第17話 風魔法と倉庫事件(後編)

翌日、クラスの中では昨日の一件が密かに話題になっていた。

シャーロットが学校に戻ってから医務室に行ったため、ケガの原因がその場に居た生徒から広がったのだ。


そして……さらに悪い事に……直前に出会ったジョシュアが、私を疑いの目で見ているらしいのだ。


一人で人気のない、危険があるかもしれない場所に私が行っていた事。

その私が魔法を使って、シャーロットが崖から落ちそうになった事。


一部の生徒は「ルイーズがシャーロットを崖から落とそうとした」と噂をしていた。

私はそんな噂に対して、どうする事もできなかった。

なぜなら、誰も面と向かって、その噂を私に言って来る者はいなかったからだ。

誰からも何も言われていないのに、自分からその噂に反論するなんて、余計に怪しく思われるだけだ。


こうして私は『ゲームにも無いシナリオ』で、第四のヒーロー・ジョシュアの疑惑を買ってしまったのだ。



二つ目はやはり人気の少ない魔法学校舎の敷地内で起こった。

私たちはクラス全員で、魔法学に使用する実験器具や呪具を掃除していたのだ。


その中でも特に危険な特級呪具は、校舎の外にある倉庫(まるで納骨堂みたいだ)に保管されていた。

先生も「特級呪具の扱いは慎重に! 呪いや魔力が強すぎる物があります」と注意を促していた。

私もその一つの掃除を請け負ったが、近寄るだけで禍々しさが伝わって来る代物だ。


掃除が終わると私たちは、実験器具と呪具を元の倉庫に収納した。

特級呪具については、元の納骨堂みたいな倉庫に収納される。

全ての作業が終わった後、生徒全員が魔法学校舎の前に集合した。

ロマーニ先生が生徒を前にこう言った。


「これで全員揃っていますね。それでは最後にそれぞれ倉庫の戸締りを確認して来て下さい。特に特級呪具の倉庫はキチンと施錠されている事を確認するように」


そう言って先生は、それぞれの倉庫の確認者として名前を挙げていった。


「ルイーズ・レア・ベルナール、特級呪具倉庫」


ゲッ、私がアソコに行くの?


そう思ったが、先生の指示には逆らえない。

そもそもこの時、私は女子のクラス委員になっていた。

立場から考えると仕方がないと言える。


「いま名前を呼ばれた確認担当以外の生徒は、ここで解散です。担当者は確認が終わったら、私に報告に来るように」


ロマーニ先生は最後のそう告げた。



「それじゃあルイーズ様、私たちは先に寮に戻ってますね」


エルマ・アリス・サーラの三人はそう言って、普通校舎のある回廊へ戻っていった。


(こんな時こそ、一緒に居て欲しいのに)


私はそう思いながら、先生から預かった鍵を握りしめて特級呪具倉庫に向かう。

よりによってその倉庫は、魔法学校舎から一番遠い場所にあるのだ。


(まぁ危険な呪具が集まっているんだからしょうがないか)


重い足を運びながら、『封印の森』と呼ばれる森を通って、特級呪具倉庫に向かう。

ううっ、なんか嫌な予感がする。

時々背筋がゾクゾクする。

それに……なぜか誰かに見られているような気がするのだ。


(早く確認して、さっさと帰ろう)


私はそう思って足を早めた。

森を抜けると小さな空き地に出る。

そこが特級呪具倉庫だ。


(これ、見るからに納骨堂っぽいんだよね)


ガッチリとした窓のない石造りの建物。

外観は古い教会を思い出させるが、壁の装飾でるレリーフは、得体の知れないバケモノで一杯だ。


(別に中に入る訳じゃないんだから)


私はそう自分に言い聞かせて、倉庫の入口に近づいた。

すると思い鉄の扉が少し開いているではないか。


(誰かが横着して適当に閉めたせいで、扉が完全に閉まらなかったのかな?)


そう思った私だが、念のため中に呼びかけてみた。


「誰か、いませんか?」


恐る恐るだ。

なぜならさっき生徒は全員が魔法学校舎の前に集まっていたから、ここに誰かいるはずはないのだ。

だから逆に「返事があった」としたら、凄く怖い。


倉庫の中は真っ暗だ。しんと静まり返っている。

返事は当然ない。

私はホッとして、特級呪具倉庫の扉を締め直すと、外から鍵を掛けた。



騒ぎになったのは夕食が終わった頃だった。

私たちは全員が寮の大食堂で食事を取る事になっているのだが、その時、食堂の一番入り口側のテーブル(その場所をエルマたちは『貧民席』と呼んでいたが)からざわめく声が聞こえて来たのだ。


「なにかしら? 食事中に騒がしいわね」


エルマがそちらに顔を向け、嫌そうにそう言った。

アリスとサーラのそれに同意する。

彼女たちの『スクール・カースト最下層嫌い』は今に始まった事じゃない。


「まあまぁ、もう食事もあらかた終わった事だし、そんな風に言わなくても」


私はそう言って三人を宥めた時だ。

寮監督のレンヌ・アルイーゼさんがやってきた。


「どなたか、シャーロット・エバンス・テイラーさんを見かけませんでしたか?」


私たちは顔を見合わせた。


「シャーロットさん? さぁ、私は見かけませんでしたわ」


エルマがそう答える。アリス、サラに続いて私も頷いた。


「シャーロットさんがどうかしたんですか?」


私がそう尋ねると、エルマさんが困った様子で答える。


「それが最後の授業以来、姿が見えないらしいんです。夕食になっても姿を現さないから、ルームメイトたちも心配して」


私(=ルイーズ)のような上流階級の子弟は個室、それもバス・トイレ・応接室・メイド部屋付きの豪華な部屋を与えられているが、中流階級以下の生徒たちは相部屋だ。


特にシャーロットのような入学金を払うのがやっとの生徒は、六人で一部屋の相部屋となっている。

もっともこの『相部屋制度』のお陰で、シャーロットは将来に自分の手足となる幹部たちを作る事が出来るのだ。

ホント、世の中って何が役に立つか解らない。


「最後の授業って言うと、魔法学に使用する実験器具や呪具を掃除した、あの時間ですか?」


私が重ねて質問すると、エルマさんは


「ええ、そうだったみたいですね」


と心配そうに答える。


それからものの五分と経たない時だ。

ロマーニ先生が正面壇上の立ち、全員にこう言った。


「皆さん、よく聞いて下さい。皆さんの仲間であるシャーロット・エバンス・テイラーさんの消息が不明です。最後の授業は私が担当する『魔法体系学』でしたが、その時までは間違いなく彼女はいました」


全員が先生の声に耳を傾ける。


「そこで今より全員総出で、彼女の捜索を開始します。寮内と校舎の中を生徒のみんなは調べて下さい。ただし魔法学校舎のある敷地では、外には決して出ない事。魔法学校舎の敷地は、私たち教師と学校職員が捜索します」


そうして、私たち全員がシャーロットの捜索を行う事になった。



私はいつもの三人と一緒に普通校舎の中を調べていた。

先生の指示により「三人以上が一組となって、捜索をするように」と言われていたからだ。


「全く、なんで私たちが貴重な時間を使ってまで、あの子を探さなきゃならないのよ!」


エルマが口を尖らせてそう言う。


「本当ですよ。たかが夕食時にシャーロットがいないくらいで……おかげで今日のおしゃべりタイムがなくなっちゃいましたわ」


そう言ったのはアリスだ。やはり不満が全面に出ている。


「そうですよね。あの子が居なくなったぐらいで大げさな。きっと学校が嫌になって脱走したんじゃないですか?」


サーラも口を尖らせる。


「でもクラスメートの一人が消えてしまったなんて、放っておける事じゃないでしょ。現に最後の授業の時は居た訳だし」


私はそう言いながら、ランタンで教室の中を照らしてみた。

この教室にも彼女の姿はない。


「ルイーズ様、そんなに真剣に探す必要ないですよ。どうせ、どっかで隠れてイジケているだけでしょうし」


サーラはもう完全に探す気がないようだ。


「いっそ魔物にでも喰われていたら、面白いんですけどね」


アリスがそう言ってクスクス笑った。

私は驚いて彼女を見た。

もちろんアリスだって本気でそんな事は思っていないだろう。

ただ彼女はそういうホラー系の小説が好きなのだ。

それに合わせて言っているだけなのだが。


「そうね。これで『部屋で寝ていました』なんて言われたら、タダじゃおかないわ」


エルマはかなり本気で怒っている。

その時だ、廊下の端から誰かが呼びかける声が聞こえた。


「お~い、シャーロットが見つかったってさ!」



シャーロットが見つかったのは何と、特級呪具倉庫だった!

彼女を見つけたのは、『攻略ヒーロー』の五人だ。

彼らは「生徒は校舎から出てはいけない」という先生の指示を無視し、危険を犯して特級呪具倉庫まで探しに行ったのだ。

そしてシャーロットを発見したらしい。


彼女は濃密な魔の波動を、自分の周囲に張り巡らせた『聖なるイバラ』で辛うじて防いでいたらしい。

攻略ヒーローの五人が発見した時、シャーロットは意識を失う寸前だったと言う。


翌日、私はロマーニ先生に呼び出された。

そばには魔法学学長であるガント・ローゼグリム教授と、実践魔法のリー・リー・ハスウェル先生も一緒だ。


「ミス・ルイーズ。あなたは昨日、特級呪具倉庫の確認担当でしたわね?」


「はい……」


私は力なく返事をした。


「あなたは最後に私に報告に来た時、『扉が少し開いていたので、それを施錠した』と言いましたね」


「はい……」


「その時、あなたは中に誰かいないか、確認しなかったのですか?」


「いえ、私はちゃんと中に誰かいないか確認しました。『誰かいませんか?』って声も掛けたんです!」


こんな事で疑われてはたまらない。

私はそう主張した。

しかしロマーニ先生は疑惑の目で私を見ていた。


「ミス・シャーロットは『倉庫の中にいたら、開けておいた扉が突然閉められた。急いで外に出ようとしたが、鍵が掛けられていて出られなかった』と言っていますよ」


「そんな、それは違います! 私はちゃんと中に誰かいないか、声を掛けたんです!」


私は必死に抗弁した。

だってそれは事実なのだから。

ロマーニ先生は額を抱えて深いタメ息を漏らした。

そんな先生に私は尋ねた。


「そもそも、シャーロットさんは何故、あの時に特級呪具倉庫に居たんですか? それがおかしいです」


先生もそれにはうなずく。


「そうですね。私もその点は彼女に尋ねました。すると『呪具の掃除をしていた時、一部の部品を外してポケットに入れていた。後でそれを付けて返す事を忘れていて、慌てて特級呪具倉庫に返しに行った』と言う事でした。彼女も怒られる事を恐れて、黙ってそうしたそうです。その点は彼女の落ち度です」


ロマーニ先生、リー先生、そしてローゼグリム教授が顔を見合わせる。

最後の魔法学の責任者であるローゼグリム教授が言った。


「ミス・ルイーズ。もう行ってもよろしい。今回の件は『黙って特級呪具倉庫に行ったシャーロット』『中に人がいないか確認を怠ったルイーズ』のどちらにも責任があると考える。だから処罰はしない」


それが先生たちの出した結論だ。



しかし生徒の間では、さらに噂が増幅されていた。


「ルイーズはシャーロットを殺そうとしているのではないか」と……。


とんでもない誤解だが、私にはどうする事もできない。

そして……『シャーロットが特級呪具倉庫で発見された』という知らせを聞いた時から、私はこうなる事は予想はしていたのだ。


私の『破滅エンドへの道』は、こうしてさらに進んでいった。



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この続きは、明日の朝8時過ぎに公開予定です。

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