第7話 う、売られる……


 「んあ?」


 寝ぼけた頭を揺らしながら食卓に向かうと、何だか余所行きみたいな恰好の二人が料理を並べていた。

 また狩りにでも行くのだろうか?

 なんて思ってみたりもするが、昨日とは違って今日はちょっと洒落ているというか。

 もしかしてお出掛け? だとしたら俺も早い所準備をしなければ。


 「スー」


 こちらに気付いたリリシアさんが、優しい笑みを浮かべながら目の前で膝を折り、何かを伝えて来る。

 当然何を言っているのか分からず、とりあえず朝の挨拶だけしておいた。

 その後は皆揃って朝食を頂いた訳だが……なんか、妙に豪華だ。

 朝からこんなに食べて良いの? とか思ってしまう程、テーブルには大盛りの肉や野菜が並んでいる。

 人によっては朝から胃もたれしてしまいそうなメニューの数々だが、俺の場合身体は少女、頭脳は男子中学生。

 よって胃もたれどころか「早く食わせろ」と身も心も求めて来る訳だ。

 もうお世話になり始めて三日目だが、分かった事が一つ。

 “こっち側”の世界、普通に料理が旨い。

 というか“向こう側”で言う、空想の世界でしか見た事のない豪快な料理が並ぶのだ。

 実際には探せばあったのかもしれないが、普通の家庭で育った俺には縁のなかった巨大な肉塊など。

 買ったらいくらするんだよこんなのって大きさの肉を、テーブルの真ん中に置かれた鉄板の上で豪快に切り分けてくれるのだ。

 目の前に置かれれば、顔よりもデカいんじゃないかって程のステーキ肉。

 ファミレスで食った肉は一体何だったのかと思ってしまうくらいに分厚く、ユラユラと上がる湯気と共に追いソースの良い香りが鼻をくすぐる。

 ソースに何が使われているとかは良く分からないが、旨ければ何でも良い。

 豪快に肉に齧り付いてみれば、口いっぱいに広がる肉の旨味とソースの味わい。

 こんなのいくらでも食えるぜ! とばかりに齧り付いていたのだが、残念な事に身体はちっこい女の子。

 成長期であろう体は結構食べられるのだが、如何せん顎が疲れるのだ。

 圧倒的に筋力が足りない、もっと鍛えなければ。

 狩りが出来ない処か、ステーキ肉に負けている様では話にならない。

 という訳で、必死にもっきゅもっきゅと噛みしめていた訳だが。


 「スー、――」


 お爺ちゃんが何か呟いたかと思えば、俺の皿を回収していくではないか。

 待って、まだ食べるの! お腹いっぱいになって無理して食べてるとかじゃないの!

 などと反論したかったのだが、口の中がお肉様でいっぱいの為ムームーと呻く事しか出来ない。

 そんな俺を見て二人は笑って何かを呟き、その後鉄板の上に戻される俺のステーキ。

 温め直してくれているのだろうか?

 でもそれではもっと良く焼きになって、更に固くなってしまう気がするんだが。


 「お? おぉ?」


 どうやら俺の心配は無用の長物だった様で、鉄板に置かれたステーキに何度もナイフを入れていくお爺ちゃん。

 幾つもバッテンが重なった様な見た目のアレだ、ステーキ屋さんとかで見た事ある。

 更に。


 「おぉぉぉ……」


 何やら黄色っぽい液体がその上に掛けられ、鉄板まで到達すればブワッと良い香りが広がって来る。

 これは間違いない、バターの香りだ。

 その後小さくカットして頂き、再び目の前に戻って来る山盛りのお肉。


 「改めて、いただきます!」


 言葉にしてからフォークを突き刺し、待ちきれないとばかりに口に放り込んでみれば。


 「うまぁ……」


 思わず頬が緩くなってしまいそうな程、先程とは違った旨味が口の中を支配していく。

 バターの濃厚な香りもそうだが、たくさん切り込みを入れてくれたお陰か、非常に噛み切りやすい。

 先程までの豪快にガブガブ食いつくステーキもロマンが溢れているが、こっちは何だかちょっとお上品になった気分だ。

 そんな訳で次から次へとカットステーキを減らしていけば、笑顔の二人が他の料理も進めて来る。

 何だかんだ昨日まではビクビクしながら生活し、捨てられるかもと常々考えてしまっていたが。

 今の光景を見れば俺でも分かる。

 この人達は良い人達で、きっと役に立たないからと俺を捨てたりなんかしないのだろう。

 改め安堵の息を吐きながら、今度はスープを一気飲みしていれば。


 『そんなに食って、腹タプタプで動けなくなっても知らねぇぞ? ただでさえ今日は歩くんだ』


 足元のビルが、こっちもこっちで普段より豪華なお食事を楽しみながら呟いて来た。

 その隣では、ちょっと存在を忘れそうになるモモンガも一緒。


 「へ? やっぱどっか行くの」


 プハッ、なんて声を上げながら空っぽになった器をテーブルへ戻し、口元を拭いながら足元へと声を返してみれば。


 『ん? あぁ、お前は二人の言葉が分からねぇんだったな。俺には両方普通に聞こえるからたまに分からなくなるな……まぁ何でも良いや。街に行くんだと。しばらく家を空けるから、朝からこれだけ豪華って訳だ。状況によってにはなるが、もしかしたら戻らないかもって事だから俺も行くぞ』


 ……街ですか。

 ふ、ふーん? あれかな? お買い物かな?

 俺の服とかも買ってくれると嬉しいな、なんて素直に考えられれば良かったわけだが。

 ビルは言っていた、しばらく家を空けると。

 街が遠いからって事かな、そこはまぁ良い。

 でも話からするに、俺も付いてく事が決定の様だ。

 更にビルは言った、もしかしたら戻らないかもと。

 それってつまり。


 「ド、ドナドナ?」


 『はぁ?』


 何かいつもよりお洒落だし、きっとそうだ。

 二人がやけに嬉しそうに微笑んでいたのは、今から臨時収入が手に入るからだったのだろうか?

 この食事も、たくさん食べて健康的な見た目にして、出荷する為だったりする?

 つまり俺は荷馬車に積まれ、これから売られてしまうのだ。

 や、やはり異世界は怖い所だ。

 しかし俺には拒否する権利も、逃げ出す力もない。

 森の中をこの体一つで突破するなど、完全に無理。

 となると大人しく売られ、買い手が良い人である事を祈る他ない。

 さっきまでこの二人は良い人だ何て思っていた訳だが、今ではそうとしか思えなくなってしまった。

 だって俺役に立たないし、言葉もわかんないし。

 二人からしたら保護する理由皆無だもの。


 「い、今の内に食べておかないと……」


 しばらくろくな食事を取れなくなるかもしれない、ならば食い溜めしておかなければ。

 冬眠する前の熊かという勢いで食事を腹の中に突っ込み、限界を突破する寸前まで栄養を蓄えていく。


 『おい、だから……もういい、好きにしろ』


 ビルからは呆れた瞳を向けられてしまったが、それどころでは無いのだ。

 こっちは明日から食べ物に困る可能性がある、ならば今食わねば。

 どうか、良い人に貰われますように。

 それだけを祈りながら、俺はひたすらステーキ肉に齧り付くのであった。


 ――――


 「スーの様子はどうだ?」


 馬に跨りながら、隣で乗馬している二人へと視線を向けてみれば。

 そこには困り顔のリリシアと、何やら暗い表情でペタンと耳を畳んでいるスーの姿が。

 朝起きた時はいつも通り微笑んでいたし、食事もたくさん食べていた。

 なので体調が悪いという訳ではないと思うのだが……。


 「馬に乗る前からだから、酔ったという事ではなさそうだしね。多分食べ過ぎてお腹が苦しいんだろう、大丈夫だよ」


 そう言いながらリリシアが彼女の頭を撫でてみるが、コレと言った反応を示さないスー。

 膝に乗っているビルが鳴き声を上げる度、何やらポツリポツリと言葉を返している様子はあるが。


 「馬を怖がっているのかと思ったが……それも違いそうだな。スー、街に着いたら美味しい物を食べよう。山の中では菓子の類は食べられないからね」


 そう言って覗き込んでみれば、少しだけこちらに視線を向けた後、何かを小さく呟いてから再び視線を落してしまう。

 参ったな……何か怒らせる事をしてしまっただろうか?

 まさか森を出るのを嫌がっているとか? 何故だ?

 と、一人首を傾げてみた訳だが。

 森を抜け、街道が見えて来た頃。

 スーは顔を上げて、悲しそうな表情を浮かべてからギュッとビルの事を抱き上げた。


 「リリシア、これってまさか」


 「街に向かう事を理解したんだろうね、そしてこの様子だ。人の多い所に良い記憶が無いのか、それとも街に行ったら売られるとでも思っているのか。どちらにせよ、悪い記憶があるのだろう」


 この子の過去は未だ不明のまま。

 聞いた事のない言葉を話す事から、近くの国や村出身では無い事だけは確かだが……やはり良い生活では無かったのだろう。

 思わず奥歯を噛みしめながら、馬を近くに並べて彼女の頭に手を置いた。


 「大丈夫だ、スー。怖がることは無い、俺達が一緒にいるからな?」


 なんて言った所で、伝わってはくれないのだろうが。

 それでもチラッと此方を覗き込んで来た彼女を安心させるために、ニカッといつも以上に笑顔を見せてやった。

 俺はあまり豪快に笑う方ではないし、眼つきも悪い。

 だから、ちゃんと安心させられたのかは分からないが。


 「まぁ何はともあれ、到着したら甘い物でも食べさせてあげよう。そうすれば、少しは落ち着くだろう」


 リリシアは困った様に笑いながらも、前に跨っているスーをもう一度抱き直し、自らに彼女の体重を預けさせる。

 リリシアがスーを抱っこして、スーがビルを抱っこしているという凄い構図になっているが。

 もっと言えばスーの頭の上にモモンガも乗っかっている。

 思わずその光景に微笑みを溢し、まだまだ続く道の先へと視線を向けた。

 もう、何年振りだろうか?

 俺とリリシアが森の中で生活し始めて、随分と長い月日が経った。

 その間に色々な事が変わっているだろう事は想像出来るが……。


 「懐かしいね、“アーラム”に向かうのは。もう随分と昔の記憶だ」


 同じ事を思っていたらしいリリシアが懐かしそうな、それでいて悲し気な表情を浮かべる。

 まぁ、それも仕方のない話なのだろう。


 「あぁ、少しでも良い方向に向かってくれていれば良いが……どうだろうな」


 「私達が余計な事をしなければ、もう少しマシな今があったのだろうか……」


 「リリシア、止めよう。スーの前だ」


 「……そうだね」


 それきり会話は無くなり、馬の蹄が地面を蹴る音だけが聞えて来る。

 これではいけないと分かってはいるものの、過去の記憶からどうしても重い空気になってしまった。

 俺達が何もしなければ、あの国の民はもっと犠牲になっていたかもしれない。

 だが俺達が手を出したばかりに、他の国の民が犠牲になった。

 もう随分と昔の記憶だが……それでも。

 なんて、二人揃って重い感情を抱いていれば。

 グゥゥゥという盛大な腹の虫が鳴り響いた。

 視線を向ければ、気まずそうな顔をしながらお腹を押さえるスーの姿が。


 「フフッ、成長期だからな。グラベル、一度休憩してご飯にしようか」


 「そうだな、少し行ったら川がある。もう少し我慢できるか? スー。そこで休憩しよう」


 やはり、この子は神様から俺達に託された救いの手なのかもしれないな。

 過去に向き合うきっかけをくれ、俺達がこうして悪い空気になってしまえば場を和ませてくれる。

 そしてこの子を見ていると、どこまでも安らぎを覚えるのだ。

 子供が居る生活というのを、今まで想像した事がなかったわけではないが。

 こんなにも良いモノなのかと、柄にもなく考えてしまう程。

 この生活を守る為にも、この子を幸せに過ごさせる為にも。

 俺達は過去と向き合い、街に行って可能な限りスーの能力や故郷の事を調べる必要があるのだろう。

 普通なら子が母を求めない筈がない。

 もしもスーが帰りたいと願うのならその時は、俺の短い余生を全て使い切ってでも、彼女を親元まで送り届けようではないか。


 「グラベル、どうしたんだい?」


 「もしかしたらいつか、スーが俺達の元を離れて行ってしまうのかと思うとな」


 「気が早いよ、馬鹿者め」


 その光景を想像すると鼻の奥がツーンとしてしまい、リリシアからは呆れた視線を向けられてしまった。

 彼女が幸せになれるのならそれで良い。

 だがその光景が嬉しいような、寂しいような。

 どうにか表情を隠そうと、思わず空を見上げた。


 「とにかく、今は私達が親代わりなんだ。しっかり頼むよ? お父さん」


 「あぁ、任せろ」


 旅の道中はどんな危険が潜んでいるのか分からない。

 だからこそ、今一度気を引き締め直すのであった。

 結果がどうなろうと、今すぐ何かが変わる訳じゃない。

 ならば今は、可能な限りスーの笑顔を増やす事だけを考えよう。

 馬に跨りながらも、体中の装備を再度確認していれば。


 「だから、気が早いよ」


 リリシアからは、再び呆れた笑みを向けられてしまうのであった。

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