻まれるという場所にきた。ピリアが表れてその装置をクレピタスで粉々にする。


 中に進むとシモンがやはり後ろを向き、なにやら本を読んでいるようだ。


 ピリアが大声で呼ぶ。


「ヨブ・シモン……いや堕天使マスティマ!」


 シモンが振り返る。ニヤリと笑い四人を見渡す。


「ほうこれはこれは守護と安寧の神ピリア様。今日はどういうご用件で」


「なぜこのようなところで司教なんぞに納まっておる」


「ふん。それを言ってどうするよ」


「下らん悪巧みならお主を倒すまでよ!」


「その後ろにあるサーバーに生きている魂を全員悪魔にした」


 ピリアが怒る。


「なんじゃとう」


 シモンがニヤリとしながら立ち上がる。そしてジャンを指さす。すると黒い影がサッと表れてジャンに乗り移る。


 ジャンがサキヤに剣で攻撃を始めた。盾で防ぐサキヤ。


 シモンが、目を見張る。


「ほう、そいつが持っている剣……ディアボルスの剣ではないか。面白い」


 次はバームだ。こちらも槍でサキヤを襲う。


 ピリアが宙を舞いながら呪文を唱える。


「えーい。シレンティウム!」


 ジャンとバームが固まる。


「う、動けん!」


「あとは頼むぞサキヤ!」


 ピリアが叫ぶ。


「どうせその一万人の悪魔を使って、この世を支配することでも画策しとるのじゃろう」


「この世界を?わははは小さい小さい!」


 シモンは正面に向かって立った。すると体が膨らんでいき、体中の肉が裂け、血まみれになりながら巨大化していく。全ての肉片が剥がれ落ちた。


 体が鈍い銀色に光る、二本の角が生え醜い顔をした身長二メートルほどの堕天使マスティマが姿を表した。


 その異形で血まみれの体と、悪魔のまなこの威圧感。本当に勝てる気がしない。




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