拷問

 サキヤはガランとしたレンガづくりの部屋で、後ろ手にロープで縛られ椅子にくくりつけられている。


 目の前にはテーブルに置かれたランプとドーネリア軍の上官らしき女。後ろには二人の男が木剣を持って待機している。


「始めるよ」


 リュドミュラが低い声で尋問を開始する。サキヤはあきらめ顔で死をも覚悟した。


「名前は」


「サキヤ・クロード」


「階級は」


「少尉だ」


「ゲリラ作戦の詳細は?」


「知らない。俺は休暇中で家族と銀行回りをしていたからだ」


 ふんぞり返っていたリュドミュラが激怒する。


「知らない?そんな大切なことを尉官が知らないはずないだろう!」


 リュドミュラがあごを上げると、肩にきつい一打が。


「くそ!知らないものは知らないんだよ」


「もういいよ。アウディーレ!」


「何の呪文だ」


「お前の心を読んでいるのさ……おおまかなことは知ってるじゃないか!」


「本当におおまかなことだけだよ!」


「おやり!」


 バーン、バーン、バーン


 いたるところを三発殴られる。


 リュドミュラの目が光る。


「さて、本題といこうか。この金の盾はどうやって手に入れたのさ。ラミル流の使い手なら考えられなくもないけど、あんた魔導師でもなんでもないだろう」


「なんとなく入って、なんとなく取れたんだよ」


 また三発食らう。


「痛い痛い!くそ!」


「吐かないのならいいよ。アウディーレ!」


「卑怯だぞ!人の心を勝手に読むなんて」


「うるさいわね、集中してるんだからおだまり」


 リュドミュラが右手をサキヤの頭にかざす。


「なになに…………白く光る矢?……こんなもんなの、第一の試練て?…………次は温泉……こりゃきつそうだね…………小人との対決……最後は盾で防いでるじゃないか!こんな簡単なもんなの?何百年も破られていない、三つの試練って!」


 サキヤがぼそりと言う。


「何かが導いてくれたんだ。大いなる意志とでもいうのかな。そうとしか考えられない……」


 まっすぐにリュドミュラが、サキヤの目を見て問う。


「神の導きだとでも言うのかい……それが本当なら、あんたは死なずにここから出られるとでもお思い?」


「もちろんさ」


「ふん、やりな」


 ドスッ!バシッ!


 顔面を殴られ、蹴り飛ばされ、容赦のない拷問が始まった。


 そこに表れる魔方陣。


 カルムが表れたのだ!


「戦局の様子を水晶で見ていると、ここにたどりついた。大将の姉さんよ。この戦争勝ったと思っているみたいだがな、負けるぜ、ドーネリアが。その証拠にガレリアの様子を見てみるんだな。壊滅している。風は明らかにオーキメント側に吹き始めた」


「な、何だってー!」


 リュドミュラが、水晶を出しのぞいている。


「ほ、本当だ……しっちゃかめっちゃかじゃないか……か、母ちゃん、リドル、フィルサス……!」


 立ち上がるリュドミュラ。一目散にその場から消えて、二度と戻ることはなかった。


「さて、こいつはあずかっていく。戦友なんでね、放っておくことはできない」


 人差し指をくるんと回すとサキヤを縛っていたロープが全て外れた。気を失っているサキヤを宙に浮かせ魔方陣の上まで移動させると、サキヤは消え失せた。


 隅で震えている兵士二人。


「お前たちも目障りだ。ムターティオ!」


 二人はネズミになり、何処かへ消え失せた。


「サキヤは神に導かれている?ふふ」


 金の盾を持ち、カルムもその場を後にした。




「サキヤ遅いねー」


「せっかくお店見つかったのに。ねぇお母様、ベルトさんに言って昼間は改装工事でいないって伝えとけばいいんじゃないかしら。そうしたら安心よ」


 母は、ため息をつく。


「せっかくこれからだっていうのに……じゃあまだ二階の宅地には移れないね。ここで待つしかないみたいだね」


 ミールが励ます。


「もう大分寒さもやわらいだし、あと少しの辛抱よ」


「あんたは楽天家だね」


 恥ずかしげにミールが呟く。


「サキヤと会ってから性格が変わったみたい」


「おー、お熱いねー。はっはっは」


 母は、楽しげに笑った。




「撃てー!」


 ゲリラ戦は夜にまでおよぶこともあった。確実に削られていくドーネリア軍の兵士たち。


「撤収ー!」


 そして忽然と姿を消す。


 ドーネリアの兵たちは寝ることもできない。互いに喧嘩が絶えなくなり、最後は斬り合いまで起こる始末だ。


 それを見ていた少尉が上官に耳打ちする。


「読まれました?あの文を」


「ああ、ガレリアが壊滅したというやつか」


 さらに声を落とす。


「大将のリュドミュラのやつも家族を探しに帰ったとか。戦争を叫んだエレニア王も死に、いまやなぜこの戦争をしているのかさえ分からなくなりました。補給線も途絶えこのままでは確実に全滅です。引き上げた方が賢明かと」


 それを聞いた少佐は目をつぶって腕を組む。


「うーん、ここらが限界か」


「そのように思いますが」


「分かった。明日中将に進言しよう。よくぞ言ってくれた。今夜は早めに寝ろよ」


「は!」


 次の日朝から将校たちが集まり、作戦会議が開かれた。


 中将が宣言する。


「もはやエレニア王もいない。補給線も断たれた。進退きわまった。全軍を退く!」


 ドリーナ峠に向けて退却していくドーネリア軍。そこへ砲撃の嵐が。


 ドガーン!


 ズガーン!


 歩いて退却していたドーネリア軍だが、皆あわてて走り始めた。


 大笑いするオーキメント軍の兵士たち。ドーネリア側は戦慄していた。


「ここまで攻めておいてむしろ逆に追い詰められていたとは!」


 ドリーナ峠に着くと今度は前から砲撃が!


 ドーン!


 バゴーン!


 次々と倒れる兵士たち。数百名が逃げ延びたものの、ほぼ全滅という末路をたどった。


 こうして戦局は見事に逆転。オーキメント紛争は幕を下ろした。




「目が覚めたか」


 サキヤがベッドから起き、庭に出てみると、男が何かを壁に作っている。


 男が振り返ると懐かしい顔が。


「キミは確かカルムじゃないか!?」


「まだ少し顔が腫れてんな。」


 サキヤは思い出す。


「そうだ、おれは確か拷問にあっていて……あとは思い出せない……キミが助けてくれたのか」


 壁に四ヶ所鎖を取り付けているカルム。


「気まぐれさ」


「あ、ありがとう、死ぬのを覚悟したよ」


 カルムが笑う。


「人間そんなに簡単には死にはしないさ。だが酷い怪我だった。だれが治してくれたと思う?」


 サキヤはあれこれ考える。カルムが言う。


「そこにある金の盾の小人だよ。あの爺さんメールド流だけじゃなくて、ラミル流も使えるみたいだ。『こりゃいかん!』ってヒールの魔法でお前を治してたよ。感謝するんだな」


「そうか、ピリアが……」


 ガツガツ


 カルムは鎖を引っ張っている。


 サキヤがそれを見て質問する。


「何を作っているんだ?」


「張り付けの壁さ。これからある儀式を行う。そのために必要なんだ」


「儀式?」


「なんなら見学していくか?」


 サキヤは少し興味が湧き、うなずく。


「見てみよう」


 軽い気持ちで同意するサキヤ。まだ事情を全く知らない。


 そこへ庭に魔方陣が光り、その上にボレロが表れた。


「来てくれると思ってたよ」


「準備はいいようだな」


 カルムがボレロと握手をする。


「ところでこいつは誰だ」


「見物人さ」


「ふーん。まあいいだろう。 インウォカーティオの経文が書庫にあるはずだ。探してくる」


 上の服を脱ぎ、壁に張りつけた鎖で両手両足を縛るカルム。


 これから儀式が始まる。




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