25.役割 ♡ 演技 → 現実化 

 さすがにドラゴンが街にいたらパニックになるため、連れて帰るのはやめた。

(反対したのは勇者だけで『ドラゴンが街にいたらパニックになる』という至極当然のことをみんなに納得させるのに多大なる労苦と時間を要した。『みんな常識が欠如しすぎよ!』と勇者は最後まで頬を膨らませていた)


 代わりといってはなんだが、黄金色のドラゴンは龍種に伝わる宝具であるという【龍笛りゅうてき】を魔王に渡した。『へ、へへ……旦那。こいつを鳴らしてくれりゃ、一目散に駆けつけますぜ』と黄金龍は生物の頂点どころか三下さんしたっぽい口調で言っていた。『そうだな。手が空いて撫でたくなったら吹くことにしよう』と、魔王が手持無沙汰になるたびに人騒がせな呼びつけが起こりそうだったが、勇者はもう色々考えるのに疲れたため、最終的には『なるべく吹かれないことを願うわ。近所迷惑にはくれぐれもならないように……』と溜息交じりに承諾したのだった。


 そして現在。

 引き続き婚活会議の最中に。


「〝形〟から入ることにいたしましょう!」


 などと。

 聖女が両手を腰にあてて堂々と提案をしてきた。

 

「へ? かたち……?」


 勇者がぽかんと口をあける。

 聖女は得意げに頷いて、


「実際に魔王様ととして――お互いに〝新婚生活〟を営んでみるのです」

「ええと……つまりは、模擬生活シミュレーションってこと?」

 

 聖女は大きく頷く。


「人は〝役割〟を演じることで、次第に実際の感情も演技などではなく〝ホンモノ〟に染まっていくと伺ったことがありますわ」

「あー、確かに」


 勇者は指を空に立てながら補足する。


「たとえば舞台で恋人役を演じた俳優どうしが、現実世界でもくっついちゃったりとか?」

「まさしくですわ! ニセモノの役割もいつかはホンモノの関係になる――夢のあるお話ではありませんか?」

「……ま、一理あるかもね」


 しかし勇者はそこで溜息をひとつついて、聖女のことをジト目で見つめた。


「かといって、一方的に相手を〝旦那様〟呼ばわりして付きまとうっていうのは、ニセモノというより〝犯罪〟に近い気がするけど」


 聖女はそれが自分のことを指した皮肉だとはちっとも気づかずに、胸の前で両手を組んで目をきらめかせている。

 

「で? だれからやるのよ。新婚生活のシミュレーションとやらは」

「――ずい」


 と言って進み出たのは淫魔だった。


「そういうことなら、まずは、私がやる」


 淫魔は胸を張るようにしてから、視線を申し訳なさそうに地面に落とす。


「でも、さきにあやまっておく」

「謝る?」

「こくり」


 と言って淫魔は続ける。


「最初に私が新婚生活をしたら――魔王さまは今度こそ〝真実の愛〟に目覚めて、そのまま私たちは、ホンモノの新婚さんに、なる。モエネたちに出番は、まわってこない」

「あら、あら! 結構な自信ですこと!」


 聖女はわざとらしく驚くように口に手を当てた。

 

「うーん……まあ、その時はその時なんじゃない? 本来の目的は、魔王にドキドキしてもらうだけじゃなくて、その先の結婚にあるんだから。……って思ったんだけど」


 勇者は腕を組みながら続ける。

 

「魔王と淫魔が結ばれちゃったら、世界平和のためには意味がない気もするわね。魔族どうしの結びつきがより深くなっちゃうことになるし……でもひとまずは〝ホンモノの恋〟をさせたってことでなのかしら? ううん、複雑ね……」

「むずかしいことは、かんがえなくていい」


 悩んでいた勇者に対して。

 淫魔は堂々たる声色で、あでやかに言った。


 

「私が、最高のおよめさんに、なってみせる――」


 

 彼女のやる気は充分だった。



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