第26話 呪いの人形(後編)

私の家までは学園から一日もあれば十分に着ける。

よって私はギリギリまで学園に居る事した。

エルマも同じ考えのようだ。

サーラは家が遠いため、やはりレダと同じ日には学園を出発していた。


ちなみに私はレダから頼まれた人形をすぐには捨てなかった。

もしかしたら「やっぱり返して欲しい」とレダが言い出すかもしれない、と思ったからだ。

まぁ帰るまでに捨てればいいのだろう。

焦る事はない。


そんな感じで、何となく意識の外にあったのだ。

だがその日から少しだけ違和感を感じる事が起きた。

レダが帰って翌日だ。

その日は同級生が私の部屋のゴミ回収に来ていた。

実はこのレイトン・ケンフォード学園では、学園内であれば生徒がアルバイトをする事が許されている。

先生の手伝いから校内の清掃、学食の皿洗いなど、様々なお小遣い稼ぎが出来る。

あまり裕福ではない家庭の生徒は、こうして自分達のお小遣いくらいは賄っている。

私も社会勉強の一環として、校内清掃や学食でのアルバイトをやった事がある。


そんな訳で同じクラスの子がゴミ回収に来るのは珍しい事ではなかった。

彼女は一通りゴミを回収すると、最後に私に言った。


「ルイーズ様、これでゴミは全てですか?」


「ええ、そうよ。どうもご苦労様」


私が礼を言うと、彼女は何かいぶかしむような目で私を見た。

そしてなぜかすぐに部屋を出ていこうとしない。


「ん、まだ何かあったかしら?」


私がそう聞くと彼女は「いえ、別に」と言って、部屋を出て行った。

その時は私は特に何も感じなかった。

まぁ「変な感じ」程度だ。

だが翌日も同じことが起こったのだ。

しかもゴミ回収に来たのは違う子なのに。

全く同じように、私を疑うかのような目で「ゴミはこれで全てですか?」とわざわざ聞いていったのだ。


そして三日目も同じことが起こった。

さすがの私も「なんだろう。彼女たちは何が目的なんだろう」と思い始めた。

そして……三人ともシャーロット派の人間なのだ。


「なんだろう、あの子たち、まるで何かを探してるみたいに」


三人目のゴミ回収係が帰った後、私はアンヌマリーにそうこぼした。

するとアンヌマリーも同じように首を傾げる。


「実は、私もこの三日間、他のメイドから『ゴミを代わりに捨てる』って言われたんです。自分の仕事だからと断ったら、わざわざ焼却場までついてきて……まるでゴミを監視しているみたいに」


「でもゴミなんか監視してどうするの? さすがにこの学園でゴミ漁りしなきゃならないような人間はいないと思うけど」


「おっしゃる通りだと思うんですが……ちょっと気味が悪いです」


アンヌマリーが不安そうな顔を見せたので、私は話題を変えた。


「どっちにしろ、私も明日には寮を出るわ。それから二週間は実家暮らしね」


「では明日中にこの部屋も少し掃除しておくべきですね。不要な物はまとめて私が捨てておきますが」


「そうね。二週間後にこの部屋に戻って来て、最初にする事が掃除じゃ嫌だもんね」


私はそこでレダから頼まれたぬいぐるみの事を思い出した。


「そう言えばあの雪熊のぬいぐるみ、アレも捨てておかないと……どこにやったかしら?」


私はそう言って部屋の中を見渡した。

ん~、どこにやったかな?

捨てる予定だから、適当にどこかに置いたと思うんだけど。

しばらく探すと、ドレッサーの隅に放り込んだ事を思い出した。

豪華なドレッサーの扉を広げ、その中から白い雪熊のぬいぐるみを取り出す。


「あ~、あった、あった。これも確か捨てないとならないんだよね」


そう言って手に取った時、何か違和感を感じた。

指がぬいぐるみの背中にめり込んだ気がしたのだ。

そこでぬいぐるみの背面を見てみると、その部分の糸がほつれていた。

ちょっと引っ張ると、簡単に背中の部分が開いてしまう。

まるで『最初からすぐに開くように作られていた』って感じだ。

私は、そこからはみ出て来た綿を中に押し込もうとした。

すると指先に何か固い感触がある。


(なんだろう?)


好奇心に駆られた私は、ぬいぐるみの背中をさらに開き、綿の中に指を潜り込ませた。

その指が中心部にある固い物体を掴む。

ゆっくりとそれを引き出してみると……なんとそれは木で彫った人型だった。

しかも胸に太いピンが刺し込まれている。


「なに、これ?」


私が照明用ランプに照らしながら見てみると、人型には何か文字が書いてある。

どうやら古代ルルン文字のようだ。


「う~ん、最初の文字は『シャ』? いやこの記号があるから伸ばすのか、『シャー』ね。次が『ル』? いや『ロ』だ。それで同じ子音記号が続くからこれは促音で『ット』」


そこで私は気づいた。


「えっ、『シャーロット』???」


いつの間にか、そばに来ていたアンヌマリーが人形を凝視している。


「お嬢様、もしかしてこれは『呪いの人形』ではないでしょうか?」


「呪いの人形?」


私は思わず大きな声を出した。


「シーッ、お静かに、お嬢様。もしコレが呪いの人形なら大変な事になりますから」


私はゴクッとツバを飲み込んだ。

確かに、この世界では呪殺は重罪だ。

正当な理由なく呪詛の道具を持っているだけで、異端審査官に逮捕されてしまう。

もし誰かを呪い殺そうとなんて企み、それが発覚したら、かなり重い罰が課されるだろう。


「で、でも、コレが本当に呪いの人形かどうかなんて判らないわよね? だって私たち、呪詛の魔法なんて習ってないんだもの」


だがアンヌマリーは不安と非難が入り混じった目で私を見た。


「確かに呪詛の魔法なんて知っている人は限られていますが……それでもこの人型は、一般的に誰でも知っている呪殺の道具です。この人型に相手の名前を書き、その相手に関する何かを埋め込む。そして心臓の位置にピンを刺すのです」


「だけど、これはレダさんが持って来たぬいぐるみに入っていたのよ。それじゃあレダさんが、シャーロットを呪っていたって事?」


そこまで自分で口にした時、私はある恐ろしい考えにたどり着いた。

そしてアンヌマリーもまた、同じ考えに至ったのだろう。私を怖いような目で見る。


「または……その嫌疑が、お嬢様に向けられるように仕向けたのか」


「そんな」


口ではそう言ってみたものの、私のカンは「その考えが正しい」と告げていた。


「そうだとすれば、ここ数日のゴミに関する事も理由が付きます。彼女たちはレダ様と示し合わせていて、お嬢様がシャーロット様を呪っているという証拠を探していたのかもしれません」


私はしばらくその人型を見詰めていた。

アンヌマリーの言う通りだ。

これはレダが他の連中とグルになって仕組んだ事だとすれば辻褄が合う。

この学園内では『私は何度かシャーロットを殺そうとした』と噂になっている。

そこでこんな呪いの人形が出てくれば、犯人に確定されてしまうだろう。

私はキッと顔を上げた。


「アンヌマリー、予定変更よ! 明日は夜明け前にこの学園を出るわ。この人形を持ってね。そしてクラーク男爵領に行くわ。レダにこの事を問い詰めないと!」


アンヌマリーは即答した。


「解りました。お嬢様。私もそれがいいと思います。それからその人型は念のために私が持っていましょう。誰かが夜の内に強引に奪いに来るかもしれません。もし何かでバレたとしても、それは私が呪った事にすればいいのですから」


私は一瞬躊躇した。

これが元でアンヌマリーが異端審査官に捕まるような事になったら。


「大丈夫です。私を信用して下さい。私はお嬢様を裏切るようなマネは決してしません」


「ううん、あなたを疑っているんじゃないの。ただ何かあった時に、あなたに罪を被せてしまうのが嫌なの」


「それこそ大丈夫です。私は元々失う物などありませんから。むしろお嬢様が逮捕されて、私がお払い箱になる方が困るんです」


彼女は明るく笑って言ってくれた。

私はその笑顔に救われ、黙って人型をアンヌマリーに手渡す。


(それにしてもレダ、なぜこんな薄汚いマネを……)


私の心は怒りに燃えていた。

首根っこをふん捕まえても、本音を吐かせてやる。



********************************

この続きは明日朝8時過ぎに公開予定です。

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