第19話 五人目の攻略ヒーロー(後編)

そのわずか一週間後の事だ。

私たちは『収穫祭』の準備で大わらわだった。


この世界では春を迎える『春の乙女の祭り』、夏の『太陽と雨の祭り』、秋の『収穫祭』、冬の『聖人感謝祭』の四つ大きなイベントがある。

その中でも『収穫祭』と『成人感謝祭』は大きなイベントだ。

そしてこの『収穫祭』では、レイトン・ケンフォード学園では『寮祭』があるのだ。

言ってしまえば、学生寮で行う学園祭みたいなものだ。

この期間だけは授業も午前中で終わり、午後はみんな寮祭の準備を行う。


リアルでの学生時代、引っ込み思案だった私は、学園祭にもあまり積極的に参加して来なかった。

だからこの世界では、目一杯学生生活をエンジョイしようと思っていた。

ちなみに私たちの出し物は、創作衣装によるファッションショーだ。


「あ、舞台の飾りつけ用の水晶樹が足らなくなっちゃったわ」


舞台製作係の子が困ったように言った。


「う~ん、時計台テラスの端にある修理小屋なら、まだ置いてあるかもしれないわね」


別の子がそう答えたので、私は口を挟んだ。


「じゃあ私がいま手が空いているから、取りに行ってきましょうか?」


二人は驚いたような目で私を見た。


「え、ルイーズ様が?」


「そんな、ルイーズ様にそんな雑用を頼むなんて」


私はそんな二人に気軽に手を振った。


「いいの、いいの。だってみんなで作る寮祭じゃない。それに私、こういうのも好きだし」


そう言ってさっそく部屋を出て行った。

時計台は寮と普通校舎の間にあり、その間も石造りの長い回廊で繋がっている。

私はその回廊を通り、時計台に出た。

そこから一段上のテラスに上がる。


このテラスは静かで見晴らしもいい場所なのに、あまり人がいない。

その理由は単純で「わざわざ時計台に用事がある人間はいない」からだ。

そしてこの下は寮から学校へ向かう通り道だ。


「えーと、テラスの端の修理小屋って……あった、あれね」


テラスの端には可愛らしい丸太造りの小さな小屋があった。

本来は時計台の修理道具などが置かれているのだろう。

小屋の中に入ると……

あった、あった。

キラキラと輝く水晶の葉を持つ水晶樹の枝が何本も置かれている。


「これを十本も持って行けば十分かな?」


私は独り言を言いながら、水晶樹の枝を杉の木の皮で包んだ。

花束みたいな感じだ。

それを両手で抱えて修理小屋を出る。


ちょうど向こう側からも誰かが来るのが見えた。

制服からして女子らしい。

水晶樹が邪魔で前が良く見えないので、横向きに持ち替えてみた。

私が相手の顔を見るのと、相手が私の顔を見たのは、ほとんど同時だっただろう。


「ル、ルイーズ……様?」


「シャーロット……さん」


私も、そして彼女もその場で足を止めた。

すると彼女は急に大きな声で叫び始めた。


「なんで! どうして! 私をっ!」


「えっ?」


呆気に取られる私を尻目に、シャーロットは悲鳴を上げながら後ずさっていく。


「いやっ、来ないでっ! 私、何にもしてないっ!」


パニックに陥ったように彼女は喚き続ける。

私も動揺しながらも声をかけた。


「ちょ、ちょっと、いきなり何を言ってるの。ともかく落ち着いて」


出来るだけ静かに、そう、これ以上、彼女を興奮させないように。


「いやっ、いやっ! 来ないでっ! やめてっ!」


彼女はそう言ってさらに後ずさる。


「止めてって、私はアナタに何にもしないし……」


しかしシャーロットはさらに叫び続ける。


「誰かっ! 助けてっ!」


後ろに下がり続けたシャーロットは、ついにテラスの縁まで来ていた。

そしてテラスの塀は腰までの高さしかない。


「ちょっと、それ以上うしろに下がると危ないから! 下に落っこちちゃう!」


「いやあぁぁぁーーーーっつ!」


シャーロットの身体は、そのまま塀にぶつかって後ろにひっくり返るように落ちていった。


「シャーロット!」


私は水晶樹を投げ出し、彼女を助けようとダッシュした。

だがそれが間に合うはずもなく……

私が塀にたどり着いた時は、下から「ドサッ」という音が響いて来た。


「な、なんて事を……」


こんなところでヒロインたるシャーロットが命を落とすなんて……

私は塀から身を乗り出して、テラス下を覗き込んだ。


「なんだ、一体どうしたんだ?」


「上から人が降って来たんだ」


「おい、大丈夫か?」


「この娘……まさかシャーロット?」


「どうしてこんな所に落ちて来たんだ?」


「さっき上から悲鳴が聞こえて来ていたけど、あれもシャーロットだったのか?」


なんと、シャーロットが落ちたのは、ちょうど乾草が山と積まれた上だったのだ。

シャーロットはしばらく放心状態であったが、周囲の人に抱き起され、堰を切ったように泣き始めた。


「上に誰かいるぞ!」


一人が私の方を指さした。

それで初めてシャーロットの周囲にいる人たちに気が付いた。

同じクラスの男子たちだ。

そしてその中には……攻略ヒーローの五人がいる。

アーチー、ガブリエル、ハリー、ジョシュア、そしてエドワード。

五人共、呆気に取られたように私を見つめていた。

その時、私は初めて自分の置かれた状況に気が付いたのだ。


(これってまさか……私がシャーロットを突き落としたみたいになっている?)


そう、五人の内、アーチーとガブリエルとハリーは、明らかに私を憎しみの目で見ていた。

ジョシュアは軽蔑の目だ。


そしてエドワードはと言うと……ああ、あれは失望の目だ。

五人の攻略ヒーローの内、唯一ルイーズに寄り添ってくれていた彼でさえも、今や疑惑に捕らわれている。

私はこうして、ついに五人全員に『破滅フラグ』を立ててしまったのだ。


この一件もやはり相当に注目を集めた。

私はすぐに先生と寮監督に呼び出されて、事情聴取をされた。

シャーロット曰く『私が水晶樹の葉と風の魔法を使って、彼女を切り刻もうとしていると思った』と言うのだ。

そしてテラスには、私が投げ出した水晶樹の葉が一面に飛び散っていた。

状況証拠としては十分だ。


しかしシャーロットも無傷であり、私が風の魔法を使ったと言う証拠もない。

私は二時間ほど色々と取り調べらた後、最後は『証拠不十分』で解放された。

もちろん、先生たちには疑惑は残ったままだ。

寮の監督室を出ると、部屋の前でエドワードが待っていた。


「シャーロットの様子はどう?」


私は力なく尋ねた。

あの直後、アーチーとハリーに連れられて、シャーロットは医務室に行ったのだ。

後から残りの三人も彼女のお見舞いに行ったはずだ。


「外傷はない。乾草がクッションになってくれたからね。だけど精神的にはだいぶダメージを受けている」


「私が水晶樹と風の魔法で襲おうとした、って言ってるんでしょ?」


だがエドワードは首を左右に振った。


「彼女は、シャーロットは立派だよ。『ルイーズがそうするように思えただけだ』って、君を庇っていた。君が怖いけど、恨んではいないってさ」


それを聞いて、さすがの私も頭に来た。

当然だ。私が何かを仕掛けた訳じゃない。

あの娘が勝手に怖がって、勝手にテラスから落ちただけだ。

それなのに、なんで私が悪者みたいに言われなくちゃならない!


「ちょっと待ってよ! 私は本当に何もしてないわよ! シャーロットが自分でテラスから落ちたんじゃない!」


「だが、それをどうやって証明する?」


私はギリッと奥歯を噛み締める。

この前の問答と同じだ。


「さらに今回は、多くの人がテラスで君とシャーロットが争う声を聞いている」


「私は争ってなんかいない!」


「だけどシャーロットの悲鳴は、下にいた男子みんなが聞いているんだ。そしてテラスには彼女が言う通り、水晶樹の葉が飛び散っていた。状況証拠は揃い過ぎるくらい揃っている!」


私は何も言い返せなくなった。

いや、いくら言った所で、もうムダだと思ったのだ。


「僕は言ったよね。もうシャーロットには関わるなと……」


エドワードはそれまで寄りかかっていた壁から身を起こし、すれ違いざまに最後のこう言った。


「ルイーズ、イトコとして、幼馴染として、本当に残念だよ」


その言葉を聞いた瞬間、私の心に真っ黒な裂け目が出来るのを感じた。

そしてエドワードは、私を残して立ち去っていった。



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この続きは、明日の朝8時過ぎに公開予定です。

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