13.ダンス ♡ ガサ入れ → 正体

 仮面舞踏会。

 メインのフロアから少し外れた場所で。


「はあ――あたしもあんな風に踊れたらなあ」

 

 そんなふうに呟いていた勇者の手を、だれかが取った。

 心臓を高鳴らせて振り向くと――


「……って。なんだ、魔王じゃない」


 なんだ、と言いながらも魔王の掌の温もりを直に感じてすこし緊張する。


「急にどうしたのよ」

「そう首を傾げるな。せっかくの舞踏会だ。余と踊ってはみぬか?」

「へっ⁉」勇者は目を広げる。「でもあたし……踊れないのよ」

「構わぬ。余に任せておけば良い」

「きゃっ、ちょっと……!」


 魔王はそのまま手を引いて、困惑する勇者を自らの胸元に寄せた。

 奏でられる音楽に合わせてゆっくりと踊りだす。


「わ、わ、わー……!」


 勇者は思わず感嘆の声をあげた。

 任せておけば良い、という言葉どおりに。

 魔王のエスコートは完璧だった。

 

(す、すごい。体を魔王に預けてるだけで――自然と踊れてる……!)


 ステップを踏むふたりはいつの間にかダンスフロアの中心にいた。

 勇者の視界の中で壮麗な会場や人々がきらきらと回っていく。

 

(まるで、お姫様になったみたい――あ)


 リードをしてくれている魔王と至近距離で目が合あった。

 思わず逸らす。けれど他に行き場がなく、視線はまた彼の瞳へと戻る。

 自分の頬が赤いのが分かる。全身が熱いのが分かる。

 魔王は平然としていたけれど――その唇の端に、小さく笑みが浮かんでいるようにも見えた。


「本当に……王子、様?」


 勇者がぽそりと呟いたところで曲が終わった。

 周囲から歓声と拍手が巻き起こる。

 その対象はまさしく、フロアの中心でやり切ったように立ち尽くす魔王と勇者に向けてのものだった。


(――はっ⁉ あ、あたしったら、何を魔王なんかに見惚れてるの……⁉ こいつが王子様なワケないじゃないっ!)


 勇者は我に返り、慌てて魔王の手を離した。


「い、いつまで握ってるのよっ!」

「ぬ? しかし手を取らねば踊れぬであろう」

「それはそうかもしれないけど……うー……」


 勇者は胸の前で自らの掌を抱える。

 そこにはまだ温もりの欠片が残っている。

 手汗ですこし湿っていることが、なんだかちょっぴり恥ずかしく感じる。


 そこに人波に連れ去られていた聖女が戻ってきた。

 

「はあ……ダンスどころではなくにされましたわ……」


 聖女はフロアの中央で拍手喝采を浴びていた勇者と魔王を見て叫ぶ。

 

「あらーーーー! 勇者様⁉ ずるいですわよ、モエネよりも先に旦那様とダンスをされるだなんて!」

「あ……これは不可抗力っていうか」

「やはり勇者様も、隙あらば旦那様のことを狙って――」

「違うわよ!」勇者は気まずそうに掌を背中に隠した。「別に、そんなんじゃないし。あるわけ、ないしっ」

「あら、あらあらあら? ますます怪しいですわ! なんだかいつもよりな表情をされています」

「し、してないしっ」


 などと悶着をしていると、急にホールの入口付近が騒がしくなった。


『全員、動くな!』

『パーティは中止だ!』

 

 どうやら会場に乱入者が現れたらしい。

 華やかな会場には似つかわしくない、兵士の恰好をした灰色の一団だった。


「……へ? なによ、あいつら」

 

 勇者が怪訝そうに目を細める。 

 周囲の人々がざわつく。

 喧噪を鎮めるように、両脇の兵が大きな旗を掲げた。


『この旗紋が目に入らぬか』

『我々は聖教会が直属の特別兵団である!』


 ざわめきが大きくなった。


「え? 聖教会って、モエネの……?」

 

 勇者がそろりと聖女の方角を振り向いた。

 彼女は仮面の上からでも分かるくらいに顔を歪めている。


『あああ、あの! 聖教会の兵の方々が、なぜゆえこちらに……?』


 舞踏会の主催者らしき男が慌てて駆け寄っていった。

 ひどく混乱しており、額から噴き出す汗をハンカチで何度も拭っている。


「理由はワガハイより説明しようではないか」


 兵士たちの奥からひとりの男が進み出てきた。

 やや小太りの男で、顔には奇妙な形のヒゲをたくわえている。

 周囲の兵が『枢機卿すうききょう様……!』と敬意をこめた声で呟き、道を譲るように左右に割れた。


「ワガハイは聖教会にて枢機卿を勤めるゴンドレー。騒がせたのも無理はない。いささか緊急事態でな……ゴホン!」


 枢機卿はそこでひとつ大げさな咳をして。

 周囲をねっとりとした視線で見渡したあとに言った。


「この会場の中に――【聖女様】が紛れ込んでおられる可能性があるのだッ!」


 参加者たちが大きくざわめいた。

 

『聖女様が』『この仮面舞踏会に……?』『そんな、まさか』


 枢機卿はヒゲを指先で触りながら続ける。


「つまるところ目的はひとつだ。。そのためにも――ここにいる女はひとりひとり、仮面を外していってもらおうか」


 参加者たちのざわつきがいっそう大きくなった。


『なっ⁉』『ふざけるな!』

 

 主催者の男が手を揉みながら、遠慮がちに――しかし勇気をもって物申す。

 

『あ、あの、枢機卿様……今宵の舞踏会は、ご参加の皆様の〝匿名性〟を何よりも尊重しております故、どうかご勘弁いただけないでしょうか……?』

「フン」しかし枢機卿は冷たく息を吐いて言う。「聖女様の動向にはがかかっている。つまりは、この捜索は〝協力〟などという仲良しごっこではなく――〝絶対強制〟だ。諸君に拒否する権利は最初ハナからない。かかれッ!」


 枢機卿の合図とともに、兵士たちが一斉に参加者たちの方へと駆け寄っていく。

 女性たちが悲鳴とともに逃げ惑う。


「わ、ちょ、ちょっと……!」


 その人流に押されるようにして、勇者の身体は会場の奥へと運ばれていった。


『今のうちに逃げろ!』『聖教会といえど横暴が過ぎるぞ……!』

 

 参加者の男たちはどうにか彼女たちを守ろうとするが……兵士に容赦なく振り払われてしまう。

 

「フン。抵抗する者は致し方あるまい。聖教会に逆らうものと見なし、容赦なく処罰を課すッ!」


 枢機卿がいやらしく口角を上げて言った。

 迫りくる兵士たちは皆の仮面を剥ぎ取ろうとその腕を伸ばす。

 阿鼻叫喚の悲鳴が強まる中で――


「皆様が仮面を外す必要はありませんわ」


 凛とした声がホールに響いた。

 ひとりの少女の声だ。だれもがぴたりと動きを止める。

 続いて彼女はどこまでも優雅な足取りで枢機卿たちの前へと進み出ると――


 白く華奢な腕で、自らの仮面をひらりと外した。


 

「貴方がたがお探しの【聖女】でしたら――ここに」



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