戦局の崩壊

 季節外れの霧が立ち込めるなか、ドーネリアの大砲隊が塹壕の一点に向かって一斉に砲撃を開始する。


 ドーン、ドーン、ドーン!


 塹壕の中で寝ていたオーキメントの兵士たちが生き埋めになっていく。大将のナラニがようやく戦術を転換したのだ。塹壕は次々に埋まっていく。


 工兵たちが出ばり即座に十メートルに渡って塹壕跡を平にならしていく。大砲台を前に進めるためだ。


「最初からこうすればよかったんだよ。あんなに死人を出しやがって」


 工兵の一人がぶつくさ言っている。


「し!上の者に聞かれるとヤバいぞ」


「分かってるよ」


 作業は続く。




 ガジェル将軍は猜疑心が強い。まだ大統領暗殺の噂を気にしている。


 そのテントの中に突然ヒームスが表れた。


「だ、誰だ貴様」


「ただの薬屋にございます。ガジェル将軍。お初にお目にかかります。ヒームスとお呼び下さいませ」


「その薬屋が朝も早くから何の用だ」


「実はよき薬をお持ちいたしました。気にいってもらえるかと」


 ガジェルは興味が湧いた。


「どんな薬だ?」


「はい、実はこれでして……自白剤にございます」


 ヒームスは「ウーラ」を取り出す。


「自白剤?」


 ヒームスはひそひそと用法をガジェルに耳打ちする。


「それはいい、不穏なやからをあぶり出せるというわけか」


「はい、朝のスープに私が入れて参りましょう」


「頼んだぞ」


「御意」


 ヒームスは消えた。




 霧が晴れてきた。前線ではすでにドーネリアの工兵隊とオーキメントの弓矢隊が激しい攻防を繰り広げている。


 この前線が突破されたらオーキメント側には命取りになる。必死の戦いが続く。




 朝食が終わると将校たち約四十人が、ガジェルの呼び出しに集まる。皆朝の食事でウーラを飲んでいるので足元がおぼつかない。


 原っぱの中座っていると、ガジェル将軍の登場だ。


「ご苦労」


 皆が立ち上がり敬礼をする。


「さて今日集まってもらったのは大したことではない。みな気分はどうじや、いつもよりいいであろう?ん、どうじゃ」


「言われて見れば……」


「んー、よき気分にございます」


「そうであろう、そうであろう。それでは順番に一人づつわしのテントにやってくるのだ」


 最初の少将がテントに向かう。テントの入り口には左右に憲兵がものものしく立っている。


 訝しく思いながらもテントに入る。


「まあ、座れ」


「何のご用でございましょう」


「気分がいいであろう?」


「はい、空を飛ぶような心地にて」


 ガジェルは小瓶をとりだす。


「みなが気分が良くなるように、これをスープにいれてあげたのじゃ。もう一本欲しいか」


「はい、いただけるのならば」


「そうであろう、そうであろう」


 小瓶を取ろうとしたので、手で制止する。


「待て待て待て、まずはわしの質問に答えてからじゃ」


 少将の目がだんだん血走ってきた。


「お前はあらぬ噂を吹聴したことはないか」


「そ、それは……将軍が大統領暗殺の黒幕だという話ですか」


「それよ。誰かに話したか」


「はい、同僚に伝えてまわっておりますが? 答えたので、その薬を……」


「よく効くのうこの薬は」


「将軍。薬を!」


「えーい、やれるか!おーい入ってこい!」


 憲兵がテントに入り、少将に手錠をはめる。少将は訳が分からない。


「連れていけ。段取りは分かっているな。城の地下牢だ」


「は!」


 少将が叫ぶ。


「薬を、薬をー!」


 ガジェルは隠していたウイスキーをうまそうに舐めた。




 ヒームスが総本部に戻ってきた。リーガルに近づき報告する。


「ただいま戻って参りました。どうやら幹部将校の粛正が始まった様子。リーガル様の狙い通りでございます」


「そうか、ふふふ。これで指揮系統はズタズタ。ドーネリアが一気に優勢になったということだな。では、参るとするか。ニムズも行くか?」


「お供いたします」


 リーガルが左手を軽く振ると、円形の魔方陣が表れた。


 その上に立つリーガルとニムズ。ゆっくりと体が消えていく。




「えーい、こりゃきりがねーな」


 負傷兵をヒールの魔方で治していくバーム。次々と詰所に運ばれてくる兵を見ながらつぶやく。


「応援が必要だ。俺はもう魔力切れだ。カリムド正教の本部に行ってくる」


 バームは同僚たちにそう告げると、事務所に顔を出す。中ではジャンがまだリポートと格闘中である。隣にはサキヤが。


「ジャン、サキヤ。付いてきてくれ。カリムド正教の大礼拝堂に行く。ラミル流の使い手たちに応援を頼みに行くんだ」


「おう、そんなに戦況がひどいのか」


「ドーネリアの方が戦術を変えて大砲をぶっ放し始めたんだ。おかげで俺は魔力切れだ。ラミル流の魔導師をかき集めてくる」


「分かった。緊急事態だな。来いサキヤ!」


「はい!」


 そこへピリアが表れる。


「サキヤよ。唐辛子……」


「ほれ!」


 少しピリアに腹が立つサキヤである。




 三人は軍事施設を馬で後にする。早馬で半日の距離だ。一目散に馬を飛ばす三人。三時間もすると、馬のペースが落ちてきた。


「少し馬を休めさせよう」


 手綱を引き川の水を飲ませる。


「ジャン、リーガルが来た場合負傷者はさらに多くなるぞ」


「分かっている。やはりキリウムをぶつけるしかないな。うちの大砲は十台だ。これでリーガルを倒せるとは、とても思えない」


「それしか手がないようだな、ウォンティア!」


 バームが馬に与えるかいばを出した。


「わ!なんだよその魔法」


「はは、見せたことなかったかな。このウォンティアって魔法は、流派を問わずまず身につける初歩の魔法だ。ひじょうに便利な魔法だよ。俺はなるべく使わないようにしているが」


「魔法剣士恐るべし、だね」


 サキヤも驚いている。


「ははは、そういうこと言われるから普段使わないんだよ」


 しばらくしてからジャンが号令をかける。


「よし馬も十分休んだだろう。出発しよう」


「は!」


(夕方までには間に合ってくれよ)


 サキヤはそう念じ、また馬を出した。




 戦場に表れたリーガルとニムズ。まずは大将のナラニの所に行く。


「戦局はどうなっている。俺がリーガルだ」


「こ、これはリーガル教皇さま。来ていただけましたか。恐縮でございます」


 ナラニが頭を下げる。


「オーキメント側は最初国境線いっぱいに塹壕を掘っておりました。そこで矢で倒そうとしましたが、向こうは塹壕から矢を撃ってきますものですからこちらは断然不利。そこで作戦を変えて大砲で塹壕を責め、ようやく大砲台が進める道を作ったところでございます」


「塹壕内に敵はまだ潜んでいるのか」


「ずらりと並んでおります」


「そうか、ではそこから攻めよう」


「ありがとうございます!」


 リーガルが塹壕の方へ歩いていくと無数の矢が飛んでくるが、透明な盾を持っているかの如く、リーガルの前で弾かれてしまう。


 塹壕までやってきて右手を伸ばすと


「フレア!」


 呪文を発すると塹壕内の兵たちが紅蓮の炎に包まれる!


「ぐわー!」「ぎやー!」


 地獄の炎に焼かれ、兵が次々に倒れていく。


 リーガルは振り返ると今度は反対側だ。


「うわー!」「げやー!」


「クレピタス!」


 次は地上に展開している兵に向けて容赦のない怒涛の攻撃。


 ズガーン!


 バカーン!


 大量の兵が吹き飛ばされ、前線はパニックに陥る。


「助けてくれー!」


 後退する兵に向かってドーネリアの大砲が火を吹く。


 ドーン!


 ドーン!


 なにしろオーキメント側は、すでに指揮命令系統が崩壊している。大佐たちが大声で叫ぶのみ。


「退却だー。退却だー!」


 膠着状態はこうして突破された。


 まだ部下の尋問をやっていたガジェル将軍。ドーネリア軍に捕まり、酒に酔った赤ら顔を上にあげ、連行されながら叫び続ける。


「さ、酒を、酒をー!」





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