21.お触書 ♡ 条約破棄 → やるっきゃない!


 どこまでもな魔王に『真実の愛』を知ってもらうべく。

 聖女と淫魔と勇者は様々な作戦を決行した。

 お忍びでのデートや観光。恋愛に関するお芝居を観たり。一緒に運動をしてみたり。

 

 以前よりは互いの距離が近づいた気がするものの――〝決め手〟には欠けていた。

 

 よくも悪くも大きな進展なし。

(ちなみに勇者は聖教会に対して、魔族との和平を求める手紙をいくらかしたためたが……そちらの方も未だひとつの返事もないままだった)


 そんな停滞的な雰囲気が漂う中。


 魔王一行の4人は気分転換に街をぶらついていたら――


「あら? なんだか広場の方が騒がしいわね」


 街の中心部にある広場に人だかりができていた。

 何やら掲示板の前にひしめき合うように群がっている。


「お触書ふれがきかしら? ここからじゃ人がすごくて見えないわね……」

「あー! 勇者っちー! みんなー!」


 後方で背を伸ばしていたら、秘密の結婚相談所『マリアベイル』の占術士・ミミラミに声をかけられた。


「ミミラミさん! どうしたのよ、これ」

「それがねー、大変なんだよー!」占術士は眉を八の字にして目を潤ませる。「聖教会がね、【マルカラン条約】を破棄しちゃったみたいー……」

 

「「っ⁉」」


 勇者一行は驚き目を見開いた。


「嘘、よねっ……?」


 勇者が冷や汗とともに喉をならした。

 【マルカラン条約】――それは過去に人間族と魔族との間で。

 まさしく大戦争を繰り返した果てに結ばれた、両種族間における唯一の〝最低限の安保〟に関する条約だった。


「あれがあったおかげで、人間と魔族の間の争いは〝致命的かつ壊滅的クリティカル〟にならずに済んでたのよ? それが無視できるようになったら、戦いの中にありとあらゆるを事前宣告無しで投入できるようになる……一体どれだけ甚大な被害が出るか分からないわ。それこそ――」

 

 続きの言葉は、魔王が言った。


「世界は、滅びかねない」


 しいん、と沈黙が周囲を満たす。


「……大聖天日だいせいてんび、ですわ」と聖女が言いにくそうに言った。

「え?」

「近々、星々が巡り合わせによりそらに〝聖十字〟を描くのです。そして、聖なる力が高まるこの日にだけ発動できる古代聖兵器――【ラピトス】が聖教国の地下に眠っております」

「ラピトスって……本当に存在したの⁉ 聖書の中でしか聞いたことなかったけど……」と勇者が眉をひそめた。

 聖女は頷いて、「前の世界を終わらせた〝神の光〟とも言われ神聖視されておりますが――実体はただただ強大なです。ゴンドレーが率いる急進派がこのタイミングで和平条約を破棄した理由としては、最も辻褄が合いますわ」

「ちょ、ちょっと待ってよ! そんなトンデモ兵器なんて持ち出されたら……魔界はどうなっちゃうわけ?」

「おそらく、ひとたまりもないかと」

 

 勇者はごくりと唾を飲んで、魔王の方を見た。

 彼は変わらずぼうっとした表情を浮かべていたが……いつもよりまばたきが多く、何かを思案しているようにも見えた。

 聖女は続ける。

 

「幸か不幸か、古代聖兵器ラピトスの発動には始動鍵トリガーとなる【聖女】の力が必要ですわ。今のところ、モエネはそんなものを起動させる気はありませんから……杞憂に終わればいいのですが」

「あ……ちょっと待って」と勇者は思い当たる。「もしかして、聖教会がモエネのことを禁術を使ってでも取り戻そうとしたのは……?」

 聖女もハッとして、「考えたくないことですが、ラピトスを起動させるためかもしれません」

「うー……! だったら、なおのことモエネを聖教会あいつらに渡すわけにはいかないわね」


 そんな決意をしていると、後方から淫魔に尋ねられた。


「それで――次の大聖天日は、いつ?」

 聖女はばつが悪そうに目を細める。「……3日後、ですわ」

「3日後⁉」と勇者がおののいた。「そんなにすぐなわけ……? ねえ、魔王! どうしよう……」


 勇者が振り返って訊いた。

 しかし魔王は、

  

「ぬ? 何をそんなに焦っているのだ」


 などと。

 相変わらず淡々とした様子で言うのだった。


「って、逆になんであんたはそんなに落ち着いていられるのよ!」と勇者は苦言を呈してから、「あんたの故郷、なくなっちゃうかもしれないのよ……?」

「そうは言ってもな――余がやることは変わらん。余はもとより、世界の終焉を止めに来たのだ」

「た、確かにそう言ってたけど! こんな状況になっちゃったら、人間族のお嫁さんを作ってとか、呑気のんきなこと言ってる場合じゃないんじゃない⁉」

「しかしだな……」と魔王は頭をかいた。「他にどんな方法があるのだ?」


 問われて勇者は口をつぐんだ。

 彼女としても魔族との和平をかけあってみると言った手前、いくつかの行動はしていた。

 しかし聖教会に直接訴えた手紙の返事はないし。

 今までの人脈を使って、各国家に魔界との和平を申し出たものの……やはり聖教会の許可なく勝手なことはできないと断られていた。


 そして、何より。

 勇者は周囲の広場を見渡して――

 

『フン。いつかは、と思っていたが』

『いよいよ魔族との本格戦争か……!』

『これで世界が平和になるのなら――』


 街の人々がそんなことを口にするのを耳にした。


(そうよ。本来、魔族に対する見方はなのよね……)


 ――魔族は人類の平和を脅かす。

 

 それがどうしようもなく、今の人間界の世論だった。


 他ならぬ勇者だって――

 

 今の魔王に出逢うまでは。

 触れ合うまでは。

 一対一で語り合うまでは。


 ――世界の平和のために、魔王を討伐することを是としていた。


「確かに、今の世論を。世界のみんなを。納得させるには、それこそ……魔王が人間の嫁を取るくらいの〝非常識イレギュラー〟が起きないと無理なのかもしれないわ」


 勇者は悔しそうに唇を噛む。


「仕方ないわね……魔王。あんた、モエネと結婚しなさい」

 

「ぬ?」と魔王が意外そうに眉を跳ねさせた。

「ま!」と聖女が嬉しそうに手を口に当てた。

「ん」と淫魔が納得いかないように目を細めた。「どういう、こと」


「状況が状況だもの。契約結婚かもしれないけど……聖女と魔王っていうビッグネーム同士のカップルだったら、世間の人も納得するんじゃないかしら」


 言いながら勇者は違和感を覚えた。


(分かってるわよ。あたしが『本物の愛じゃないと』って言い出したことくらい……だけど世界の平和には代えられないもの)


 自分を納得させるかのように、勇者は心の中で呟いていたら――

 

「ぬ? 契約結婚もなにも――余には〝真実の愛〟の上でないと婚姻できない契約があるぞ」

「あ……」と勇者は目を丸くした。「そうだったーーーーーー!」

「そもそも貴様の言質からであろう」と魔王は怪訝に眉をひそめる。

「自業自得。シルルカが、わるい」と淫魔は非難の目を勇者に向ける。

「モエネとの結婚は、無しですか……?」と聖女は切なげに瞳を潤ませる。


「とはいえ、余の婚活を成功させると言ってくれたのも同じく――勇者、貴様だ」

 

 魔王は口元に笑みをたたえて言った。

 

「どのような事態になれど、余は信じておるぞ」


 そのまっすぐな視線に。言葉に。

 勇者はどきりと胸を高鳴らせた。

 

「しかし、余には分からぬな。残り3日で本物の恋をすることは一般的に可能なのか? ――勇者よ」


 そんな魔王のごく当然でシンプルな問いかけに。


「うー……!」


 勇者は即答することはできなかったが――

 それでも。唇をきゅっと結んで。拳に力をこめて。


 宣言するように言った。


 

「やるっきゃないわよ!!!!」


 

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